第30話、ギルドマスターの苦悩
茜色の夕日が窓から降り注ぐ。
薄暗くなっていく室内に、傍で控えていた使用人が灯りをつけた。
「まだ奴は移動しないか……」
一人掛けの高級なソファに腰掛ける華奢な男がため息混じりに溢す。
「ああ。もう2ヶ月も居着いてやがる」
苛立ち混じりに対面の客用のソファに腰掛ける大柄な男がそれに応えた。
ここは、アネスタ領中央にある領主館。その一室。
その部屋にいるのはアネスタ辺境伯領領主と冒険者ギルドのギルドマスター、それに使用人が1人のみ。
テーブルの上に広げられた書類を睨めつけながら領主とギルドマスターは厳しい顔で唸った。
薄暗くなって見づらくなっていたが、灯りに照らされたことで見たくもない現実を突き付けられる。見たくなくとも、彼らの立場上向き合わなければいけない案件なので、どの道逃げられないのだが。
「冒険者の方は?Aランク、それかBランクのパーティーでもいい」
「いる訳ねぇだろ。本来、低級の魔物しかいないこの辺は言わば初心者向けのお優しい環境だ。高ランク冒険者が来るには旨味がねぇ」
彼らが話し合っているのはアネスタとレグナムとの間にある火山に我が物顔で居着いているドラゴンのことだ。
バードランス火山と呼ばれるそこは、通常、ファイヤーバードが埋め尽くさんばかりに蔓延ることで有名な場所だ。
火山の近くを通れば必ずファイヤーバードが上空から襲いかかってくるといっても過言ではない。その名の通り、空から槍が降るが如く突進してくるのだ。
魔物はそのファイヤーバードしかいない。他の魔物は近付くことすらできない。火に耐性がある魔物は稀に登っていくが、その場合ファイヤーバードの餌食になる。
しかし、長年ファイヤーバードしかいなかった火山に2ヶ月前からレッドドラゴンが居着いており、二人は頭を悩ませていた。
レッドドラゴンはAランク指定の魔物に分類される。
上空から突如襲ってくるのは少々厄介だが、身に纏う炎の対策をして上空を警戒していれば難なく討伐できるファイヤーバードよりもずっと強くて厄介だ。
本来魔物は人の多い場所に集まりやすい。
人、すなわち魔物にとっての餌が集えば集うほどその周辺に魔物が現れやすくなる寸法だ。
それに従って、周辺の魔物を減らすために騎士や冒険者など戦闘に携わる職種の人材育成機関も存在している。
ただ、どういう理屈なのかは分からないが、強者が多い場所に高ランクの魔物も現れやすい。バードランス火山においてその点だけは不可解である。
ファイヤーバードはB寄りのCランク。そこそこ強いが対策を練れば問題ない程度の魔物しかいない火山に、なぜ王都の騎士団を派遣されるほどの魔物が住み着いたのか。この街含め、周辺には高ランク冒険者はいなかったはずなのだが……
考えても分からない。それは一旦置いておこう。
「王都の騎士団は派遣されねぇのか?」
さっきから貴族相手にやけに馴れ馴れしい態度のギルドマスターだが、二人は旧知の仲であるため領主も使用人も咎めない。
ギルドマスターの急かすような物言いに首を横に振る。
「占術専門の王宮魔導師が、スタンピードが起こると予言した。騎士団も含め、国の上層部はそっちに掛かりきりさ。辺境に居着いただけで大した被害もないドラゴン一匹程度じゃ相手にされん」
「スタンピードだと!?そんな馬鹿な……」
「占術専門の王宮魔導師の予言はほぼ外さないと聞く。いつになるか定かではないが、確実に起こるだろう」
「くそっ……!このまま指咥えて見てろってか!」
ドラゴン一匹でも大事だが、スタンピードはもっと大事だ。下手したら国が滅ぶほどの案件である。それは確かに放ってはおけない。いつ起こるかも分からないのにおいそれと騎士団を派遣する訳にはいかないだろう。
ギルドマスターがテーブルに焦燥と怒りをぶつける。
ドンッと拳を叩きつける音がした。
そのとき、室内の重苦しい空気を吹き飛ばすノック音がした。
領主が入室の許可を出すと直ぐ様兵士が転がり込んできた。門番のトカゲの獣人だ。
切羽詰まった様子からただ事ではないと察した。
「失礼します!緊急のご報告が……――――――」
そしてもたらされるオーク200体とオークキングの件。
オーク200体、それにオークキングまでいるとなればBランク案件だ。この辺の冒険者はせいぜいCランクまでしかいないのに、いったい誰が倒したのか。
兵士に問い詰めたところ、なんとノンバード族のヒヨコが討伐したという。信じられる訳がない。報告しにきたトカゲの獣人もまるで信じていない顔だ。
領主との話し合いは一時中断し、ギルドマスターは兵士と共に夕暮れの森を駆け抜けた。
アネスタの冒険者ギルドマスターは基本自分の目で見て判断する。特に不可解な点がある場合は必ず自分が動く。
今回も例に漏れず真っ先に動いた。
現場に到着したときには辺りは薄暗くなっていた。
暗がりでハッキリとは見えないが、足元に大量に転がるオークの死体はうっすらと見える。
