第238話 姫との遭遇

 なんつーか、海の男はスゲーな。昨日、あれだけ飲んだのに平然と目覚めやがったよ。


「なに、あのくらいの酒を飲めん奴は一人前の船乗りになれんさ」


 前世だったらパワハラで訴えられそうだが、この時代では義務みたいなもの。まったく、山に生まれてよかったぜ。


「オレは一生船乗りにはなれんな」


 まあ、なる気もないがな。


「そいつは残念だ。ナバリーの婿になってもらいたかったんだがな」


「おいおい、うちの息子になに言ってやがる。婿にしたきゃおれを倒してからにするんだな!」


「アホか! そりゃサプルんときに言え、このアホ親父が!」


 将来の親父に蹴りを入れて黙らした。


「アハハ。モテモテだな、ベーは」


「うっせーよ。親父にモテても嬉しくねーわ!」


 アホなことを言う船長も蹴りで黙らした。


「ったく! とっとと朝食取って仕事にいきやがれ!」


 平然と起きたとは言え、とっくに陽は上がり、ガキどもは朝食を食って寺院にいく準備をしているところだ。


「兄貴、オ、オラ、今日も寺院にいっていいだか?」


「やりてーことがあるなら遠慮なくやれ」


 と、言ってやり、その背中を押してやった。


 好きなことを遠慮なくやってるオレに誰かを強制する権利はねー。やりたいことを最優先にしろ、だ。


「んじゃ、親父さんよ。そっちは任せたからな」


「ああ。任された。っと、一度アブリクトにいきたいんだが、構わんか?」


「好きに行きな。たぶん、島には妹がいるはずだからオレの名前を出せば歓迎してくれっと思うよ。まあ、いなけりゃ好きにやってな。タケル、サプルに連絡入れておいてくれや」


 通信機は渡してねーが、十中八九ジェット機には乗ってるはず。ならもうだいたいのことは覚えただろうからな。当然のように受けれんだろうよ。


「わかりました。おれも一旦嵐山に戻りますね。カーチェさん──じゃなくてカーチェにも嵐山見せておきたいですから」


「その辺はタケルの判断で好きにやれや。そのためのカーチェなんだからな。頼むぜ、カーチェ」


「お任せあれ」


 クールにはしてるが、興奮してるのはバレバレ。もうちょっと落ち着けや、森の賢人さんよ……。


「んじゃ、オレも出かけっから、気ーつけてな」


 背負い籠を背負い、倉庫を出た。


 時刻は七時前くらい。街はとっくに起き出しており、仕事場に行く人足、買い付けに行く商人、街の外へと向かう冒険者、井戸端会議をするおっかさんズ、小さな露天を開く農家のおばちゃんズ、いろんな人が道を行き来していた。


「都会だね~」


 前世の記憶がある者にしたら時代遅れもイイとこだが、ド田舎に暮らしてると、人が多いってだけで都会と思っちまうから不思議だよな。


 前世を含めて人の多い場所を歩くってことをしねーので、知らず知らずのうちに道の端により、避けるように裏路地へと入ってしまった。


「……えーと、ここどこだ……?」


 ハイ、迷子になりましたがなにか? 突っ込みならノーサンキューですぜ、ダンナ。


「なんて現実逃避してる場合じゃねーな。大通りに出るか」


 王都が広いって言っても一時間も歩けば街の外に出れるくらいの広さ。歩いてりゃそのうち出るわ。


 と、思っていた自分が甘かった。


「……会長さんとこ、知らねーや……」


 つーか、ここどこ? 大通り見てーだが、国土交通省がある時代じゃねー。看板なんて親切なもんがある訳もねー。


「どーすっぺ?」


 まあ、人に聞きゃイイか。会長さん、大商人だし、知らねーヤツは少ねーだろうよ。


 まだ八時を過ぎたくらい。焦ることはねーと、銀ぶらならね王ぶらをしながら見て回っていたら、倉庫のところまで戻って来てしまっていた。


 陰謀か!? とかやっても誰も突っ込んでくれないだろうから、ため息して近くの飲み物を売ってる露天へと足を運んだ。


「おっちゃん、ミンザ一杯ちょうだい」


 王都から船でちょっと南に下ると、暖かい気候になるので柑橘系の果物が良く実り、王都へと流れてきてジュースとして売られている。


 一杯小銅貨一枚と安く、庶民の飲み物とされて愛されているのだ。


 まあ、これで冷えてたら文句はねーんだが、しょせん庶民の飲み物。冷やす魔道具なんて買えるわけねーんだからしょうがねーだ。


 金を払いおっちゃんから木のコップを受け取った。


 味はグレープフルーツに似てて、ちょっとばかり酸っぱいが、まあ慣れたら気にはなんねーレベルだ。


 ついでとばかりに瓶を六本(一リットルくらい)出して入れてもらった。夏の暑い日用だ。


 陽が昇るにつれ気温が上昇してきたので路地裏の涼しいところで結界座布団を引いて休憩してると、誰かがオレの前にやって来た。


「具合悪いの?」


 その幼い声に顔を上げると、ピンクの髪を靡かせた五、六歳の幼女がそこにいた。


 それが姫勇者との初遭遇だった。

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