第88話 やる気出せや!

 女のコが倒れている。


 これがイケメンなゴブリンや美丈夫なオーガと遭遇してなければ、見た瞬間に駆け出していることだろうが、樵衆しかこない場所で、しかも街道筋から離れている道で倒れていたら、余程のバカでない限り、一連の出来事と同じと見るだろう。


 それに、なんなんだろうな、アレは?


 罠に嵌めようとしているのはわかるが、機能性を完全に無視したデザインありきのメイド服なのはなぜに? まあ、それはイイ。いや、よくはねーんだが、そんなことは全体から見れば些細なコトだ。


 まず、その下に敷いたマットはなにかな? この罠が行き倒れ的なシチュエーションなら、マットいらなくね? そんなに汚れんのイヤか? あと、盗賊に襲われて逃げてきたしたとか、迷子になりました的なヒントは出しておけよ。そんな新品同様なメイド服からなんも想像できねーよ。靴なんて土の一欠片も付いてねーじゃんかよ。せめて歩いてこいよっ!


 見た目は子供。中身は大人な名探偵じゃなくても空飛んできたってわかるわっ!


 ほんと、ナメてんの? バカにしてんの? それともあんたがアホなの? クソが! もうちょっと気合い入れろや! やる気出せや! 相手する身も考えろや! つーか、なんでオレは憤慨してんだよ! 意味わかんねーよ!


 ──はっ!


 イカンイカン、落ち着けオレ。クールだ。クールになれ。オレはクールな兄貴。頼れるあんちゃん。うん、大丈夫。オレ、復活。おし!


 さて。どーすっかな。


 落ち着いてはみたものの、アレと関わるのヤだな~。見なかったことにして帰りてーなー。


 だが、今回逃げたところで次回も逃れられるとは限らない。それどころか余計にメンドクセーことになりそうな予感がビシバシ感じるぜ。


 ……ほんと、世の中ままならねーぜ……。


 しゃーねー。嫌なことはとっとと済ませるか。


 とは言え、どーすっかな~? 罠であることは間違いねー(オレの想像力で他の可能性なんて思い浮かばねーよ)が、罠である以上迂闊には近寄れんし、アレが見た目通りとは限らねぇし……あの手で行くか。


 土魔法でオレと同じサイズの土人形を作り、オレの姿を映した結界を纏わせ、オレは迷彩結界を纏う。


 変わり身の術、なんてことをやりたくて作ったネタがまさか役立つ日がくるとは。世の中わからんもんだ(そりゃお前の頭ん中だ、って突っ込みはノーサンキュー)。


 人形を操り、女のコへと近づける。


 遠距離からの攻撃はなし。落とし穴的な罠もなし。魔術による罠もなし、か。マジで行き倒れ作戦オンリーなのか?


 人形が女のコの直ぐ横に到達する。が、やはりなんの反応もない。


 人形の腕を動かし、女のコの首筋に手を当てる。ちなみに体温機能付きっス。


「おい、どうした? 生きてるか!」


 声をかけると、女のコの瞼が動き、ゆっくりと開かれた。


「……わ、わたし、いったい……」


 そーゆー演技できんならシチュエーションにも力入れろや!


「いったいどーしたんだ? なんか覚えてっか?」


 ここからは女のコの横顔しか見れんが、感じからして年はオレより二、三歳上。絵に描いたような美少女だ。そーゆーのが好きな野郎にはたまらんだろうが、ツルペタ趣味じゃねーオレとしてはおもしろくもなんともねー。罠に使うなら〇〇連れてこいや!


「………」


 うん? どーしたんだ?


 女のコが人形を凝視したまま動かない。


 どうしてイイかわからず流れに任せてると、女のコの表情が戸惑い色に染まっていった。


 見た目は子供。中身は大人な名探偵が憑依したかのように、迷彩結界から魔力遮断結界に切り替えた。


 ──魔眼持ち!


 あるとは聞いていたが、まさかそんな希少能力者と遭遇するとは夢にも思わなかったぜ。


「──捕らえろ!」


 叫んでから失敗と気がつく。なに叫んでだよ、オレ!


 こちらの失敗を有効に活かした女のコは、人形の手から素早く逃れた。クソが!


 こちらに気が付いた女のコがオレを見る。


 金色の瞳が怪しく光る。が、魔力遮断結界はあらゆる魔を跳ね返す。対策を教えてくれたザンバリーのおっちゃんに大感謝だ。


「……な、なぜ、効かないの……?」


 さぁ、なんでだろうな? とは言わない。言ってやる義理はねーし、立ち直る時間をくれてやる気もねーよ。


 今度は無言で人形を操り、女のコを捕らえ──ようとしたが、ヒラリと躱された。


「突き槍!」


 咄嗟に女のコの下から石の槍を突く──が、今度もヒラリと躱される。


「ならば、封──な!?」


 結界で閉じ込めようとした瞬間、女のコの背中からコウモリのような羽が広がった。


「サキュバスだと!?」

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