松明で照らしてみれば、そこには惨状が広がっていた。
「な……なんだこれ……」
「何をどうやったらこんなことになんだよ……」
地面は抉れ、木々は燃え尽き、かろうじてオークだと分かる肉塊が飛び散り……とにかく酷い有り様だった。
松明で照らしただけだとほんの一部しか分からないが、明日の朝もう一度視界に入れたらもっと悲惨に見えることだろう。
こんな地獄絵図を作り出したのがノンバード族のヒヨコ?笑わせるな。もっとマシな冗談を言え。
差別してる訳ではないが、戦闘が一切できない種族なのでそう考えるのは当然である。
「四方に魔物避けの香を!野営の準備も急げ!周りに気をつけろよ!」
一瞬唖然とするギルドマスターだがすぐにハッとして兵士達に指示を飛ばし、周囲に魔物避けのお香を焚く。
夜の森での作業は危険なので野宿した。
翌日、改めて現場を見渡してみると昨夜見たときとは比べ物にならないほど酷い光景に言葉をなくす。
昨夜ちらりと見ていたからか然程取り乱すことはなかったが、いったいどうやったらこんな光景を作り出せるのか。
兵士と共に後処理を済ませ、アネスタに帰還。
領主へ報告したあと直ぐ様冒険者ギルドに戻った。
ギルドマスターとしては大量のオークを討伐できる冒険者が誰かを把握しておかなければ。もし何かの手違いで高ランク冒険者がこの街にいるのに気付いていなかったら大変だ。
万が一高ランク冒険者がいた場合、火山のドラゴン討伐依頼を引き受けてもらえるかもしれないのだから。
しかし……ギルドに戻ってきたらきたで、何かがおかしい。
ほとんどの職員が入り口をちらちら見ながらまるで何かに怯えるように若干ぎこちない笑みを浮かべて応対しているし、冒険者の中にもどこか恐々とした者がいる。
朝のこの時間は冒険者が溢れかえっているため分かりづらいが、よく見ればそのような挙動不審な者が一定数いると見受けられた。
「どうなってやがる……」
普段は平然と冒険者という粗暴な輩と渡り合っている職員が態度に表れるくらい怯えるなんて……まさか大量のオークを討伐した者か?職員のこの反応、もしや一癖も二癖もある性格なのか?
高ランク冒険者は大抵頭のネジが飛んでるが、まさかそこまでとは……
「あっ、ギルマスー!」
冒険者登録用窓口から顔を覗かせたウサギの獣人がギルドマスターを見つけて一際大きな声を上げる。やっと帰ってきてくれた!と副音声が聞こえるが気のせいだろうか。
「どうしたミーリア」
「どうしたもこうしたもありませんよー!大変だったんですからねー!ノンバード族のヒヨコちゃんが身分証作りに来てー、絡んできた冒険者を瞬殺してー、破壊した床を証拠隠滅に修復したんですからー!もうほんっと怖かったー!またいつあのヒヨコちゃんが来るかヒヤヒヤしてー……」
「ちょっと待て!ヒヨコが冒険者を瞬殺!?床を破壊!?証拠隠滅!?訳がわからん!」
「しかもヒヨコちゃんに絡んだ冒険者Cランクパーティーだったんですよー!ほら、Bランク間近って囁かれてたあのパーティー!その人達を赤子の手を捻るみたく簡単にぶちのめしちゃったヒヨコちゃんに現場を見てた職員も冒険者も縮こまっちゃってー。何せ、戦闘からっきしだと思ってた種族が突然暴挙に出ましたからねー。自己防衛とはいえ怖いもんは怖いんですー」
情報処理が追い付かない。
ノンバード族のヒヨコが、戦闘なんてまるでできっこない種族の子供が、実力のあるCランクパーティーをぶちのめした?
職員達の反応を見ればそれが嘘ではないのは明らか。
まさかトカゲの獣人が言っていたことは本当だったのか?
本当にノンバード族のヒヨコが大量のオークとオークキングを討伐したというのか?
ギルドマスターは頭を抱えた。
「マジでどうなってやがる……!」
「そのヒヨコちゃん、転生者ですよー。だから多少おかしいところがあっても多目に見てあげて下さいー。ただ、それを考慮してもあの光景は信じ難いと思いますけどー……」
「あ、ああ、転生者か。それなら納得……できなくもねぇ、か?」
「そーいえばあのヒヨコちゃん、年齢が意味不明でしたよー!なんですか5歳ってー!普通0~1歳ですよねー?」
「は?5歳?」
「魔力量もデタラメでしたー。私初めて見ましたよー、10桁なんて」
ギルドマスター、硬直する。
聞き耳を立てていた周囲の冒険者も、たまたま聞こえていた職員も、時が止まった。
魔力量は種族にもよるが、平均的な数値は100~200ほどだ。
200以上あれば十分優秀な部類だが、その中でも抜きん出ているのが王族だ。
エルヴィン王国の王族は種族柄特に魔力量が多く、1000は軽くいく。
それだけでも到底手が届かない数値だというのに、10桁だと?
ギルドマスターは思った。
とんだ化け物が降臨しやがった、と。
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