第60話、こ、これは……!!
「毛布と天板はないのか?」
「っ!……びっくりした……ルファウスか」
素材が有り余っていて比較的簡単な構造の温熱魔導クッションはセルザとレインに任せ、早くも複数魔石の魔道具作りのコツを掴んだノヴァには拡張収納箱の魔力回路のみ任せた。
拡張収納箱は異空間収納魔法を応用している。異空間収納魔法を使えないノヴァでは魔力回路を作ることしかできない。
レインなら収納魔法を使えるが、ノヴァほど魔道具作りが上手くないので拡張収納箱は作れないのだ。収納魔法の応用も今はまだできないみたいだし。
そんな訳で残りのドラゴン温卓は俺が作っていたのだが、自分以外誰もいないはずの部屋で突如背後から声が聞こえたもんだから飛び上がった。集中してるときに話しかけられると尚更びっくりするよな。
声の主は俺の護衛を務めてくれているルファウスだった。
俺の前に鎮座している正方形の座卓をじっと見つめ、黒いウサギ耳が興味深げにぴょこぴょこ動いている。
そこだけ見れば実に可愛らしい。しかし冷たい美貌のせいで可愛らしさが半減している。いや、逆に極寒の印象がウサ耳のおかげで和らいでいると言った方が正しいか。
もう一度「毛布と天板はないのか?」と問いかけてくる少年王子に目を瞬く。
いきなり何だ?毛布と天板がどうしたのか。
突拍子もない発言に首を傾げていると、意味が通じなかったかと同じく首を傾げるルファウス。
しかしそれも数秒のこと、すぐに思い至ったように納得顔で頷いた。
「ああ、君は炬燵を知らないのか」
「こたつ……?」
カタツムリを省略したような名前だな。
「最初の人生でよく使われていた暖房器具だ。座卓に毛布をかけて上に天板を置き、中を温めて足を入れるものだ。最初の人生以来使っていなかったが、ドラゴン温卓を見てたら久しぶりに使いたくなったのでな」
当時を思い出しているのだろう、懐かしそうに目を細めてどこか遠くを見つめている。
座卓に毛布をかける必要性があるのか?とも思ったが、今の今まで気配を消していたルファウスが突然姿を表して意見するくらいなんだし、よっぽど使いたいのだろう。そのコタツとやらを。
ルファウスは何回も転生して色々と苦労してきた。それこそ聞いただけで涙が出そうなくらいに。
そんな彼のお願いだ、無下にするのも可哀想だし聞いてやるか。
俺自身、少し興味あるしな。
「よし、ちょっと出かけてくる」
「私の我が儘だ、費用はこちらで持とう」
コタツなる物に必要なものを買いに行くのだと瞬時に理解したルファウスはそう言って再び姿を消した。
―――――――――――――――
店を見て回ったところ、天板は買えたが座卓に合う正方形の毛布がなかったので掛け布団用の毛布で代用することに。
そうして必要なものを買っていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
そちらへ足を運ぶと、そこには目に涙を浮かべて震えている少女と兵士、そして何故かウィルがいた。
私服だから今日は非番なんだろう。しかし何故兵士に尋問されてるのか。
少しばかり野次馬が集まってきたので三人の会話は聞こえなかったが、やがて事が収まったのか少女がウィルにペコペコ頭を下げて去っていき、兵士が慰めるようにウィルの肩をぽんっと軽く叩いて去っていった。
野次馬が徐々にいなくなり、ウィルがひとりになった頃合いを見て声をかける。
「ウィル、何かあったのか?」
「……いえ、いつものことです」
いつものことと言うわりにはかなり落ち込んでいるが……耳も尻尾もしょんぼりと垂れ下がっているし。
「女の子が道に迷っていたので道案内しようと声をかけたら俺の顔を見るなり悲鳴を上げて泣かれてしまって、そこに同僚の兵士が通り掛かって女の子が助けを求めました」
「ウィル……」
「幸い今回は同僚の証言もあってすぐに誤解が解けましたが、酷いときは両手を縛られて牢屋の前まで連行されます。そして顔見知りの兵士に助けられるまでがワンセットです」
「ウィル……っ!」
そんな悲しみの詰まった日常のスパイスをさも当然のことのように語らないでほしい。
表情筋が仕事しないだけでここまで誤解に誤解を重ねるか?ルファウスも表情は乏しいがそこまで怖いイメージないぞ、とそこまで考えてふと思い当たる。
ルファウスは確かにウィルよりも冷たい印象だが、綺麗な顔立ちをしているのだ。高貴な身分に相応しい美貌を持っているのだ。
それに加えてまだあどけなさが残るので、その見惚れてしまいそうな美しさに恐怖心を忘れてしまう。
対してウィルは美醜で言えば平均的。
すこぶる不細工ではないが、モテるほどイケメンでもない。というより、少し厳ついイメージ。
もし仮にルファウスのような美貌を持ち合わせていたならば女子に悲鳴を上げられることもなかっただろう。
そんなフツメン男子が、やや厳つい顔を無表情で固めて威圧感たっぷりに見下ろす。
うん、そりゃ恐怖で悲鳴上げたくもなるわ。
「ウィル。せめて人と話すときは笑顔を作れ」
「笑顔……笑顔ですか……」
微かに眉間にシワを寄せてぶつぶつ呟くウィル。
通りすがりの主婦がまるで殺人鬼に遭遇したような顔でUターンして走り去った。
ああ……言ったそばから……
「とりあえず無表情やめような?ところで、買い物の途中か?」
ここは色んな店が建ち並ぶ大通り。ここにいるということは何かしら買いに来たのだろうと当たりをつける。
「はい、手芸用品店に向かうところでして」
予想の斜め上の返答をされた。
「趣味で裁縫をやってるんです」
お前は女子か!
