先生の言い分
大学時代、一度警察沙汰になった先生がいまして。
女子学生の部屋に入り込んでいるところを発見されて、通報されちゃったんです。
これは当時、その先生から聞いた話です。
先生が研究室で帰り支度をしていると、男性が訪ねて来たそうです。
先生の専門領域を基礎とした研究(代数学だか幾何学だか)をしている学生で、体育会系のたくましい感じの人だったそうです。
その学生から研究に関する相談を受けた先生は、彼の質問や研究内容で壁になっている所に対してアドバイスをしていたんですが、家が近いので実際に見て欲しいということを彼が言ったので、自宅に向かうことになったそうです。
研究室がある研究棟から歩いて数分のところの8階建てのマンションで、オートロックの立派な所だったと先生は言っていました。
そこの7階の部屋に案内してもらい、彼はコーヒーを用意するといって台所に行ったそうです。
先生はなんとなく部屋を見回したんですが、男の一人暮らしにしてはずいぶんと片付いているし、調度品とか部屋の雰囲気が、どちらかというと女性的な印象を受けたんだそうですが。
まあ、今時そういうことはめずらしくないと思いなおして、彼が用意したコーヒーを飲みながら、彼の書きかけの論文や計算途中の資料に目を通し、相談を聞いていました。
しばらくすると玄関を開ける音がして、若い女性が入ってきまして。
あ、彼女かな、と思い挨拶しようとするとその女性が
「サイアク! 先生だったんですね!」
と、声を上げると、もしもし警察ですか?とスマホで電話をかけながら部屋を出ていってしまった。
先生は訳が分からず、彼にどういうことかを尋ねようとしたら
目の前にいたはずの彼が、いなかったんだそうです。
彼が広げていた論文や資料、ノートはちゃんとそこにあるし、淹れてくれた二人分のコーヒーもテーブルにあるんですが、彼がいない。
外に出たのかなと思って、今の若い女性に事情を聞こうと玄関を出ようとすると、ドアが動かない。
外から女性がドアを押さえているんですね。
何をやってるんだ開けなさい、警察が来るまでそこにいてください、って押し問答を繰り返していると、ほどなく警察が来て事情聴取となりました。
先生は今までのことを正直に、警察に説明しました。
それをその若い女性も聞いていました。
その女性からすると先生の言うことは嘘にしか聞こえず、何か細工をして部屋に入り込んだに違いないと怒ってるんですね。
というのもその女性、一ヶ月くらい前から誰かに部屋に侵入されている形跡があって、つい二日前にオートロックの暗証番号を変えたばっかりだったんだそうです。
もちろん、誰にもその番号を伝えてません。
となると、先生が部屋の番号を知るはずがないんですが、その若い女性からすると、常習的に入り込んでいるから、なにか手口があるに違いないと警察に訴えている。
警察は先生の証言を裏付けるべく、監視カメラの映像を確認しました。
すると、一人でマンションを訪れる先生と、キー操作をしていないのに開く自動ドア、そして、ひとりでに開く7階の部屋のドアが撮影されていたんだそうです。
それらを見せられた先生も、その若い女性も青ざめてしまって、先生と若い女性とは示談が成立し、女性はすぐにそこを引っ越したそうです。
もちろん、このことは証拠不十分として処理され、先生は名誉を保つことができたんですけど。
あの彼は何者かは知らないけども、とても優秀で熱心だったなぁと、先生は感慨深げに思い出していましたね。
いや、そこじゃないと思うんですけどね。
ノートも資料も誰のものかはわからなかったそうですし、指紋もそこに住んでた女性や女性の関係者、そして先生のものしか検出されなかったと聞いていますから。
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