第92話、魔導師団長アイリーンの陶酔

 魔法は奇跡の力だ。


 私―――アイリーン・フォン・グランツェルはそう思う。


 きっかけは幼い頃。父に王宮へ連れて行ってもらったのが始まりだった。


 その日は望んでもいない婚約者探しのためのパーティーに参加させられたのよね。貴族の令嬢に生まれたんだからと、幼心にそこは割り切るしかないと諦めた。

 自然と大人と子供に分かれたけど、初っぱなから男女問わず私を囲んで楽しく談笑していたわ。いえ、訂正。腹の探り合いをしていたわ。子供でもやっぱりそこは貴族らしかった。


 グランツェルという姓から分かるように、私はグランツェル公爵家の令嬢だ。

 美しい九つの尾が特徴的な狐の獣人。それがグランツェル公爵家の証。

 例に漏れず私もその外見的特徴を受け継いでいる。


 よく尻尾の数だけ命が宿るーだとか言われたりするけど、そんなすごいもんじゃないわよ?尻尾を自分に見立てて身代わりにできるってだけ。ま、要するに分身ね。

 身代わりにすると尾の数が減っちゃうからそんな御大層な噂が流れてるんでしょうね。

 我が一族の血を取り入れたい者、そうでなくとも公爵家という強力な後ろ楯がほしい輩がこうして群がる訳だわ。


 でも正直に言っちゃうと、形だけの婚約者も上辺だけのお友達もいらないのよねぇ。

 別に、好きな人と結ばれたいだとか真の友情を築きたいだとか思ってるんじゃないの。ただ興味を引かれないだけ。

 そんな訳で早々にパーティーを抜け出した。お父様には申し訳ないけど、これからもそっち方面はスルーします。


 今思えば、その判断は正解だったわね。

 何せ、衛兵やメイドの目を掻い潜って辿り着いた庭園で、運命的な出会いをしたのだから。


「悪しき者を絡めとれ。ウェイクホールド!」


「ぐぁっ!?」


「く、このっ……野蛮な獣風情が……!」


「取り押さえろ!」


 一人の魔導師が右手を掲げると、庭園に咲き誇る綺麗な花が複数の人間に牙を剥いた。しゅるしゅると、まるで数多の蛇が踊るように蔦が入り乱れ、対象を絡めとる。やがて侵入したとおぼしき人間集団はお縄についた。

 私はその様子を呆然と眺めていた。そして次第に感動に打ち震えた。


 なんて……なんて凄い現象なのかしら!

 詠唱と共に展開された術式。淡く光るそれはキラキラと輝いていて、庭園に咲き誇る美しい花をまるで己の手足のように自在に操る。

 子供騙しのような手品に近い魔法しか見たことなかった私にとって、まさしくそれは奇跡の御技だった。


 すっかり魔法に魅了された私は父にお願いして家庭教師をつけてもらって猛勉強したわ。元々そのつもりだった父は反対せず、逆に勉強熱心だなと褒めてくれたけど。

 まぁでも父にとって想定外だったのは私の魔法へののめり込み具合ね。社交ほったらかしで自室に引きこもるか、外出しても新しく覚えた魔法の試し撃ちのみ。徹底して魔法の勉強に打ち込んだ結果、出会いとは無縁な幼少期時代を過ごすことになった。

 高位貴族としても親としても危機感を抱いた両親がお茶会を開いたりしてどうにか他人と交流させようと画策していたけど、出会いの場は全て蹴散らしたわ。


 学園の魔導師科を首席で卒業したら両親も何も言わなくなったけど、周りがうるさかったのよね。女のくせに生意気だ!とか、女なんだから大人しくしてろよとか、色々文句言ってきたのよねぇ。

 さすがにブチッときたから、相手の心をバッキバキにへし折る勢いで実力行使してやったわ。泣き喚いて許しを乞うまでの一部始終を公衆の面前でやらかしたおかげでそれ以降私に突っ掛かってくる輩はいなくなったけど。


 魔導師団に就職する頃には両親も色々諦め、たったの数年で魔導師団長の座をもぎ取ったところで「もう好きにしなさい」と放置の姿勢に。

 よっしゃあ!これで心置きなく魔法の修練に励めるぜ!と内心小躍りしたものの、魔導師団長って意外とやること多くて参っちゃったわ……

 まぁそれでも仕事の合間を縫って魔力を増やしたり新しい魔法を習得したりして、なんだかんだ充実した日々を送っていたのだけどね。


 そういえば、魔導師団に就職した際に知ったのだけど、生まれたばかりの第五王子のルファウス殿下は魔力がほとんどない。生まれつき魔力量が半端ない種族の王家には非常に珍しいことに。

