第341話 だってベーだもの

「あ、ベーさま! いらっしゃいませ!」


 店先で働いていたおっちゃんがオレに気が付き挨拶してきた──ら、周りにいたおっちゃんらが仕事の手を止めて挨拶してきた。


「な、なんだ、いったい!?」


 意味がわからずカイナを見たら、なぜか呆れた顔を見せていた。


「それを本気で聞いてくるのがベーらしいよね」


「本気もなにも意味わからんのだが?」


 会長さんの客とは言え、そこで働いているヤツとは関係ねー。ましてや十一歳のガキに頭なんて下げる必要ねーだろう。


「前きたとき、従業員さんたちになにかご馳走した?」


「え? あ、ああ、サプルの料理を出したな。なんでわかんだ?」


 エスパー──いや、魔王の能力か!?


「いや、わからない方がおかしいからね。これだけの人たちの心をつかむなんて大概食事だよ。ましてやベーには料理の天才たるサプルちゃんがいる。あれを食べて心をつかまれないやつはいないからね」


 あー確かに。サプルの料理は人を感動させる力があるからな~。


「サプルちゃんだからとか思っているようだけど、それを振る舞えるベーの力に皆は頭を下げてるんだだからね」


「ただ、食わしただけなんだがな?」


「まあ、それがベーの魅力だしね」


 自分の中で完結したようだが、こっちはちんぷんかんぷんだよ。なんだって言うんだよ、まったく。


「ベー。いらっしゃい」


 店先でカイナとしゃべっている間に誰かが呼んできたんだろう、会長さんの娘が店の中から出てきた。


「おう。突然ワリーな」


「あなたならいつでも歓迎よ。……えーと、そちらの方は? あと、その頭にいるのは、なに?」


 カイナと頭の上の住人のギャップにどう表情を表してイイのかわからないようで、頬をピクピクさせていた。


「こっちはカイナ。オレの義兄弟で手伝いにきてもらった。頭の上にいんのはとんでも妖精のプリッつあんだ」


「まあ、ベーの紹介だから軽く流してよ」


「そうそう。ベーだししょうがないわ。あと、わたしはプリッシュだから」


 横と上からの酷い言いぐさにロンリーハート。的確で簡素な自己紹介だったのに……。


「相変わらずね、と言うほど長い付き合いじゃないのに、なぜか同意できるから不思議ね。ふふ。ようこそ、カイナさん。プリッシュ」


 なに、この疎外感。ちょっと心が痛いんですけど。


 なんか遠い国の出来事のように眺めていたら、中から家令さんが出てきた。


「これはベーさま。お出迎えが遅れてしまい申し訳ございません」


 恐縮そうに頭を下げる家令さん。なんか場違いと思うのはオレだけかな?


「構わんよ。天下の大商人になんの約束もつけずにいきなりくるオレがワリーんだからよ」


 だったらやれよとの突っ込みはノーサンキュー。んなもんメンドクセーことしてられっかよ。


「とんでもございません。主の大切なお客様。約束がないからと蔑ろには出来ません」


「大袈裟だな。まあ、その心遣いと行為には最大の感謝を返しておくよ。ありがとな」


 商売上の付き合いとは言え、そこまでされたら感謝しねーわけにはいかねーだろう。


「たまに大人な態度を見せるからベーってズルいよね」


「感謝するのに大人も子供も関係ねーよ。それより、会長さんはいるかい?」


 それはオレの主義主張。誰かに強制したいわけじゃねー。話はそれまでだと話を進めた。


「申し訳ありません。只今主は外に出ております。先日のお約束を果たすべく奔走しております」


「まあ、量が量だしな、無理ねーか」


 王都とは言え、余剰在庫が出るほど小麦を扱っているわけじゃねー。多分、国の倉庫から出そうとしてんだろうよ。


「なら、あるだけもらって行きてーんだが、出来るかい?」


「はい。主からもベーさまがもしきたら渡すように承っております。倉庫に小僧を走らせますので、用意が整うまでお待ちくださいませ」


 さすが会長さん。用意がイイね。


「あ、倉庫に入ってんならそのままでイイよ。そのままもらっていくからよ。問題ねーよな?」


 と、手伝いに尋ねた。


「うん。問題ないよ」


「だ、そうなので倉庫に案内してくれや」


 ちょっと額に汗を浮かべる家令さんだったが、その優秀さを示すように聞き直すことはしなかった。


「畏まりました。すぐに案内の者を用意致します」


「ああ、頼むわ。それと、馬車とかは要らねーからな。歩きで充分だよ」


 なんかそんな感じだったから先手を打っておいた。


「なら、わたしが案内するわ。ガンダル、いいでしょう?」


「では、お嬢様。よろしくお願い致します」


 と言うことで会長の娘さんに案内してもらうことになった。


「あ、自己紹介がまだでしたね。わたし、バーボンド・バジバドルの娘で、ザニーノと申します」


 え、ねーちゃん、そんな名前だったんだ!?


「って、まるで初めて聞いたって顔してるベーに突っ込んだら負けかな、プリッちゃん」


「負けね。だってベーだもの」


 頭の上の住人がカイナの肩に乗ってシニカルな表情を浮かべながら家主を見下ろしていた。


 ……えーと、プリッつあん。あなた、そんなキャラでしたっけ……? 

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