突っ込みを入れたい気持ちを堪えた。趣味ではないが、俺だって魔道具製作の過程で縫い物したりするし……
流れで一緒に買い物することになり、二人であちこちの店を冷やかしたりウィルがよく行く店に立ち寄ったりとそれなりに楽しい時間を過ごした。
そして現在俺とウィルはグレイルさんの家、俺が使わせてもらってる部屋にいた。
互いに買い物が終わり、さぁ帰ろうかというときに散歩中のレジータと遭遇し、そして俺の友人と知るや否や興奮気味に少々強引に連れてこられたのだ。
魔道具製作と素材採取に掛かりきりで交友関係が乏しいと思われてたようで心配させてしまったらしく、張り切ってもてなされたという訳である。
屋敷と言って差し支えない大きな家まで連れられてきたウィルは少し緊張していたが、レジータの人懐っこい性格にその感覚もなくなった。
客間で一通りもてなされた後、せっかくだからと魔道具の性能確認に付き合ってもらうことにした。レジータが強引に連れてきたお詫びも兼ねて。
ルファウスが言っていた通りに毛布を座卓にかけて天板を置く。ウィルにも手伝ってもらった。
ヒヨコの体だとたったこれだけの作業でも一苦労だからな……
正方形の座卓に長方形の毛布、見た目はちょっとアレだがまぁいいか。
「不思議な家具ですね」
面妖なものを見る目でまじまじと改良したドラゴン温卓を眺めるウィルに座って足を入れてもらう。
さっそく魔力を流して起動してみる。
「じわじわ温かくなってきました。ですが熱が弱いような……」
「そうか?でも下手に熱を加えたら毛布が燃える危険もあるし……」
うーん……微妙な反応。
ルファウスは本当にこんな魔道具を欲していたのか?
確かめようにもウィルがいるから姿を現さないし……まぁ売り物にならなくともルファウスにプレゼントすればいいか。
思考に耽り、ウィルをちらっと見てみると、次第にうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
やがて糸が切れたようにバタリと倒れ……
「ウィル!?」
すやぁ……
気持ち良さげに寝てる……もしや改良版ドラゴン温卓が原因か?
しかし催眠効果はなかったはず……
不思議に思いつつ自分も試してみる。
「…………」
駄目だ、足が短すぎて温卓の中に入らない。
仕方ない、頭まで入ろう。
もぞもぞと温卓の中に潜る。
「ふむ。暑すぎず、かといってぬるくもない。俺にとってはちょうどいいな」
心地いい温度に包まれながら温卓の中でころんと寝転がると、そのまま意識が薄れゆく……
「炬燵で寝ると風邪ひくぞ」
―――――………ハッ!!
完全に意識を手放す前にルファウスの声に起こされる。
慌てて飛び起きれば、毛布の一部を捲り上げて呆れたふうに頬杖をついているルファウスがいた。
ウィルが眠っているから姿を現しても問題ないと判断したのだろう。
「どうだ?初めての炬燵は」
「なんなんだこれは……眠くなって、寝るなと体に命令しても瞼は勝手に閉じていく……抗うことのできない何らかの力が働いているようだ……」
「ふっ、気に入ってくれて何よりだ」
楽しげに笑ったルファウスもウィルの足にぶつからないよう控えめにドラゴン温卓に足を入れた。
念願叶って上機嫌なルファウス。しかし俺はそれどころじゃない。
眠気を誘う魔道具……しかも抗うことができないときた。これはとんでもない魔性の暖房魔道具ができてしまったぞ……
ルファウスが昔生きていた世界ではこれがあるのが当たり前だったんだよな?凄いな異世界の魔道具……
「焼き鳥になっても知らんぞ」
「そこまでの火力はない」
「早めに出ることをオススメするが?」
寝落ち回避のためか早くに温卓から出たルファウスが毛布を捲り上げる。
「………………」
あ、あと5分……
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