第35話 手紙
白鴎院兼定との昼食会は、手紙を渡して無事に済んだ。
そして、俺と聡美姉は、聡美姉のベントレーの運転で乗り付けたファミリーレストランで食事をしている。
俺は、あの場でパクパクと食べたのだが、聡美姉は喉を通らなかったようだ。
「あ〜〜美味しい」
聡美姉の前にはボンゴレとポテトの盛り合わせ、それとフルーツパフェが並んでいる。
「ホテルの食事の方が数倍美味しいと思うけど?」
「だって、総代の前で普通は食事なんかできないよ。パクパク食べてたカズ君がおかしいんだよ」
そういうものなのか?
「ところで手紙には何て書いたの?」
「う〜〜ん、それは秘密だ」
「もう、ケチ!」
何時もの聡美姉に戻ったようだ。
「なあ、聡美姉」
「なに?」
「俺みたいな人間が白鴎院家のお嬢様に手紙を書いても良かったのかな?」
「いいんじゃない。総代からのお勧めもあったし」
「何で総代はそんな事を俺に勧めたんだ?」
「孫可愛さゆえなんじゃないかな?本心はわからないけど」
それは俺にもよくわからん。
大事な孫に人殺しを近づけようとは普通はしない。
「まあ、手紙もこれっきりだろうし、そこまで心配する必要はないか」
「カズ君はそう思ってるの?ふ〜〜ん、まあいいけどね」
何が言いたいんだ?
「それよりどうする?金堂組に行くのは夜だし、一旦、家に帰る?」
「聡美姉の好きにしていい」
「じゃあ、ちょっとドライブしよう」
どこに行くのかわからないが、俺も少し気分を変えたい。
あれから、沙希から毎日のようにメッセージが届く。
普通なら嬉しいはずなのだが、読む度に辛くなる。
それに、百合子に手紙を書いた事も後悔している。
正直、書いている時はノリノリだった。
だが、これは一方的な俺の傲慢ではないのか、と思い始めている。
百合子が俺の事を覚えているのかさえわからないのだ。
忘れてしまいたい辛い過去を思い出させるきっかけにもなる。
できるなら今すぐにでも取り戻したい。
「どうしたの?浮かない顔して」
「まあな……」
「手紙の事、後悔してる?」
「何でわかったんだ?」
「だって、カズ君の顔に書いてあるよ」
前にも言われた気がする。
俺は、そんなに顔にでるのだろうか?
聡美姉は、フルーツパフェを食べながら、連絡が入ったのかスマホを取り出してその内容を確認した。そして、素早いキー操作で返信を完了する。
俺がその姿を見ていると、
「雫ちゃんからだよ。夕飯どうしますか、だって。だから、今日はいらないって返信したんだ。それに、紫藤さんのことも無事だったと報告しといた」
珠美も気になっているだろうし、樫藤姉妹も心配しているだろう。
言われて気づいたが、俺にはそういう気遣いができないようだ。
「なあ、聡美姉はよく気付くし気遣いもできるけど、どうしたらそうなれるんだ?」
「ぷはっ!ちょちょちょっと〜〜いきなり、面白い……変な事を聞かないでよ。パフェ、吹いちゃったじゃない」
聡美姉の吹いたパフェは、テーブルの上に散らばっている。
恥ずかしそうに、おしぼりでそれを拭く聡美姉。
「俺、そんなに変なこと言ったのか?」
「う〜〜ん、変ではないけど、私は初めて聞かれたよ〜〜。まあ、そこがカズ君の良いところなんだけどね」
「良いところ?」
「普通なら心の中で思っても、そういう事は口には出さないんだよ。恥ずかしさやプライドがあったりしてね。でも、カズ君は、そんな事関係なしに疑問を口にする。知らない事を恥ずかしがらないのは良いところだって私は思うよ」
「聡美姉の言い方だと、俺は恥ずかしい事を考えなしに喋るアホみたいだと言うことになるけど?」
「そうじゃないよ。心が素直だからだよ。心の中で思ってる事が言葉に出るなんて、素直で悪気がない証拠だよ。人は心の中と口からでる言葉に食い違いが多いんだよ。私みたいにね」
「そうなのか?」
まあ、俺も嘘をつく事はあるが……
「さて、ドライブ行こうか。ここにいたら「パフェ吹き女」ってネットに呟かれてもイヤだし」
席を立った俺達は、会計を済ませてベントレーに乗り込む。
俺はまだ行き先を知らない。
◇
聡美姉の運転するベントレーは首都高を走って、着いたところはカサイ臨海公園だった。
「ここだよ。これ持ってね」
聡美姉に渡されたのは、車に積んであった四角い箱形のバッグだった。
言われるままそのバッグを持ち公園内の目的地に着く。
既に何人かの人がそこにいて何かをしている。
「カズ君、ここでは静かに話してね」
「ああ、何をするのかわからないけど」
「あれ、知らない?バードウォッチングだよ」
「鳥を見るって事か?」
「そう、とにかくやってみて」
聡美姉はバッグから双眼鏡を取り出して俺に渡す。
聡美姉は、高そうな一眼レルカメラと望遠レンズを取り出してセットし出した。
「写真撮るのか?」
「うん、今日は可愛いのいるかなぁ?」
まあ、聡美姉が楽しそうならいいか。
「おや、聡美ちゃんじゃないか?」
近くで双眼鏡を覗いていたおっさんが聡美姉に声をかけた。
「大竹さん、久しぶり〜〜」
聡美姉も挨拶を返す。
知り合いのようだ。
「今日は写真かい?」
