お遍路③

あれは私がお遍路で、順に区切り打ちしていたときなんで…

もう10年以上前にはなるだろうと思いますよ。



何番目かはちょっと定かではないんですがね。

あるお寺で、お遍路さんに小石を配っているおじさんがいたんですよ。

山門をくぐってすぐのところで、どうぞ、はいどうぞってこう、リズム良くね。

なんとなく私もそのリズムといいますか流れに乗っかる形で、はいどうぞ、あどうも、なんて、もらっちゃったんです。

なんてことない普通の、丸っこい小石ですよ。

そのおじさん、私に小石を渡すとスッと奥の方に歩いて行ってしまってね。

なんだろうなぁ、なんて思いながら納経所を目指しつつ、境内を見てまわっていたんです。

そしたらその途中のベンチに、さっきのおじさんが腰掛けてらっしゃって。

あと、ご住職ですかねぇ?

僧衣の方と並んで腰を下ろして、お話されてるんですね。

お二人ともなんだかとっても嬉しそうでしてね。

お顔が晴れやかなんですよ。

まあなんとなくお二人の話声が、聞こえてきまして。


「ご苦労様でした」

「ええ、おかげさまで」

「満願ですね」

「え、どうにか一万」


といったようなお話が聞こえてきました。




ご自分の願掛けか修行のためかは分かりませんが、どうもそのおじさん、一万の小石をお遍路さんにお配りしていたみたいなんですね。




それがちょうど、私で一万個目、ということらしくてですね。




いや、それをもらったからといって、何かね。

大金が転がり込んでくるだとか、大好きだった母や姉が枕元に立つだとか。

そうした摩訶不思議なことが起こったという訳ではないんですよ。

ただ、世の中にはすごいお人がおられるもんだなぁと思ったんですね。

修行はみんな人それぞれでやっておられる、難業苦行は人生を歩むだけで誰もが励んでおられることと、私なんぞは思っております。

それでも、お遍路さんに一万もの小石をお配りするということは、尋常一様の志ではできないことと思いましたよ。

大変に感激したんですね。

今でもこうして、その時戴いた小石を財布の中に忍ばせてあるんですがね。

この小石を見てるとこう、なんていうんでしょうね、エネルギーが湧いてくるっちゅうか。

やるぞ!って思えるんですよ。

お遍路に取り組んだのは、まあ当時色々とありまして。

非常に、私の心がまいっておったんですよ。

それで発起して。

巡礼して、自分の弱い心と徹底して向き合おうと。

当時、思ったんですがね。




その小石を戴いてからは不思議と体調が良くなって、気持ちも晴れました。




病は気から、なんて申しますけども。

人生もまた気から、なんて思えるようになりましたよ。

私にとってはとても不思議な、良縁に恵まれたという話なんです。





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