第80話 領主館

 店の中に沈む。


 なかなか奇妙な表現だが、人魚族相手の商売なら空気がある地上より水の中の方がなにかと都合がイイ。


 だが、いくら結界を纏わせるとは言え、水の中では浮力が働く。ただでさえ四十キロもないオレが水の中──海の中に入ればイヤでも浮いてしまう。


 なら、どうするかと問われれば、土魔法でなんとかしましょうと答えます。


 最初は、靴に重りを付けていたのだが、足が重いだけで体は軽いので、ちょっとの水の流れ(地上風に言えば、風が吹くかな)で上半身が揺れてしまうのだ。


 ならば、星も土なんだから重力とか操れんじゃねぇ? とやってみたらあらできた。ほんと、おっそろしいわ~、土魔法って。


 まあ、上手く行ったし、水の流れで揺れることは少なくなったんだが、今度は水が重くなって動けなくなる事態に陥ってしまったのだ。


 こりゃマズイと、重力はオレだけにかかるように調整し、なんとか地上と変わらぬ重力状態にしたのだ。ほんと、苦労したわ。


 店に着地した場所は、カウンターの前。十畳ほどの店内を一望できる場所である。


 その場で店内を見回した。


 とは言え、ここも結界と普通に戸締まりしてるので前にきたときと変わりはない。だが、それでも入ってくるのがきゃつらである。店が巣になってましたなんて日になったら、オレはここを廃棄して二度とこねーぞ!


 まったく、山に住む虫なら平気なのに、どうして海の虫には弱いかね、オレは?


 ため息を吐き、前方の扉へと歩き出す。


 人魚族専用、と言うか、水の中なので抵抗をなるべく少なくするためにスライド式となっており、開店時はいつも開けっ放しにしておくのが人魚族の常識となっているのだ。


 扉を開けると、眼下に港が広がる。


 港は、すり鉢状になっており、オレの店は一番上にあり、ハルヤール将軍の家がある横に建てられている。


 一応、と言うか、ここはアーベリアン王国の支配地になっているが、ここを知っているのはオレら家族だけであり、ここにくるには保存庫か海部落から危険な岩礁地帯を越えてくるか、更に遠回りしてくるしかない。もはや知ることのない地なので、ここの支配(管理)はハルヤール将軍に一任したのだ。


 つてもハルヤール将軍は、国の重鎮。ここに常駐できるわけじゃねーし、ちょくちょくこれる身でもねー。オレだってそうそうこれねー。どうしても代理を置くしかねーんだよ。


 店を出て隣(まあ、船の発着場が間にあるがな)の領主館(しっくりくる呼び名がねーからそうなった)へと赴く。


 今日くる約束はしていたが、時間指定まではしていない。なので挨拶にいく必要があるのだ。


「……にしても、人(魚)、増えたな……」


 別に街道(海の中にも道はある)ってわけじゃねーし、なにかが採掘される訳でもねー。取引相手と言えばオレだけだ。それで人(魚)が集まるってどーゆーことなんだ?


 首を傾げながら領主館に到着。門番のあんちゃんに挨拶する。


「おはよーさん」


「おはようございます、ベーさん」


 なんで会話できんだよ! との問いに答えましょう。


 ここではオレはナンバー2。ハルヤール将軍に次ぐ権力者(村人ですがなにか?)。そんな人物が下に遠慮したら示しがつかんと、ハルヤール将軍が部下に自動翻訳の首輪をするように命じたのだ。


 オレとしてはメンドクセーが、友達とは気軽るにしゃべっているので、まっ、しゃーねーかでスルーしてるよ。


「ウルさんいるかい?」


 ウルさんとはハルヤール将軍の代理人で、実質的なここの支配者だ。


「はい。執務室にいらっしゃいます。どうぞ」


「あいよ」


 軽く手を挙げて領主館へと入った。


 まあ、ここを造ったのはオレであり、ハルヤール将軍からフリーパスをもらっている。なんで簡単に入れんだよ。


 玄関ホールを通り抜け、執務室がある二階(人魚に階段は不要だが、オレには必要なので造ってはある)に上がり、一番手前のウルさんの執務室へと入った。

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