第549話 早く人間になりたぁ~い

 カバの持久力が意外にもスゴかった。


 ニッコウの全力疾走に遅れることなく、十キロの山道を駆け抜けやがった。


「どうするの? リリー、スゴく怒ってるよ」


「元気なカバだな」


 別にカバの怒りなど馬耳東風。なんら心に響かねーよ。


「ニッコウ。もうちょっと走れるか?」


「ヒヒーン!」


 まだまだ平気さと鳴くニッコウ。頼もしいね。


 たぶん、エリナの手下が造っただろう細い道に入り、土魔法でリリーの目の前に壁を創り出した。


 バゴーン! と、壁が粉砕。怒れるカバ子さんが現れた。


「アハハ! カバ、スゲー!」


 厚さにして二十センチの土壁を粉砕とか、マジスゲーな。なんかおもしろくなってきた。


 と、武装したゴブリンが視界を掠めた。


「ドレミ。ゴブリンを下がらせるように言え。リリーに殺されるぞ」


「畏まりました」


 背中に爪を立ててしがみつくドレミに指示を出すと、こんな揺れなど関係ないとばかりに普通に返してきた。


 道を走りながら壁や落とし穴を創るが、リリーは屁ともしねー。なんか吠えながら突き進んで来る。


「アハハ!」


 自分でもなにが楽しいのかわからんが、心の底から笑いが噴き出してきて、どうにも笑いが止められないのだ。


「ニッコウ、恐れず跳べ!」


 数メートル先が崖となっているが、構わず突き進ませ、ジャンプすると同時に結界の道を生み出した。


 もちろん、ニッコウが通り過ぎたと同時に結界の道を消す。


 どうだと振り返れば、カバジャンプ。六メートルもある崖を飛び越えやがった。


「スゲー!」


 思わず叫んでしまう。なんか決定的瞬間を見たときと同じ感動が沸き起こったぜ。


「しかし、カバ子は本当に戦闘タイプだよな」


 それで、なぜに聖女となったのか不思議でたまらんわ。


「本当にどうするよ? リリー、ちょっとやそっとじゃ静まらないわよ」


「なら、静まるまで動けばイイさ。あのカバは、他人の言葉など聞かねータイプ。自分で思い知るまではなにも受け入れねーよ」


 全てが敵と、周りを拒否したアホに、生半可な説得や暴力は逆効果。なら、全力で動き回れ。その鬱屈を吐き出すまでな。


「ニッコウ。カバに負けんなよ!」


「ヒヒーン!」


 あたりめーだ、こん畜生が! とばかりにニッコウのスピードが上がり、なんか体が光り出した。なんですのん!?


「ニッコウがさらに進化したようです」


「なににだよ!」


 思わず突っ込んでしまったが、エリナの能力に突っ込んでも無駄。スルーするのが平穏である。


 ……ん? 進化?


 ドレミの言葉に、なにか欠けていたピースが収まる感じがした。


「あ、そーか。その手があったな」


 すぐそこに解決方法はあったじゃねーかよ。


「ニッコウ。もとの道に戻るぞ」


 土魔法や結界で道を創り、もとの道へと戻り、一時館へと続く洞窟へとは入り、そ……じゃなくて、犬……蔵さんの前で停止した。あと、三秒遅れて到着したカバも結界で停止させる。


「おう。お邪魔しに来たよ」


「相変わらず騒がしい到来をするな、あんたは」


「ワリーな。うちのカバが元気なもんでよ」


「……まあ、なんでもいいさ。主の大事な客だしな」


 通りなとばかりに、いく手を塞いでいた犬蔵さんが横に動いた。


「お邪魔するよ」


 管理人室から笑顔を見せるお胸さまに手を軽くあげて挨拶を送り、エレベーターへと入る。カバ子さんも一緒にね。


 背中にしがみついていたドレミが床へと着地。メイド型に変身してボタンを押した。


 四階しかねーのに、なぜか六階へと到着。ん? あれ? 以前は五階じゃなかったっけ? いやまあ、なんでもイイけどよ。


 扉が開くと、執事型のバンベルが現れた。


「いらっしゃいませ、ベーさま」


「おう。お邪魔するよ。エリナはいるかい?」


 はいと言うと、横にずれるバンベル。その先には、炬燵につかるエリナと、公爵どのの娘、ノーでもなくてハーでもなくて、なんだっけ?


「カーレントですよ」


 あ、そうそう。カーレント、カーレントな。帝国の聖女……あ、そう言や、こいつも聖女と呼ばれてたっけ。オレのなにかが邪魔して忘れてたわ。


 ……つーか、この世界の聖女とか、なんか方向性、ちがくねー?


「カーレント嬢、まだいたんかい?」


 オレの中ではとっくに終了(なにかは知らん)してたから、気にもしなかったわ。


「はい。エリナ様と作業してました」


 なんか、スゲー笑顔をするカーレント嬢。なにかは聞きやせんぜ。


「そ、そうかい。本当に邪魔しちまったようだな。ワリー」


「構わんでござるよ。一段落しておしゃべりしてたでござるから。どうぞでござるよ」


 いろいろスルーして炬燵へとつかる。


「あ、前に約束してたもんだ」


 収納鞄から焼き芋を取り出し、目の前にある空の籠に入れた。


「お、念願の焼き芋でござるよ! カーレどのも食すでござる!」


「はい。これが焼き芋ですか。いい香りですね」


 ここは、セルフなので勝手に茶を淹れ、勝手にいただきます。あー緑茶がうめ~!


「……ところで、ベーどの。そちらのカバ子さんは、なんでござる?」


 焼き芋を食しながら、オレの背後に目を向けるエリナ。あ、カバ、いたっけ。マジで忘れてたわ。


「あ、ああ、こいつはリリー。つーか、知ってたんじゃねーのか?」


 ドレミを通して見てんだろう、お前。


「いや、知らんでござる。ここ最近、いろいろ忙しかったもので、バンベルに全てを任せてたでござるよ」


「ダンジョンマスター、仕事しろや」


「あ、アハハ! 慌てず騒がず己の欲のために動くのが拙者の生きる道でござる!」


 ドヤ顔で言うな、ハラたつ。


「まあ、なんでもイイ。慌てず騒がずゆっくりやれ。それより、お前に頼みがあんだが、こいつを改造できるか?」


「カバ子さんを、でござるか?」


「ああ。こいつを人にしてもらいてーんだわ。なんか人になりたいみたいでよ」


「早く人間になりたぁ~い、でござるか」


 いや、カバは妖怪じゃねーから。つーか、よく知ってんな、その古いネタ?


「まあ、できなくはないでござるが、拙者の部下にならないとダメでござるよ」


 あ、そー言や、そんな能力だったな。


「リリー。こいつの部下になれば人になれるそうなんだが、どうする?」


 顔の結界を解く。


「……な、なんなの、そいつ? 凄い魔力じゃないのよ。なぜ平気なの……?」


 あ、忘れてた。リリーにしたのただの拘束結界だったわ。ほれ、魔力遮断結界だ。


 顔色……はわからんが、肩の力が抜けたところを見ると、遮断結界が上手く発動してるようだな。


 まあ、それでもリッチの前に無防備で立ったのが悪かったよーで、カバ子さんが気を失ってしまった。


 んじゃ、リリーが目覚めるまでマンダ〇タイムといきますか。


「あー茶がうめー!」


「焼き芋うまし!」


「本当ですね~」


「……ここは、自由人の集まりかなにかなの……?」


 プリッつあんの突っ込み、マジでノーサンキュー。 

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