第467話 ボブラ村のベーです

「あらためてお礼申し上げます。お救いくださりありがとうございました」


 深々と頭を下げるご婦人。


 バリアル領主は、伯爵であり中堅に位置するが、そうそう頭を下げる地位ではない。それを下げると言うことはこちらを格上と見なしている証拠である。


「ありがたく礼はいただきましょう。なのでそれ以上の礼は不要でございます。名乗ることはできぬ身であり、高貴な方の使いではありますが、わたしはボブラ村のベー。そうご理解いただければ幸いでございます」


 優雅に華麗に、村人とは思えないしぐさで頭を下げた。


 この意味、いや、この行動でご婦人は思うはず。この方は特命を受けた者だと、な。


「……わかりました。では、そのように扱います」


 やはりこのご婦人は賢い。まあ、賢いゆえにこちらの策にはまるのだがな。


 前世の中世のようにこの世界(時代)も女性は政治には参加しない。領主の妻に求められるのは内助の功とよき妻であり母であることを望まれ、それが女性の徳とされている。


 まあ、それが全てではなく、そう言う者は少ないが、目の前にいるご婦人は領主の妻として立派にやっているようだ。


「ありがとうございます。では、ベーとお呼びください。あ、これから村人として、生意気な子どもになりますが、どうかご容赦を」


 悪戯っぽく笑う。


 視界の隅でフェリエが呆れているが、これはお前への見本だよ。将来、高貴な人らと関わるときのためにな。


 わざとらしく頬を叩き、あーあーと無意味な発生練習をする。


「よし。んじゃ、領主夫人様。そろそろ出発すっか。また襲われても厄介だからよ」


 そんな変わり身に、ご婦人は目を丸くさせたが、なんかツボに入ったらしくクスクスと笑い出した。


「なんだい、いったい?」


「いえ。ベー様は――いえ、ベーは演技派ですね。まるで人が変わったようです」


「オレとしてはこっちの方が楽なんだがな」


 必要だったとは言え、あんなお上品なことを言ったお陰で体中がかゆくてたまんねーよ。


「そうですね。確かにその方がベーらしく見えます」


 ほ~。このご婦人、見る目も確かなようだ。こりゃ、オレの本性がバレるのも時間の問題だな。


「まあ、耳障りなら離れるから遠慮なく言ってくれや」


「ふふ。わたしは気にしませんよ。それどころか新鮮でおもしろいですわ」


 肩を竦め、あとをフェリエに任せて隊長さんのところへといく。


 隊長さんらが馬車の回りを囲み、なにやら御者らと話し合っていた。


「どうした?」


 困った顔をする隊長さんに声をかけた。


「あ、ベー殿。実は車輪が外れてしまったのだ。他にも主軸にもヒビが入っていて、動かすのは無理そうなのだ」


「オレがなんとかするよ」


「な、なんとかとは、いったいどうするのだ?」


「こう言うふうにだよ」


 馬車を持ち上げ、結界で固定。外れた車輪をつけ、止め木をさして固定する。最後に結界で軸軸を包み込んだ。


「簡易ではあるが、街までは持つだろうよ」


 豪奢とは言え、この時代の馬車の造りは単純。破砕してなけりゃなんとかなるもんよ。まあ、オレの場合は、だけどよ。


「き、君はいったい……」


「ボブラ村のベー。それでよろしく頼むよ、隊長さんよ」


 悪戯っぽくウインクした。


 あからさまなウソや思わせ振りは、相手の想像力をかきたて、それらしいストーリーを創ってくれるものなのさ。


「……わ、わかり、いや、わかった」


 なかなか優秀な隊長さんで助かるよ。


「んじゃ、出発しようぜ」


「あ、ああ。そうしよう」


 隊長さんの指示により、出発準備が進められ、五分後にご婦人が馬車に乗車した。


「ベー。街に着いたら時間をもらえるかしら?」


 窓からご婦人が顔を見せ、そんなことを口にした。


「ん~。どうだろう? こちらも用があるから約束はできねーな。ただ、パニア修道院には数日は邪魔させてもらうよ。そこがオレらの目的地だからな」


「パニア修道院ですか?」


 ご婦人の中では初耳らしいな。


「ああ。興味があるなら来てもらっても構わねーよ。場所は北区にあるからさ」


 含みを込めて微笑んだ。


「……はい。時間があればお邪魔させていただくわ」


 それには応えず、微笑んだまま一礼した。


 ご婦人を乗せた馬車が出発し、視界から消えるまで見送る。


「で、捕まえたか?」


 タケルに端的に問うた。


「は、はい。多少は怪我をさせたみたいですが、生きてはいるそうです」


 ま、まあ、それでよしとしよう。もう突っ込みたくもねーしよ。


「わかった。なら、そいつを連れて来てくれ」


 そう頼み、しばらくしてメルヘン機にくくりつけられた男が運ばれて来た。


「初めまして、魔物使いさん」


 意識はあるようで、灰色の瞳がオレを睨みつける。


 見た目は狩人っぽい人族だが、目に宿していいる負の感情は闇の者だと語っていた。


「尋問とかオレの趣味じゃねーんでさ、誰の依頼か教えてくんないかな?」


 フレンドリーに尋ねてみたが、返ってきたのは沈黙だった。


「ダメ、ですか。まあ、下っぱに聞いたところで知ってるわけねーか。他に監視者もいねーみたいだしな」


 魔物使いを固定するワイヤーを外し、襟首をつかんで地面に放り投げた。


「んじゃ、オレらも出発すんぞ」


 魔物使いに背を見せ、荷車台に乗り込んだ。


「――わかったわ。タケル、いくわよ」


 なにか言いそうだったタケルをフェリエが制し、なにかを囁くと、コユキに騎乗した。


 タケルも納得はしないものの、それを口にすることなくライゼンに騎乗した。


 魔物使いなど最初からいないものとし、バリアルの街へと向けて出発した。

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