第304話 縁は大切に

 レディー&ジェントルマン。オトンにオカン、嬢ちゃん坊っちゃん寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ついでにポチもタマもいらっしゃい。これに出したる水色水晶、なんと! 遠くの場所に一瞬でいけると言う摩訶不思議なアイテムでござーい!


 賢い嬢ちゃん坊っちゃんならおわかりだろう。そう、ファンタジーなお話には大抵出てくる転移アイテムだ。おや、坊っちゃんのところでは瞬間移動と言うのかい? まあ、似たようなもの。細かいことは気にしな~いだ。


 はぁあ? なにやってんの? なんて心をえぐる突っ込みはソーリです。ちょっとした心の準備。気持ちを静めてんだよ。


 ファンタジーな世界に生まれて十一年になるが、転移とかは生まれて初めての経験だ。未知なることに挑戦すんには勇気がいる年齢(精神年齢的によ)なんだよ。


 まあ、ご隠居さんがウソを言うわけねーし、できると言うのならできるのだろう。が、それはそれ、これはこれだ。安全だからと言って急にバンジージャンプしろと言われてできるヤツは少ねーだろう。それと同じ理論だ。


 少しの魔力で転移できる──らしいが、この水晶も一緒に転移するかは聞かなかったので、念のために保存庫の空き部屋へと向かい、土魔法で台座を創った。


「……なんか、ファンタジー感ありまくりになったな……」


 いったいなんの転移の間だよと突っ込みてーが、誰も応えてくれねーのでため息だけしておいた。


 まあ、イイ感じになったと思うとしよう。勢いとノリで行ったれだ。


 転移水晶に手を置き、魔力を送った。


 と、転移水晶が輝き、なにか不可思議な力が四方八方に放たれた。


 なんだ? と思っていたら視界がぶれ、次の瞬間には見知らぬ部屋に立っていた。


「…………」


 辺りを見回すと、そこは二十畳ほどの石造りの部屋で、感じからして地下。倉庫ってところかな?


 部屋の中央には転移水晶と思われるものが浮いている。


「……ファンタジー好きなら感動するところなんだろうな……」


 生憎とそれほど興味がないオレには便利アイテムとしか見て取れない。なんかオレのロマン回路には接続しないんだよな、これ……。


 まあ、ロマンうんぬんは置いといて、だ。どっから出んだ?


 見えるところに扉らしきものが見て取れ……うん? なんだあれ?


 石壁に水晶板が埋まっているのに気が付き、近寄ってみる。


 考えるな、感じろ的にこれかと手で触れると、あらびっくり。壁が消えました。


 縦横三メートル。荷物を出し入れするにはちょうどイイ感じだなと思いながら外に出ると、そこも倉庫だった。が、扉や窓がある普通の倉庫のようだ。


 窓から見える景色からして一階、のようだな。扉がある方は正面かな? 人が歩いているのが見える。となると、右手にあるドアは、なんでしょうと開けてみる。


 そこは板張りの部屋、と言うよりはホールかな? 二階に続くであろ階段にドアが幾つか見える。どうやら想像以上にデカい家(屋敷か?)のようだな。


 まあ、家の探索はあとだ。会長さんとこにいかねーと。


 外に出て……あれ? どっちだっけ? グレン婆ちゃんちが隣だから……こっちか、な?


 方向感覚はそれなりに自信があるんだが、どう言う訳か右左の感覚すらも危うい。なんなんだ、これは?


「──あ、村人さんだ!」


 と、聞いたことがある声に振り向くと、元気百パーセントの勇者ちゃんがいた。


「お、勇者ちゃん。また見廻りか?」


 あと、やや離れた場所にいるマリーさん、お勤めご苦労さんッス。


 そんな念が通じたのか、『あ、どうもです』と返された。この人、ほんとエスパーじゃね?


「うん! 弱い人を守るのがボクの使命だからね!」


 それはまた難儀な、とは言わない。人それぞれの人生。オレが否定してイイことじゃねーしな。


「村人さんは、なにしてるの?」


「んー、迷子だな」


 端的に、事実を述べたらそうなりますです、ハイ。


「アハハ! 村人さん、よく迷子になるね!」


「まあ、田舎者に王都は広すぎるわ」


 まあ、感覚不全は転移が原因だろうが、田舎者に見栄はいらねー。ありのままの自分を出せだ。


「ならボクが案内してあげるよ! どこにいきたいの?」


「お、そりゃ助かる。バジバドル商会にいきてーんだわ」


「うん、任せて!」


 なら遠慮なくお任せしますと、ピンクの髪を目印に後に続いた。ついで、ではないが、後ろを振り返ってよろしくとマリーさんに頭を下げた。


 フレンドリーなマリーさん。いえいえとばかりに照れ笑いを見せた。


「そー言やぁクッキーは旨かったかい?」


「うん! とっても美味しかったよ! マリーも喜んでた!」


「そりゃよかった。土産に出した甲斐があるってもんだ」


 ちょうどイイ場所に頭があるので頭を撫で撫でしてしまった。


「おっと。ワリー。弟と同じ背だからついやっちまったわ」


 慌てて手を放して謝った。


 兄としての威厳──じゃなくて、兄としての愛情を示そうとしたら頭を撫で撫でになっちまうんだよな。もうクセになってそこに頭があると自然と撫で撫でしっちまうんだよ。


「ううん! 村人さんならイイよ! 村人さんの撫で撫で、気持ちイイもん!」


 あんちゃん、こーゆー素直な子を前にするとお菓子あげたくなっちゃうよ! とばかりに収納鞄からリンゴ飴ならぬブララ飴を出して勇者ちゃんにあげた。


「なにこれ!?」


「ブララって言う果物を溶かした飴で包んだものさ。甘くて旨いぞ」


 これブララ飴にできねーかとサプルにお願いして作ってもらったもので、今年の広場で売るものだ。まあ、食関係はサプル率いる娘衆にお任せだがな。


「甘っ! なにこれ、甘っ! でも美味しいっ!」


 テンションマックスになって喜ぶ勇者ちゃん。喜んでもらえてなによりだ。


 ──おっと。マリーさんにも忘れてませんぜ! 


 収納鞄からブララ飴を幾つか出して結界に包んで移動させた。


 受け止めたマリーさんが太陽のように輝き、そのまま天使に誘われて天にでも昇っていきそうな笑顔を見せた。


 この人大丈夫か? と頭の隅で思いはしたものの、心の友が喜んでいるのだ、素直に喜ばしておこう。


 先を急ぐ用事だが、こう言う縁は大切にしておくもの。時間を惜しむな、だ。

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