第41話 散歩
俺の傷を見てから沙希の様子が変だ。
昨日、電車で帰ってからもあまり口を聞いてくれなかった。
何か悩んでる様子だったが、そんなに俺の傷が良くなかったのだろうか?
今朝、メッセージで朝部活があると言って、先に学校に行くと連絡があった。
俺は、そんなメッセージをもらいながらも沙希が待っていた改札前広場に視線を向けていた。
それと、話は別だがメイファンの学校をどうするか、聡美姉たちと相談した。
密入国で日本に来たメイにはパスポートも戸籍もない。
そこで、戸籍を用意すると同時に学校に行ってみては?ということになった。
メイの希望は俺と同じ学校の同学年。
しかし、明らかに学力と見た目が共わないので、この一年間勉強をして来年高校1年生から始めることに落ち着いた。
奇しくも沙希と同学年になる予定だ。
メイはバカじゃない。
それどころか、教えたことは何でも吸収する天才だ。
きっとIQが高いのだろう。
だから、学力の事については問題ないと思っている。
昨日、帰ってからそんな話をしてた。
1人での登校は、久しぶりな気がする。
それだけ、俺にとって沙希の存在は大きかった。
でも、辛いのも事実なのだが……
学校に着き、クラス入っていつもの席に座る。
そういえば鴨志田さんとはそのままの状態だった。
まだ、登校してない鴨志田さんにメッセージを送った。
佐伯にどうにかすると約束したからだ。
内容は「怖がらせてすまない」と書いて送ったのだが、きた返信には「怖くないよ」と書かれていた。
うむ……?
どういうこと?
考えても仕方がない。
鴨志田さんが登校してきたら話をしてみよう。
「やっぱ『FG5』は最高だよな!」
「ああ、超可愛かったな」
そんな話をしながら新井真吾と南沢太一が教室に入ってきた。
土曜日行われたヨメイリ・ランドのミニコンサートの事を言っているのだろう。
「生はいいよな。夏の武道館も行きたいよ」
「ああ、俺も。でもチケット手に入らないぜ。今回はオークションで落とせたけど」
確かに『FG5』の夏の武道館のチケットは既に完売している。
マネージャーの蓼科さんが『秒殺ですよ。秒殺!』と妙なテンションで喜んでたっけ。
そんなクラスの会話を耳にしながら本を読んでると『おはよう』と声をかけられた。
見ると鴨志田さんだ。
俺も声をかけようとしたら、真っ赤な顔してさっさと自分の席に行ってしまった。
声かけづらい……
明らかに変な様子だが「話しかけるんじゃねぇ」みたいなオーラを出しているのでそのままにしておいた。
昼休み、いつのも木陰に行くと穂乃果が既に待っていた。
最近は、隠れなくなったことを喜ぶべきなのか、穂乃果の無表情の顔からは想像ができない。
「穂乃果、前に俺の額の傷の事を話したよな?」
「はい、女子がその傷を見て逃げて行く、という話ですね」
「そうなんだ。でも、今度は違うパターンなんだ。この傷を見て泣いたんだよ。その後、明らかに無口になって避けられてるような気がするんだが」
「ほほう。実は昨日、妹がレンタルしてきた映画を一緒に見たのですが」
「妹と仲がいいんだな」
「まあ、それなりにです。それでですね。私は普段映画と言ったら時代劇、それも忍者が登場するものしか見ないのですが、妹が借りてきたのは少し毛色の違ったものでして、その映画は死体が動き出すゾンビものだったのです」
「確かにそういう映画もあるな」
「ええ、私、その手のものは初体験だったので少し戸惑いましたが、姉としての威厳を最後まで何とか保ちましたです。はい」
「そうか、それは偉かったな。それでその映画と俺の傷がどんな関係があるんだ?」
「ゾンビの中にカズキ殿と同じように頭に斧が刺さってできた傷があったゾンビがいたのですが、その傷から蛆虫が湧いて出て大層気持ち悪い物でした。今、思い出しても泣きたくなるほどおぞましいものでした。はい」
そうか、この傷って沙希にとっては泣くほど醜く見えたのかもしれない……
「そうか、穂乃果、参考になった」
「いいえ、お役に立てたのなら幸いです。はい」
俺の傷を見たせいで、泣くほど沙希を傷つけてしまったようだ。
その後、たわいのない話を穂乃果としてそれぞれの教室に戻った。
◇
放課後、いつもの通り家に帰ろうと校舎を出た。
