第88話、見た目で決め付けてはいけない
俺を師匠と呼んで崇めるアイリーンさんと師匠呼びを断固として拒否する俺。まだ俺自身が師匠の足元にも及ばないのに弟子を取る気は更々ないし。
呼び方ひとつでかなり揉めたが、最終的にフィード先生に落ち着いた。
「フィード先生。差し出がましいお願いですが、これからも時間のあるときに指導して下さいませんか?」
「ええ、もちろん良いですよ。俺としても無詠唱魔法を広めたいと常々思っていましたし」
アイリーンさんの言葉に一も二もなく頷いた。
無詠唱魔法を広めたい俺にとって願ってもないことだ。国で最高峰の魔導師部隊が無詠唱魔法を使えるようになったら自ずと広まるだろうし、魔導師を目指す者にとってはいい指標になる。是非とも切磋琢磨して実力を伸ばしてほしい。
「フィード先生の指導……!しかも無詠唱魔法を教えて下さるなんて……!」
なんかアイリーンさんが感動してる。
「嘘だろ……またあの地獄の修練が待ち受けてるのかよ……」
「ヒヨココワイ、ヒヨココワイ」
「無詠唱魔法を教わるなんて夢のようだ!」
俺と視線が合うと震え上がる人、呪詛のように「ヒヨココワイ」を連呼する人、アイリーンさんと同じように無詠唱魔法を教わるのに喜ぶ人と魔導師達の反応は様々。
そんな恐怖を植え付けた覚えはないのにめっさ怖がられている。何故だ。
「ゆくゆくは魔導学院と王立学園の魔導師科にも伝授しては?宮廷魔導師団にのみ教えるより効率的だと思いますよ」
「いいアイデアね。今のうちから根回ししておきましょう」
誰かの発言を拾ったアイリーンさんがひとつ頷く。
この国には3つの学校がある。
武術を専門的に教えるガルデオ武術学院と、魔法を専門的に教えるセレンティア魔導学院、それとエルヴィン王国で最高峰の教育機関・王立エルヴィレム学園。
ガルデオ武術学院とセレンティア魔導学院はそれぞれの専門分野を主に教わるところ。王立エルヴィレム学園は騎士科や文官科、魔導師科など様々な専門科が乱立している全寮制の最難関教育機関だ。
無詠唱魔法を伝授するなら魔導学院と王立学園の魔導師科だろう。魔導師団長が協力してくれるのは有り難い。
と、そこで騎士団用の鍛練場から筋骨隆々な男が歩いてきた。
「失礼する。アイリーン殿はいるか?」
青い獅子の獣人だ。なんか上の階級っぽい鎧を着ている。あちこちの筋肉が盛り上がっているため威圧感が半端ない。そして何よりデカい。
ヒヨコの俺からすれば皆巨人なんだけど、この獅子獣人はそれに輪をかけてデカい。
「どうしたの?次の合同訓練なら明後日のはずだけど?」
「申し訳ないが日程をずらしてもいいか?獣人密売組織を一網打尽にできるチャンスなんだ。この機会を逃す手はない」
「あら、やっと尻尾掴めたのね?それなら全然構わないわよ。なんなら協力しましょうか?」
「そうしてもらえると助かる」
深刻そうな顔で真面目な話をしていた二人だが、ふと獅子の獣人と目が合った。その瞬間、カッ!と目を見開く。
そして青い獅子の獣人は目にも留まらぬ速さで距離を詰め、俺を抱き抱えた。
筋肉で盛り上がった巨体と肉食獣の顔付きが相まってちょっとばかりびくっとしたせいで反応が遅れた。
「滑らかな肌触り……ふわふわの毛……絶妙なもふもふ具合……なんて素晴らしい……!これが天使か……!」
厳めしい顔からは想像できない優しい手付きでヒヨコを撫で回す獅子獣人。耳元でぶつぶつ呟かないで。恐いから。
「グラジオス殿!フィード先生が困ってらっしゃるわ」
「ハッ……失礼した。私はグラジオス。騎士団の団長を務めている。噂は予々(かねがね)聞いているぞ、賢者フィード殿」
思わず固まった俺を気遣って声を投げ掛けるアイリーンさんにハッとした獅子獣人が少し身体を離して自己紹介。しかし俺をがっちりホールドしたまま。
「団長ぉー、フィードびっくりしてるんでその辺にしといてあげて下さーい」
思わぬところから助け船が。
「ぬぅ……名残惜しいが、仕方あるまい」
心底残念だと言いたげな声色で腕に込めてた力を緩めるグラジオスさん。すかさずレストの肩に飛び乗って避難した。
ありがとうレスト。助かった。
「ごめんねー。うちの団長、可愛いものには目がないんだわ。特にふわふわもふもふの小動物とキラキラした小物」
新事実。騎士団長は乙男だった。
百獣の王の風格を醸し出す筋骨隆々な獅子獣人が可愛いもの好きな乙男……
ウィルもそうだけど、見た目と中身のギャップが凄まじいなオイ。
どうやらアイリーンさんとの真面目な話は終わったようで、話題は魔導師団見学の件へと移る。
「騎士団も見学していくか?」
事情を聞いたグラジオスさんが提案してきた。
魔法特化のヒヨコになんてことを言うんだ。そりゃ前世では武術も嗜んでいたが、今はしがないヒヨコ。人間だった頃の動きなんて到底できない。
見学に行っても邪魔になるだけだと思うんだが……
「グラジオスもこう言ってることだし、見学していったらどうだ?どうせ今日は時間が有り余ってるし」
ブルーを抱えたルファウスがグラジオスさんの提案に賛成した。
んー、それもそうだな。せっかく誘ってくれたんだし、断るのも申し訳ない。
こうなったらとことん見学してやろう、と開き直った俺はルファウス達と共にお隣の騎士団用鍛練場に足を運んだ。
俺をちらちら見てそわそわしているグラジオスさんに自然と視線が向く。しばし目を泳がせた後、決意のこもった瞳で俺を見た。
「モフっても、いいだろうか……?」
どこか期待の籠った熱い眼差し。
「………………少しだけですよ」
根負けした俺は存分に撫で回された。
もしや見学に誘ったのはこれが目的ではないだろうな……
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