第497話 イタリア~ン

 静かな場所で、と思ったのだが、続々と人が来て静かな場所がまったくなかった。


「どっかねーか?」


 よそ者のオレが考えるより地元のカラエルらに聞くのが一番だろう。


「なら、近くの食堂がいいんじゃない?」


 と、パニーが提案。これと言った反対もないので、そこに決定した。


 道すがら、その食堂の話を聞くと、元冒険者の夫婦がやってるそうで、初心者に優しい値段とボリュームが有名なんだとか。


 冒険者のセカンドライフで一番多いと、以前親父殿から聞いたことがある。


 まあ、宿屋や酒場も人気らしいが、料理に自信があり、材料調達のコネがあるなら食堂が一番手堅いそうだ。


「孤児院で食ってんじゃねーのか?」


 料理の練習で腹一杯食ってるとか言ってなかったっけか?


「冒険者は依頼があれば昼も夜も関係ねーから、食いっぱぐれると、その食堂を利用してんだよ。結構、遅くまでやってるし、材料を持っていくと安くしてくれるんでさ」


「へ~。随分と融通の利く食堂なんだな」


 オレの数少ない経験と聞いた話の中でも、そんな店があるなんて初めて聞いたわ。


「ああ。バリュートさんは若い頃食い物で苦労したせいか、おれたちのような駆け出しが腹を空かせてるのが許せないらしいんだよ」


 ほ~。なかなかの男前なことしてんじゃねーの。ちょっと関心が湧いてきたぜ。


 そんなことを聞いているうちに、その食堂に到着した。


 通りに面した、この時代によくありそうな、これと言った特長はないが、店からイイ匂いが流れてきた。


 へ~。驚いた。食堂からイイ匂いが流れてくるなんて初めての経験だぜ。


「今は開いてんのか?」


 イイ匂いがする割には人がいねーようだが?


「開いてるのは朝と夜で、昼は仕込みや新しいものを考えるんだよ、バリュートさんは」


 これはまた研究熱心でもあるのかよ。スゲーな。


 準備中だか開店中だかわからんが、カラエルたちは構わず、開け放たれたドアをくぐり、食堂へと入っていった。


 それに習い、オレも食堂に入る。


 中は想像していたよりは広く、この時代では驚くほど清潔な方だった。


「バリュートさん、ちょっと席借りるよ」


 カラエルの声に厨房へと目を向けると、予想に反して細身の中年男性が包丁を握っていた。


 ……なんか、イタリア~ンな店主だこと……。


 見た目は女は口説くものって感じのイタリア~ン男だが、立ち振舞いは料理に人生を捧げた職人のものだった。


「仕込み中だからなにも出せんぞ」


「大丈夫だよ。昼は孤児院で食えるからさ」


「また試食か?」


 その顔と口調からして、他で食うことに忌避感はねーらしいな。


「いや、今日は新しい孤児院のお披露目で、こっちの兄貴がバーベキューをしてくれんのさ!」


 イタリア~ンな中年男性の目がオレを捉え、訝しげな顔になった。うん、そりゃそーだ。


「見た目はこれだが、度量は天下一。あの院長様ですら敵わないって言うくらいだからな」


 恥ずかしいと言うより、その無邪気っぷりに苦笑してしまった。


「オレはベー。ただの村人さ。カラエルの言葉は気にしないでくれ。それより、持ち込みは許される食堂かい、ここは?」


 探るようなイタリア~ンな中年男性を真っ正面から受け止め、そう尋ねた。


「あ、ああ。構わんよ」


「そうかい。なら、お言葉に甘えるとするよ」


 適当な席に座り、収納鞄から人数分のブララジュースとラビーの練り餡を挟んだパンケーキを取り出した。


「昼前だが、カラエルらの腹なら問題ねーだろう」


 食べ盛りの少年少女。帰る前には消化しっちまうだろうよ。


「な、なんだい、これ?」


「なんかうまそー!」


 あれ? カラエルたちには出したことなかったっけ? 孤児院のチビっ子どもには何度か食わしたことがあったんだが。


「まあ、食いながら話そうや」


 一斉に手を出す少年少女。


「うめー!」


「あまーい!」


「なにこれ、ビリビリする!」


 うん、まあ、食い終わってから話すか……。


 初めての味と食感に騒ぐカラエルに苦笑し、落ち着くまでコーヒーを堪能することにした。ついでに言っておくと、頭の上では紅茶を飲むメルヘンがいますが、結界で隠しているのでカラエルらには見えませ~ん。あ、横のドレミはオレの膝の上に引っ越しました。


 カラエルらの姿をツマミにコーヒーを堪能してると、イタリア~ンな店主が、すぐ横にいるのに気が付いた。


「なんだい?」


 なんか驚いた顔してるが、幽霊でも見たんかい?


「そ、それは?」


 イタリア~ンな店主の視線の先を追うと、パンケーキを食らうカラエルたちがいた。


「うちの妹が作ったパンケーキさ。食ってみるかい?」


 収納鞄からパンケーキを取り出し、目の前に盛ったはずの空の結界皿にパンケーキを追加した。


「――これはっ!?」


 食ったイタリア~ンな店主もその味と食感に驚いた。


「……世の中にはこんな食いものがあるのか……」


「まったく、旨いものを作るために日々努力する料理人には感謝だな」


 そのお陰で毎日旨いものが食える。感謝感激雨霰だぜ。


「店主は、料理に人一倍興味がありそうだな」


「ああ。自分でも呆れるくらいにな」


 この時代では珍しい料理の探究家か。欲しいな……。


「もし、料理の可能性を見たいのなら、孤児院に来てみな。店主の遥か先をいく料理人の味を見せてやるよ」


 この店を利用してるヤツらには申し訳ねーが、この店主はオレがもらう。今、計画中の宿屋の料理人になってもらうぜ。


「……料理の可能性……」


「料理人じゃねーオレが言うのもおこがましいが、料理は奥が深いぜ。店主より遥か先を行く料理人もまだその答えを見つけられていない。いや、料理道に片足を突っ込んだに過ぎない。店主。もし、その道を求めるならオレと来な。その入口までなら案内してやるぜ」


 まあ、サプルの前まで連れてくだけのことなんですけどねっ。


「まずは孤児院に来て、その料理人の料理を食ってみから決断しな。オレはまだこの街にいるからよ」


 店主の中ではもう決まっているだろうが、夫婦だとカラエルが言ってたから奥さんとの話し合いは必要だろう。なるべく了承を得てから来て欲しいからな。


「……そうだな。まずは食ってからだ……」


 まあ、決断ができる程度に食してくれや。


 腹一杯なカラエルらにため息を吐き、話し合いはまた今度にすることにした。

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