第452話 ゼルフィング

 ザンバリーのおっちゃんに、村での結婚がどんなものかを説明し終わる頃、村長の家に到着した。


 今は麦の生育が順調なときで、麦農家は自宅周りの畑を耕していることが多いので、畑の横を通ればすぐに農作業をしている村長を発見できた。


「村長!」


 呼ぶと、手を止めてこちらを向いた。


「おう、ベーか。どうした?」


「ちょっと結婚のことでな。ワリーが時間をくれねーか?」


 オカンとザンバリーのおっちゃんのことは、知っているだろうし、村での結婚は村長を通す決まりだ。なので、それだけで理解して頷いた。


 村長の家へとの言葉に従い、リファエルを家に向ける。


 ちょっと遠回りになったので、家には村長の家族が集まっていた。


 これは野次馬で集まった訳じゃなく、祝い品を受け取るためのもので、下ろすのは村長一族の仕事なのだ。


「すみません。ザンバリー様。このような汚れた格好で」


「いや、突然押しかけたこちらの不手際。気にしないでくれ」


 格はザンバリーのおっちゃんが上になるので、こんなふうになんだよ。まあ、あくまで村の最高責任者は村長なので、村のことを決めるときは村長の決定が優先されるがな。


「ご配慮、ありがとうございます」


 ド田舎の村長とは言え、このくらいの芸当ができなきゃ村長は勤まらねーなのだ。


「村長殿。もうわかっているだろうが、正式にシャニラとの結婚の報告に参った。どうか許可をいただきたい」


 この時代、好きだからと言って自由には結婚できねーが、力と金がありゃ自由恋愛自由結婚が可能となる。が、それでも結婚をするには村長の許可が必要となる。


 まあ、これは村に住む者の話で、準貴族たるザンバリーのおっちゃんに当てはまるかはわからんがな。


「それはおめでとうございます。ボブラ村の村長としてお喜び申し上げます」


 まあ、許可が必要だと言ってもよほどのことがなけりゃ反対されねーし、これは通過儀礼みてーなものさ。


「感謝を。これは許可をいただいた礼として受けていただきたい」


 先程教えたように、ザンバリーのおっちゃんが荷車を手で示した。


 本来なら酒樽の一つでも贈れば充分だが、ザンバリーのおっちゃんは元A級の冒険者で準貴族。格を示すためにもこのくらい出す必要があるのだ。


「これは大量の祝い品を。お二人の未来に幸あらんことを」


 感謝を述べると、家族に視線を飛ばした。


 村長家族も慣れた……と言うか、このことは前もって教えてあるので速やかに実行された。


「それで、結婚式はいつになりますかな?」


「天気がよければ明後日にも行おうかと。村長殿には祝いの席にお座りいただけると幸いです」


 結婚式は村の者が全員参加すると言うわけじゃねー。両家と各家の家長と妻、あとは集落の代表者が加わるくらい。まあ、これも一般的村人の結婚の話だが、今回の場合は村の有力者を招き、村には酒や食い物を振る舞う。


 これも事前に言ってあり、冒険者ギルド(支部)にも依頼を出して、結婚当日には村人全員に祝い品を贈るようにしてある。万事抜かりなしよ!


「そうですか。では、お言葉に甘え、祝いの席に座らせていただきます」


「こちらこそありがたい。では、昼前にもお越しくだされ。あ、ご家族


もご一緒にお越しくだされ。たくさんの料理を用意しておりますので」


「はい。家族でお祝いに参ります」


 村長だけではなく村の有力者はだいたい呼んでいる。これも身分を持つ者の役目。まあ、義務みてーなもんさ。


「お、そうだ。ベー。お前の名前なんだっけ?」


 忘れんなよとは酷だが、なぜオレの名前を聞くんだ? 今になって?


「まったくわからんって顔してるが、お前、貴族の子になるんだぞ」


「はい?」


 なに言ってんの村長。意味がさっぱりなんだが?


「いや、お前、ザンバリー様の子となると言うことは姓を持つと言うことじゃろうが」


「あ、いや、だって、ザンバリーのおっちゃん、うちに入るんだぜ」


 謂わば婿に入るってこと。姓な……あ。


「男系継承、か」


 村人や街人なら関係ねーが、貴族社会では男の方に入り、男の姓となる。もちろん、婿養子もあるが、それは救済処置的なもの。例外だ。なにもなければ男の姓に入るのだ。


「……な、なんで気がつかなかった、オレ……」


 そのことは知っていたのに、まったく出て来なかったぜよ。


「まっ、成人したら戸籍は抜け、れんだよな、確か?」


「あ、ああ。できるが、貴族を止めるとか、いやまあ、ベーならやるか。村人に妙な拘りを持っておるしな」


 貴族になったからと言ってなんか特典が生まれるわけじゃねー。この村で暮らしている以上、税は薪。貴族の義務はザンバリーのおっちゃんにしか生まれない。オレはまだ保護される身なんだからな。


「まあ、そーゆーこった。姓がつこうがオレはオレ。成人したと同時に籍を抜くだけのこと。ただ同居人となればイイだけだからな」


 なんの問題もねーよ。


「ちなみに、ザンバリーのおっちゃんの姓ってなに?」


「うん。お前が覚えてないことはわかっていたさ。つーか、ザンバリーは愛称で、本当の名は、サンバリットラング・ゼルフィングだからな」


 初めて……じゃないか。遠い昔に聞いた真実。ハイ、すっかり忘れてましたぁっ。


「ヴィベルファクフィニー・ゼルフィングか」


 イイ名前じゃねーか。


「あれは、三歩歩いたら忘れる顔だな」


「はい。三歩歩いたら忘れる顔ですな」


 ハイ、なんも反論デキマセーン! 

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