第315話 やるんならやるし、やらねーならやらねーだ

「じいさん、名前なんつったっけか?」


 買い取りを指定した場所にくる途中、そー言やぁじいさんの名前なんだっけ? なんて、ふっと思ってしまった。


 いつもなら気にしねーし、じいさんで通じてんだからそれでイイじゃんと流すんだが、目を向けた先にじいさんが三人もいやがった。


 さすがにじいさんだけで突き通したら石投げられる。誰にだよ? って突っ込みはあえて無視。それより名前だよと、考えるんだがまったく出てこねー。


 イじゃなくてタでもなくて、あふあ~んって感じだったはずなんだが、ダメだ。どう考えても出てこねーと、直接聞いたらなぜかため息をつかれた。


「どーしたん?」


「どーしたん? じゃないわ! お前、それが、三年も商売してる相手に問うセリフか! まさかのことにびっくりだわ!」


「アハハ。じいさん、突っ込みウメーな。まさに三年目にして知る驚愕の事実だな」


 やはり年に二、三回(さすがに一回だけじゃ足りないからな。二、三回はきてもらってんだよ)だけでは相手を知るには不十分。まあ、会長さんみたいなのもいるが、アレは別格。じいさんみたいなのが普通で、コミュニケーションしねーとダメってことだな。


「くく。カムラでは知らぬ者はいないと言わしめる国王の脇差しも小賢者の前ではただのじいさんか。なるほど、女獅子が一目置くだけはあるの」


 じいさんと同じ年くらいの白髪のじいさんが、こちらを値踏みするように見てきた。


「じいさん三人じゃ不便だから名前教えてくれっか? ダメならじいさんその一、その二で片付けるが?」


「なに自然に当たり前のように言っておる! 誰がハイ、そうですかと答える! わしは、マームル・アイゼンだ! しっかり頭に叩き込んでおけ!」


 マームル。マームル。マームル。アゴヒゲで鋭い目してて細身のマームル。うん、オッケー。覚えたぜ!


「なんだろうな。お前の自信に満ちた表情がまったく信じられんのだがな……」


「失敬な。オレは一度覚えた名前は可能な限り覚えてる男だぞ」


「なに一つ納得できる言葉がないのが、逆に凄いわ」


 え、そうなん? 誠心誠意な言葉を紡いだつもりなんだがな……?


「まあ、忘れたらまた聞くわ。で、そっちのじいさんらはなんなわけ? 昨日きた隊商にいなかったよな?」


 いかにも武の道を歩んできましたなじいさんと、未だ現役として最前線に立ってますなじいさんがいたらさすがに気がつくわ。


「わしは、ダリオン。しがない隠居だ」


 と、いかにもなじいさん。


「吾はザンケート。武芸者だ」


 と、現役じいさん。


 まあ、空気の読めるオレは軽くスルー。それぞれの立場や理由がある。オレの邪魔にならなければご勝手にだ。


「あ、そ。さて。ア……マームルじいさん──」


「──お前の可能、どんだけ短いんだよ!」


「冗談だよ。ムキになんなよ」


「いや、今のマジだね! マジだったね!」


 ほんと、このじいさんがこれまでノリのイイとは。人との付き合いは奥が深いぜ……。


「さて。老人との楽しい戯れはこのくらいにして、商売といこうか」


 量が量だしな、ゆっくりしてたら夕方になっちまうわ。


「……たまに、お前の切り換えの良さに殺意が湧くわ……」


「ハイハイ、それはあとで暇なときやってくれ。ただ、やるんなら覚悟しろ。オレは友達でも家族に手を出したヤツには容赦しねーし、常に万全の用意と覚悟はしている。無駄に命を散らしたいのなら止めねーが、できることなら平和に、お互いの利益を求めてもらいたいもんだ」


 それはマームルじいさんではなく、いかにもさんと現役さんに向けて言った。


 わざとマームルじいさんを国王の脇差しと口にしたことから、それはオレに対する警告か誘い、もしくは見極めだろうが、こちらはそちらの対応次第。やるんならやるし、やらねーならやらねーだ。


 二人のじいさんは、さすがに顔に出すことはなかったが、目にはありありと出ている。まったく、隠密行動には不向きなじいさんらだ。他にいなかったのか? 


「……そう、だな。我らは商人。商売をしようじゃないか」


 なんちゃって商人だが、マームルじいさんの言に賛成だ。

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