沙希は友達との約束があって今日は一緒に帰れない、と連絡があった。
少し落ち込んでいたが、安堵する俺もいる。
このまま疎遠になった方が良いのではないかと思ってしまう。
鴨志田さんには、話しかけられなかった。
俺が話しかけと近づくと、顔を真っ赤にして逃げるように去って行く。
嫌われたと思う。
俺は、今まで1人だった。
多分、これからも……
珠美のお迎えは雫姉が買い物がてら寄るようだ。
久々に寄り道せず屋敷に帰る。
メイは最近、オンラインゲームにハマってる。
友達になったユートンさんとフレンド登録をしたそうだ。
好きなものができて俺も嬉しいが、寝不足になるまで熱中するのはどうかと思う。
そんな俺は少し散歩に出かけた。
最近、滅入る事ばかりで気分が落ちつかないからだ。
考えるのは、賢ちゃんのこと。
あれが現実か、幻かまだわかっていない。もしかしたら幽霊になって俺の前に現れたのかもしれない。
行く場所などあてにない。
ただ、足の赴くまま歩いている。
すると、少し寂れた小さな古本屋を見つけた。
俺は、その店に入る。
積み重ねられた雑誌や文学全集などがあり、値段も安い。
俺は本棚に陳列されている本を眺める。
まず目に着いたのは『戦争と平和』トルストイだった。
6巻まであるのか、あれ、こっちは4巻までだ。
出版社によって違うようだ。
今の俺には文字数が多すぎな気がする。
そして、隣の棚にあったのは『罪と罰』ドフトエフスキー。
これなら、時間のある時に丁度いいかもしれない。
俺はその本を手に取り、店の奥にいる店員さんに本を渡した。
「ほう、若いのにこれを読むんだ」
その店員さんは、店に似合わない30歳前後の眼鏡をかけた好青年だった。
「これなら読めそうなんで」
「僕がこれを読んだのは大学1年の時だったかな。あの時は入試が終わって好きな本が思う存分読めると浮かれてたときだったよ。こういう本は是非とも若いうちに読んでほしいんだ。いろいろな思想や考え方を学んで自分という者を見つめて欲しいと僕は思ってるんだよ」
「良かったです」
「何がだい?」
「お兄さんがこの本の内容まで話すんじゃないかと、少しヒヤヒヤしてました」
「あははは、そうだよね。これから読もうとしてる君に内容を話してしまったら面白くないものな。実はちょっと危なかった。もう少し会話してたら内容を話してたと思う。すまない」
なんか憎めない人だ。
「じゃあ、これカバーつける?」
「はい、お願いしました」
「本当は古本屋ではカーバーはつけないのだけど、これはサービスだよ」
そう言ってその好青年は、落ち着いた感じの包装紙で本にカバーをしてくれた。
「そう言えば『戦争と平和』を見てたね。どうしてあれを選ばなかったんだい?」
「4巻や6巻までありましたから。時間がある時でないと難しいと思ったんです」
「そうか、君は頭が良いんだね。それに自分の事を理解している。僕はね、高校の時、その本に手を出したんだ。でも、中途半端になってしまった。定期試験や受験勉強でどうにもいかなくなっちゃったんだ。それで、大学生になって初めから読み始めたよ。当時の僕は、有名だとか名作だとかの言葉に踊らされていて本質をわかってなかったんだ」
「そういうものなのですか?名作を読むのは良いと思いますけど」
「ああ、それは間違い無いよ。ただ、僕の場合、読んだ気になっていたというべきかな。つまり、見栄の為に読んでいた。恥ずかしい話だけどね」
そういうこともあるのか……
「友達に自慢するとかですか?」
「いいや、それを読んでる自分が好きだっただけだ。本当に作家さんには失礼な話だと思うよ」
こんなに正直に自分を話す人は珍しい。
そういえば聡美姉が俺の事をそんな風に言ってた気がする。
そうか、こういう人は好感が持てるんだ。
「俺も読んだ気になってた本もありますよ」
「そうか、君にもあるか。そういう時は本の内容などまるっきり理解出来てないんだよな」
「そうですね。特に読んでみて何か馴染めないって感じるとそんな感じになります」
「うんうん、わかる、わかる」
その後もその古本屋の兄さんと本の話をしてた。
結構、有意義な散歩の時間だった。
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