第32話、魔道具マニア
むにぃっ。
顔面に柔らかくて弾力のある感触が伝う。
「………ブルー、おはよう」
確認するまでもない、ブルーだ。
毎朝こうして起こしてくれているためすぐに分かった。
挨拶の返事にぽよんっと元気に跳ねる。
「……あれ?ここは……」
目を開けて辺りを見渡すと見慣れぬ部屋の中にいた。
森の中じゃない?……ああ、昨日アネスタに到着したんだったか。オークの群れに襲われてたグレイルさんを助けて、身分証作って、それから……
「そうだ、ここグレイルさんの家だ」
段々思い出してきた。グレイルさんの家に泊まったんだった。
昨日は余程疲れてたのかベッドに潜った直後の記憶がない。
今世では初の長旅で身体が悲鳴を上げていたらしい。
ブルーと一緒に部屋を出ると、ちょうど階段を上がってこちらに向かってくるグレイルさんと目が合った。俺が起きたと気付くや否やふわりと人好きのする笑みを溢した。
「おはようフィード君。よく眠れたみたいだね」
「おはようございます、グレイルさん。すみません、結構な時間眠ってたみたいで」
「気にしなさんな。子供の身体で長旅となると余計に疲れも溜まっただろうしね」
うーむ。大人になれない身としてはもっと鍛えたいところだ。
朝食もご馳走になり、昨日レジータに勧められたのもあってグレイルさんに店まで案内してもらった。
「あっ!グレイル様おはよっす!」
「おはよう。今日も早いね」
開店準備をしていたレジータがこちらに気付き、元気よく挨拶する。敬愛する上司が来たからか尻尾が気分良く揺れている。
「フィードさん、さっそく来てくれたんっすね!ご来店ありがとうっす!ゆっくり見てって下さい!」
そう言って手元にある物を綺麗に掃除していくレジータ。掃除しなくても十分綺麗だが念のためだろう。
レジータの手元にある物をじっと見る。
一見ただの剣に見えるが、目を凝らして見ると魔力回路が浮き彫りになる。魔法剣だな。
魔法剣は魔法と鍛冶の両方を鍛えると作れる魔道具の一種だ。
ただの職人が魔法剣を作ることはできない。魔法に関する知識が乏しい、あるいは魔力が少なすぎると作れない。
前世では湯水の如くポンポン魔法剣を作ってた俺だが今世ではおそらく作れないだろう。剣も握れないヒヨコの手じゃあな。
試してみたい性能の魔法剣がまだあったのに。残念。
「それは魔法剣だよ。一定時間水を纏うものだ。火属性の魔物に有効だよ」
俺の視線の先を見ながら解説してくれるグレイルさん。
「こうやって魔力を流せば使えるっすよー」
実演してみせるレジータ。
うーん。水を纏うだけか。しかも剣の表面にうっすらとだけ。たったこれだけで火属性の魔物をどうにかできるとも思えないんだが。
「魔法剣はとても稀少でね、なかなかお目にかかれないんだ。というのも、魔法を使える者はそのまま魔法使いの道を進むのが大半だからだね。職人になっても名が売れるまでに時間がかかるし、稼ぎも不安定。なら魔法使いとして手に職つけた方が手っ取り早い。だから魔法剣の作り手が極端に少ない」
「ヴォルクリンさんがいてくれて幸運でしたよねー!彼のおかげでうちの商会にはこんなに沢山魔法剣を取り扱えるんっすから」
「そうだねぇ。しかも魔法剣を量産するだけでなく性能もいい。これは一時間も水を纏わせれるし、こっちは火の玉を出せる。ああ、これなんて自慢の逸品だよ。一見柄の部分しかないけど、こうして魔力を流せば氷で刀身が作られるんだ。素晴らしい魔法剣ばかりでいつ見ても見惚れるよ。もちろん魔法剣以外の魔道具も素晴らしいものだがね」
グレイルさんは魔道具マニアらしい。
二人して魔道具談義に花を咲かせている。
魔法剣だって言うならせめて敵を斬った瞬間に燃やし尽くすとか少し触れただけで全身凍らせる感じの性能にしてほしい。
思わず微妙な表情で魔法剣に流れる魔力回路を眺めていると、改善できそうな場所をいくつか見つけた。
イチから作るのは無理でも、既存の物を改善することはできるかな?
「グレイルさん、それ少し貸して下さい」
俺の申し出に不思議そうな顔をするグレイルさんから刀身のない魔法剣を貸してもらい、魔力回路を少し弄る。
魔力眼で瞬時に俺のやってることを理解したグレイルさんは驚いている。レジータは何やってるんだろう?と首を傾げていたが。
魔力回路をいくらか弄った直後、魔力を流してもいないのに冷気が漂いはじめた。触れてる箇所がすごく冷たい。
このままだと使用者まで凍りかねないので更に魔力回路を追加する。魔法剣の材質に負担がかからない程度に。
うん。凍りそうなほどの冷たさはなくなったな。
改造した魔法剣に満足してグレイルさんに返却。
「……魔力回路を弄るとは……恐れ入ったよ」
「ええっ!?普通は他人の作った魔道具の魔力回路なんて弄れないっすよね!?」
「そのはずなんだがねぇ……」
他人が作った魔道具の魔力回路を弄れる人は前世でもあまりいなかったが、コツさえ掴めばちょちょいと弄れるぞ。
「うっわ冷たっ!何これ!?ホントにさっき触ったのと同じ魔法剣なんすか!?」
グレイルさんに渡した魔法剣を手に取って喚くレジータ。凍りそうなほどではないから良いだろう。
半信半疑な顔で改造した魔法剣を観察するレジータ。性能を確かめようとしたらしく魔力を流そうとする。
「待ちなさい、レジータ!」
グレイルさんが慌てて止めたが遅かった。
魔力を流したことで辺りに冷気が漂い、氷の刀身が形作られる。しかしそれだけに留まらず氷の刀身はメキメキ伸びて天井に突き刺さった。そして天井一面に氷が張られ、あちこちに氷柱ができたところでようやく止まる。
少量の魔力を流しただけでこの威力。氷の刀身が作られるだけの魔法剣よりずっと使い勝手がいい。
「うん。やっぱり魔法剣はこうでなくっちゃ」
何が起こったのか理解できていない二人をよそに、一人満足げに頷くヒヨコの姿がそこにあった。
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