第340話 チーズケーキ
外に出ると、雨が降っていた。
「やっぱ三百キロも離れると気候も違うのな」
「そうだね。久しぶりに雨見たよ」
収納鞄から傘を二本取り出し、一本をカイナに渡した。
「傘まで作っちゃうんだ」
「藁簑とか嫌いなんだよ。痒くなるんだよな、あれ」
五トンものを持っても平気な体のクセに、チクチクした感触がダメとか意味わからんわ。
「この傘、なんで出来てるの? ビニールじゃないよね」
「海のもんさ。人魚の冒険者に頼んで獲ってきてもらったんだよ」
アレは温室にも使えるから常時依頼を出してんだよ。
「え? 人魚とかいるの!?」
人魚以上にビックリな存在なクセに人魚の存在に驚くんだ。
「なんだい。人魚見たことねーのか?」
十五年も生きてたら結構な種族に会えるもんなんたがな。オレなんてもう何種だかわからんくらい出会ってるぞ。
「うん。うちは内陸で海とか縁がなかったからね。人魚、直ぐに見れるの?」
「ああ。保存庫から山の裏にある港に続いてっからな、見たけりゃいつでもいけばイイ。通れるようにしておくからよ。あ、だが、人魚には男もいっから余り期待すんなよ」
「え、男の人魚もいるんだ。ヘ~。それはおもしろいね。写真に撮って娘や孫に送ってやろう」
人魚にそれほど幻想を抱いてないようだから、まあ、大丈夫か。もの珍しいってだけだろうよ。
「にしても写真か。カイナはこの世界を無視して生きてんな」
カイナの生き方だからワリーとは言わないがよ。
「まあ、おれは魔王の体と交換して欲しいと言われてこの世界にきただけのサバゲー好きの普通の高校生。電気やガスもなければ娯楽もない生活なんて無理! 初めてこの世界にきてフローラさんに拾ってもらわなかったら寂しさで死んでた自信があったね!」
確かに。オレもいきなりこんな世界に放り出されたら一日で死ねる自信があるわ。
「ここに連れてきた存在も好きにしたら良いって言ってたからね。だからおれは力を使うことに躊躇いはない。好きなように生きるって決めたんだ。ベーも欲しいものがあったら遠慮なく言ってよ。おれの魔力なら街一つでも一瞬で出せるからさ」
そりゃまた頼もしいこった。
「なら、出してもらいたいもんがあんだが、頼むわ」
と、遠慮なく言ったら驚かれた。なんでだよ?
「いや、ベーならいらないって言うか、今度なとか言っておれを頼らないかと思ったから……」
随分高く買ってくれてるようだが、オレは必要があったら頭を下げるのもいとわねーぞ。
「ダメなら諦めるよ。元々諦めてたもんだしな」
カイナと出会わなければやろうとも思わなかった。最初からないと思えば諦めもつくさ。
「いや、言った通り出すよ。ベーがそう言うものにも興味があるしね。で、なにが欲しいの?」
興味津々って顔を向けられてもそんな大したもんじゃねーぞ。
「チーズケーキを出してもらいてーんだよ」
「チーズケーキ?」
なにを言われたかわからないと言った感じで首を傾げるカイナ。まんま、言った通りにチーズケーキだよ。
「ああ。カイナは、前に住んでた場所にシャリオンって洋菓子店があったの記憶してるか?」
「シャリオン? シャリオンシャリオン──あ、うんうん! あのチェーン店のね。覚えてるよ。あそこのシュークリーム、結構イケてたから何度か買いに行ったことあるよ」
それは重畳。話が早くて助かるよ。
「あそこで売ってたチーズケーキを出して欲しいんだわ。出来ればホールでよ」
「……それだけ?」
「ああ。それだけ──あ、そこで売ってた大福餅もイイか?」
大福餅はオレ用だ。
「わかった。確か……これかな?」
どこからか懐かしいシャリオンのロゴが入った箱が現れ、その上に盆に載った大福餅 (いっぱい)があった。
「……すまねーな……」
「ううん。このくらいなんでもないよ。で、それどうするの? 食べるの?」
「う、うん。まーな。ちょっと寄り道するな」
どーぞとの心遣いに感謝して、グレンばーちゃんの店に入った。
まだ開店時間前……だと思うのだが、見慣れた人外さんと見知らぬ人外さんで混んでいた。
「……えーと、この国、なんなの? チートさんばっかりなんだけど……」
「人外による人外のための人外の国さ」
「いや、他人事のように言ってるが、お前も大概人外だからな」
そんな突っ込みノーサンキューです。
見慣れた人外さんからのヤジを無視して空いてる席に座った。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
なにやら口許をベタベタにした悠久の魔女さんがオレとカイナにコーヒーを持ってきてくれた。
感謝を言い、コーヒーを一杯口にした。
さて、どーすっぺと思っていたら前の席にグレンばーちゃんが現れた。
「お邪魔してるよ」
「ゆっくりしておゆき」
「いや、今日はゆっくりしてらんねーんだわ。コーヒ──杯飲んだら帰るよ……」
って、生まれ変わってもダメだな、オレは……。
「変わらないね」
グレンばーちゃんの苦笑に、こちらは苦笑いで応えた。
「……土産だ。食ってくれ……」
シャリオンのチーズケーキをテーブルに置き、コーヒーを一気飲みした。
「……ありがとう。嬉しいよ……」
その礼に上手く返事が出来ず、カイナを押すようにして店から逃げ出した。
そのまま逃げるように道を進み、会長さんちの前くらいで気持ちに整理がついた。
「……ワリーな、カイナ」
「ううん。全然。でも、あれでよかったの? 大切な人に見えたけど?」
ったく。よく見てんな、カイナは。
「元、大切な人、なんだが、やっぱ男ってダメだな。未練たらたら。昔を忘れらんねーんだからよ」
「いいじゃない。未練たらたらでも。おれなんて未練たらたらどころか今でもはっきり覚えているし、忘れないと誓ってるよ」
「強いな、カイナは」
バン! と背中を叩かれた。
「らしくない。ベーはベーだろう。思うのも忘れるのもベー次第。忘れたくないのなら忘れなければ良い。忘れたいのなら忘れたらいい。ベーがしたいように生きたらいいさ。そうやって生きてんだからさ」
ニカっと笑うカイナに、自然と笑みが浮かんだ。
「ワ……いや、ありがとな」
「それはこっちのセリフさ。ベーと出会えてまた生きることに張り合いが出てきたんだからさ。ありがとう」
そんな親友に拳を出すと、応えるように拳をぶつけてきた。
「イイ人生だ」
「まったくだね」
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