第64話、セルザの活躍
今日は商業ギルドで物件探し。
なのだが……
「はぁ、大変だった……」
まだ朝なのに仕事帰りの疲れきった親父みたいな風貌で街中を歩くヒヨコ。我ながら酷い顔だ。
本当に大変だった。
ついさっき朝食に全員揃ったときのことだ。
今日もノヴァちゃんとレイン君と一緒に魔道具を作るのかい?と聞いてきたグレイルさんに首を横に振って弟妹を連れてここを出て行くと伝えたら、皆に物凄く動揺された。
レジータは口に入れようとしていたパンを取り落とし、ヴォルクリンは喉を詰まらせ、アンリーシュはスープを掬ったまま固まった。
レルムは冒険者活動でほとんどここにいないから然程動揺しなかったし、ノヴァはちょっと残念そうにしてたけど魔道具を作れるならどこでもいいと開き直ったし、レインとセルザは賢いからここを出る理由をおおよそ察してくれていた。だから不満を言ったりはしなかった。
ブルーは一瞬デロンと溶けて悲しんだが、一緒にいられる時間は短くなるけど会おうと思えばいつでも会えるからと思い直した。春になったら離ればなれになるとは……まだ伝えないでおこう。
しかしグレイルさん達の反応は予想外で、かなり取り乱していた。
レジータは「寂しくなるっす……」と耳と尻尾をしょんぼり垂らし、ヴォルクリンは「たまにゃ帰ってきて下さいよ。魔法剣のことで相談したいし」と眉を下げ、アンリーシュは「フィードさんの選んだ道なら止めないけど……」と心配そうにこちらを伺っており、そしてグレイルさんには「なんとも早い旅立ちだね……それとも私と一緒にいるのが嫌になったのかい?」と悲しげに言われる始末。
どうやら俺達がこの街から出て行くと勘違いされたようで、その後すぐに慌てて誤解を解いた。特にグレイルさん。
グレイルさんと一緒にいるのが嫌な訳ない、グレイルさんが嫌いになったんじゃない、むしろ大好きだと声高に宣言してしまい羞恥心で埋まりたくなったのは忘れたい思い出。
大好き宣言を聞いてから妙にご機嫌なグレイルさんと生暖かい視線を向けるレジータ達に見送られ、現在に至る。
「うぐぁぁぁ……」
思い出した途端に地面を転げ回る。
周囲の人達はそんな俺を不審者を見る目で見ているかと思いきや、見た目だけは愛くるしい小動物だからか、赤面して悶える俺を見て可愛いらしいわぁと言いたげに微笑まれた。
くっ……!侮蔑の眼差しが減ったのはいいことだが、これはこれで堪えるな……!
直ぐ様起き上がって何事もなかったように歩きだす。
駄目だ、止そう。黒歴史を増産するだけだ。
商業ギルドに入ると、魔道具の取引をしてる商人達から次々と声をかけられる。
一人一人対応していると、ギルドの一角に人だかりを発見。
なんだろ?掘り出し物市でもやってるのかな?商業ギルドではたまにあるみたいだし。
ちょっと気になったので人々の合間をすり抜けて最前列へ。身体が小さいとこういうとき便利だよな。
「セルザ殿、いかがですかな?さすがにこれは見破れぬでしょう」
「んぅー……」
人だかりの中心にいたのはセルザだった。
真剣な顔で2つの絵を見比べて唸っている。
「今回ばかりは相手が悪かったなぁ嬢ちゃん」
「商業ランクBの、かなり目利きがいい商人だろ?さすがに無理じゃないか?」
「いや、でも分からんぞ。あの嬢ちゃん通算54連勝してるし」
何をやってるのかと思いきや、本物と偽物を見分ける勝負をしているらしい。
お題は毎回違っており、今回は草原を描いた絵画。俺はどちらかと言うと芸術には疎い方なので違いが分からないが、お題を出した商人とセルザの目には違うふうに見えているようで……
「んー、こっちが本物」
「ほう?そちらを選んだ理由は?」
右を指したセルザに値踏みするように目を細める商人。
「この絵、一見すると経年劣化で古ぼけてるように見えるけど、これわざとぼかしてるよね。草原に吹く風を巧みに表現するためにぼかすことで草が揺らめく様を演出してる。けど左の絵は色がくっきりしてて絵の中の動きがないし、何より細かい箇所の色使いが雑。ただ塗りたくって真似してるだけとしか思えない」
一息に言い切ったセルザ。
自信を持って述べられた特徴を黙って聞いていた商人は突然笑いだして拍手し始めた。
「正解ですぞ!いやぁ、参りましたな」
固唾を飲んで見守っていた商人達はわっと歓声を上げた。
「すげぇ……!芸術の鬼と言われるあのシモーラさんに勝ちやがった!」
「いいもの見させてもらったよ」
「ではセルザ殿、約束通り調味料類をお安く提供致します」
「ありがとう!おじさんのとこでしか買えない調味料もあるから嬉しい!じゃあこの後さっそくおじさんの商会行かせてもらうねー」
「お待ちしておりますぞ」
わいわいと騒ぐ商人達の会話に目をぱちくり。
どうやらセルザが勝ったらセルザの望む品を安価で提供する決まりらしい。
セルザもちょいちょい魔物討伐に行ってるし、金の出所はそこだろう。しかし商人と賭け事をしてたとは知らなかった。
最近よく朝食食べてから速攻外出してるのはこのためか。
セルザの顔を盗み見る。めちゃくちゃイキイキしている。
本人めっちゃ楽しそうにしてるし、止める理由もない。あの子の人生だ、やりたいことをやらせてあげよう。
知らぬ間に目利きが鋭くなっていたことや商人の間でプチ有名人になってたことに驚きつつもその場を後にする。
そして目的の物件購入窓口にたどり着くと、いつものようにぴょんっとカウンターに飛び乗った。
「すみません、物件を探しに来たんですが」
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