第237話 乾杯
「……もう六時か……」
結構長い時間いたんだな……。
まだ初夏にもなってねーんで陽はまだあるが、この世界(時代)でも仕事は終わり、家路に着く時間帯でもある。
「帰るか」
寺院に行っても皆は帰っているだろうし、全てを親父さんに任してある。行ってもしゃねーや。
道中、アホが寄ってくることもなく我が家(王都でのな)に到着したら、なにやら皆が外に出ていた。
「ベー!」
その中にいたザンバリーのおっちゃん(式を挙げるまではおっちゃんだ)が真っ先に気が付いて声を上げた。
気ついた他の皆がこちらへと振り向き、全員が駆け寄ってきた。ど、どったの?
「大丈夫なのか?」
「ベー!」
「ベーさん!」
なにか心配をさせた、と言う状況はわかるのだが、こんなに心配をさせるようなことしましたっけ?
「え、あ、おぉ。なんともないが、どーしたん?」
「バカ野郎! お前が連れ去られたって話じゃねーか!」
「連れ去られた?」
なんのことかさっぱり意味がわからんのだが?
赤毛のねーちゃんらに説明を求めたら、ご隠居さんに付いて行くオレをオッサンが後をつけたのだが、途中で消えてしまったとか。で、慌てたオッサンは、親父さんに報告。それを聞いていたカーチェがザンバリーのおっちゃんに。で、こうして集まったそーな。
「なに笑ってんだ! こっちは心配したんだぞ!」
と怒られて反射的に顔に手を触れると、確かに笑っていた。
「……ワリー。なんかオトンに怒られてる記憶が出てきちまってな、懐かしさに笑っちまった……」
いかんな。あの懐かしいコーヒーを飲んだからか、感傷に弱くなっちまってるよ。いや、泣く方に弱くなってねーのがせめてもの救いだな。これで泣いてたら恥ずかしくて三日は山に籠るぜ。
「……あ、いや、お前、卑怯だぞ、それ……」
「あ、ザンバリーのおっちゃんに失礼だったな。本当にすまねー」
誠心誠意、頭を下げて謝った。
オトンはオトン。ザンバリーのおっちゃんはザンバリーのおっちゃんなのに、重ねるどころか比べっちまった。まったくもって恥じ入るばかりだ。
「ったく。本当に卑怯だな、お前は。そんなこと言われたら怒るに怒れねぇじゃねーかよ」
「いや、怒ってくれて構わねーよ。将来のオ──いや、親父に心配をさせたんだからな。遠慮はいらねーよ」
それがどんなに深い罪か、それがどんなに愛されているか、今ならわかる。心が痛くなるくらい感じ取れる。ましてやオレのためにこうして集まってくれて心配してくれるんだ、殴られるくらいなんてことはない。いや、嬉しさに泣きそうになるかもな……。
下げた頭にごつんと拳が当たり、グリグリとされた。
「お前が無事ならそれでいい! あとはどうでもいいわ!」
頭を上げると、オレに背を向けるザンバリーのおっちゃん。もしかしてテレてる?
まあ、察してやるのが将来の息子の優しさ。気がつかないフリを致しましょう。
「それで、いったいなにがあったんだ?」
子を持つ先輩も察したらしく、情けだとばかりに話題を変えてくれた。
「まあ、取り敢えず中に入ろうや。あと、用がねーなら夕食食ってけや」
「そうだな。今後長い付き合いになりそうだし、交流を深めておくのも良いかもな」
「それもそうだな。今日は酒でも飲んで楽しんでくれや」
まあ、オレは酒が飲めんので聞き役になるがな。
倉庫へと入り、収納鞄から料理を出してカラエらに並べてもらう。
「タケル……はどうせ食うことに集中しちまうからデンコ、ガキども面倒を見ろな。カラエたちも頼むわ」
「わかっただよ」
「わかりました」
あとは二人に任せ、大人組に入る。
まずは酒だと、溜め込んでいる酒を収納鞄から出していく。
「……お前は酒屋より酒を持ってるな……」
船長さんが呆れたように呟き、皆がまったくだと頷いている。なんか交流会しなくても仲良くなってんじゃね?
「そりゃベーが真ん中にいるからさ」
なんてことを言ったらザンバリーのおっちゃんからそう返された。そりゃなんじゃらほい?
「ここにいる者の共通点は、お前だ。お前と出会い、お前に助けられ、お前の人柄に集まっている。もし、お前を抜きにここにいる連中と出会っても、まあ、個別には酒は交わし合うだろうが、こうして一度に会することはないだろうよ」
「そうだな。赤き迅雷の名も顔も知ってはいたが、こうして向かい合うことななかったはずだ」
「確かに。何度も会ってるブラーニーとも酒を酌み交わすなんてこともなかったしな」
全員の目がオレに集まる。
「……縁は異なもの味なもの、だな……」
なんか意味が違ったような気もするが、この奇妙な出会いを表現する言葉が思い付かねーわ。
「なんだいそりゃ?」
「ん~。まあ、会うべくして会ったって言う諺だ。よくは知らねー」
「相変わらず博識ですね、ベーは」
「まったくですわ。魔術師より魔術を使いこなせるのですから」
「いや、それ関係ねーじゃん」
「あるだろう。諺を知ってるなんて村の長老格か上流階級くらいなもんだ」
「だな。そんな諺、初めて聞いたわ」
「まあ、いろんな本を読んでるからな」
「それで村人とか言い張るのがわかんねぇよ」
事実なんだからそう言うしかねーじゃんかよ。
いつもやってるからか、それとも地かは知らねーが、ちょこまかと酒を配り終える赤毛のねーちゃん。やるときはやるねーちゃんだ。
「はいはい。オレのことはどうでもイイよ。それより酒を持て」
配られた酒を各自が持つのを確認し、オレもコーヒーを注いでカップを掲げた。
「なにはともあれこの出会いに乾杯だ」
倉庫が揺れるくらいの喚声が上がった。
まったくもってイイ今世だ。
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