 当時はそのことでぶちぶち言う頭の硬い連中もいたけど、ルファウス殿下はこれまた稀有なことに前世の記憶を引き継いでいて、幼いながらも様々な功績を上げたことで、今ではもうなくてはならない存在となっている。


 そんな彼だが、驚いたことに魔法を使えるのだ。

 魔力がほとんどないのに魔法を使えるなんてなんの冗談?って最初は全く信じてなかったけど、魔力じゃなくて魔素を使ってるんだもの。魔素は魔物にしか使えないエネルギーだと認識してたから、そりゃあもう驚いたわ。魔道具を介してじゃないと魔法を放てないって仰っていたけどね。


 魔素が利用できれば使える魔法も幅広くなるんじゃないかって期待が膨らんだけど、魔力が少なくないと扱えないと聞いてその期待は萎んだ。

 元々多いのに加えて馬鹿みたいに底上げした魔力量が仇となるなんて……


 嘆いていても仕方ないと気持ちを切り替えて、それなりに忙しい毎日を過ごしていたある日。予知専門の魔導師がスタンピードを予知した。

 もちろんすぐに陛下に報告して、騎士団も巻き込んで厳重な警戒体勢を敷いたわ。結局スタンピードは起こらなかったけど。

 ちょっとだけ残念。新しく覚えた広範囲魔法、試し撃ちしてみたかったのに。


 その代わりに愉快な報告が上がったわ。なんと、賢者が現れたんですって!

 ルファウス殿下の魔法事情を知ったとき以上に驚いたわ。

 だって、賢者よ?魔法に関しては誰も追い付けないほどの技術を持ってるって言われてる賢者よ?

 まさか今の時代にそんな存在が現れるなんて思わないじゃない!


 私は大いに喜んだけど、国の上層部は全くそうは思っていなくて頭を抱えていた。

 あー……世間一般でいう賢者って、大昔に世界を滅亡に導いた災厄だものね。そりゃそんな反応にもなるか。

 それだけじゃなく、賢者が滞在している街でトラブルが続出してるらしい。それも隣国が一枚噛んでるっぽい。そのせいで賢者が怒り心頭だとか。


 賢者の監視役として向かったルファウス殿下を心配して王宮に連れ戻す話が出てたけど、ご本人の強い希望で監視役は入れ替わらず。

 殿下が監視役を買って出たときも反対意見は多かった。国に大きく貢献してきた殿下をみすみす危険に晒せない、って。

 ……その反対を押しきって飛び出しちゃったんだけどね、あの方は。


 でも幸いなことにルファウス殿下は無事王宮に帰ってきたわ。ただし、賢者と愉快な仲間達を引き連れて。

 隣国とのアレコレを片付けるために陛下が賢者を王宮に招いたから必然的にルファウス殿下もこちらに赴いたのだけど……控えめに言っても衝撃的だった。


 謁見の間でちらっとお姿を拝見しただけだけど、一目見ただけで分かったわ。

 掌くらいの小さな身体に宿る桁外れの魔力量。洗練された魔力の質。おそらく、いえ確実に私を遥かに上回るであろう魔法技術。まさに、規格外の存在。


 賢者に対する畏怖よりも、彼の持つ魔法に関する知識と技術への興味と好奇心の方が断然上だった。故に謁見の間で一目見てからというもの、彼と接触したくてうずうずしていたわ。

 頭の硬いお偉いさん方に「余計な刺激を与えるな」と圧力をかけられたけど諦めきれずにタイミングを見計らっていたとき、誰が手引きしたのか、賢者の魔導師棟への見学申請があった。


 当然許可を出し、いざ対面してみて分かったこと。

 魔法に関しては彼の中で妥協という言葉は存在しない。要約すると、超絶スパルタだった。

 でも頑張って食らいついた甲斐があったわ。だって、魔法は詠唱と魔法名が必要不可欠だと思い込んでいたのが間違いだったと気付けたんだから。


 ああ、楽しい……!こんなにも気分が高揚したのは初めてだわ!


 この方に出会えなければ知らないままだった魔法の知識は、私の常識をいとも簡単にひっくり返して。

 より洗練された術式の構築は、今まで見たどの魔法よりもキラキラ輝いていて。

 初めて詠唱も魔法名もなしに発動した魔法は、この方に比べたら拙いけれどとても感動して。


 私はもっともっと魔法を学びたくなった。

 いつかこの方の立っている遥か高みまで辿り着きたいと、そう思ったの。


「これからもご教授願います、師匠!」


 そして気が付けば弟子入りしていた。後悔はしていない。


 ふふふ……必ず貴方様に追い付いてみせますからね、フィード師匠!


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