「うん、そう。最近忙しかったからね。これからもしばらくこれそうもないから可愛い子達を写真に収めて後で眺めるんだあ」
「そうかい、昨日はオオタカがいたんだけど、今日は見当たらないねぇ。カルガモの子供達も運が良ければ見られるよ」
「うわ〜〜楽しみ〜〜」
鳥の話で盛り上がる2人。
「さあ、カズ君も双眼鏡で覗いて見て〜〜」
俺は言われるまま双眼鏡を覗く。
確かに鳥がいるが、どうすればいいのかわからない。
こうして覗いているとライフルに設置したスコープを覗いているようだ。
そうか、これは訓練だ。標的は鳥。ここから狙ったとして、距離、風の強さや吹いてる方向、それを瞬時に判断する訓練だ。
「カズ君可愛いのいた?」
「可愛い奴が標的なんだな」
「う、うんそうだけど?」
「わかった。今すぐ標的を見つける」
俺は標的を探す。
だが、可愛いという抽象的なものでは、どれがターゲットかわからん。
俺は、取り敢えず目についた鳥に焦点を合わせた。
対象までの距離‥‥186メートル。
風向き……北北東の風。
風速……0、2m/s
『バン!』
よし、当たった。
弾は貫通しただろう。
次だ……
「カズ君、カズ君」
聡美姉が俺を呼びかける。
周りの人も俺を見てた。
「なに?」
「風速なんちゃらとか、突然、掛け声出してどうしたの?」
「だって、これは訓練なんだろう?目標をライフルで射抜くスナイパーの」
「ぷ、ぷはははは、カズ君、違うよ。ただ、鳥を見て可愛さを愛でるだけだよ〜〜」
「えっ……」
周りのおっさんやおばさんも結構大きな声を出して笑ってた。
近くにいた鳥は、その声で逃げてしまったものもいる。
「も〜〜う、カズ君って最高!」
聡美姉にそう言われたけど、俺はただ鳥を見て愛でるだけって何の必要性の為に?と考えていた。
◆
白鴎院兼定は夜8時に帰宅した。
胸の内ポケットには昼に会った少年が書いた手紙が入っている。
兼定は、カズキの事を考えていた。
(儂の前であんなに美味そうに飯を食う奴は久しぶりじゃ。あの少年、心を取り戻しつある。ならば、賢一郎も……いかん、賽は投げられたのだ。もう、後戻りはできぬ)
兼定は、控えていた老年の執事に百合子を呼ぶように言いつけた。
(儂も歳じゃ。いつ死んでもおかしくない。せめて百合子だけは……)
暫くすると、百合子がやってきた。
「お祖父様、お呼びですか?」
「うむ、そこに座るといい」
「はい」
「しばらく2人だけにしてくれ。お茶もいらぬ」
執事やお付きの者が部屋を出て行くと、兼定は、胸のポケットから1枚の手紙を取り出した。それを百合子の前に差し出す。
「お祖父様、お手紙のようですが……」
「そうじゃ。これを読む前に少し聞きたい。百合子、未だ夜になるとうなされると聞いておる。それは、誠か?」
「す、すみません。私の心が弱いばかりに、お祖父様にご心配をおかけして、すみません」
「いや、咎めているのではない。まあ、心配はしておる。あの時の事を思い出しておるのじゃろう?」
「…………はい、毎日怖い夢を見ます。ごめんなさい」
「謝る必要はない。そうか……」
兼定の思ってた通り、百合子にとってあの事件は大きな傷となっているようだ。
しばらく百合子の様子を見て、兼定は告げた。
「百合子、その手紙を読んでみるがいい」
「はい……」
百合子はテーブルの上に置かれた手紙を手に持ち、その封を開けた。
〜〜〜〜〜
拝啓
桜桃の候、百合子様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
突然の手紙でさぞ驚いたことでしょう。
私は東藤和輝と申します。
この名前を聞いても百合子様にとっては聴き慣れない名前だと思いますが、かーくんと言ったらお判りになるでしょうか。
このような様式で手紙を書くのは苦手ですので、失礼かと思いますが、少し砕けて書かせてもらいます。
12年前、シー・サマー号にて短期間でしたが、一緒に遊んだ事を今でも忘れていません。
あの時は不幸な事故が起き、離れ離れになってしまいましたが、私は賢ちゃんと一緒でしたので、何とか耐えられました。
いつも、賢ちゃんは百合子様の事を気にかけていました。
ですが、この事をお伝えして良いのか思案しましたが、賢ちゃんは既に亡くなっています。
私は、5年前、ある女性に助けてもらいました。詳しいことは省かせてもらいますが、今はその人の助けを得て日本の高校生をしています。
普通の暮らしは、驚く事が多いです。電車に乗るのも初めは戸惑いました。ですが、今では普通に暮しています。
縁あって総代にお目にかかる機会がありました。百合子様が今まで苦しんで生きてこられた事をお聞きしました。
私にとって百合子様は、草原に咲く凛とした百合の花そのものでした。
このような手紙を書くのは初めての事ですので、いろいろ文章も拙いところもあるでしょう。
読みづらかったでしょうが、最後まで読んで頂きありがとうございます。
どうぞ、お体をご自愛ください。
ゆりちゃんへ かーくん
〜〜〜〜〜
その手紙の中から、ハンドスピナーがこぼれ落ちた。
手紙と一緒に入れてあったようだ。
それは、1度テーブルで跳ねて回りながら止まった。
「……かーくんが生きてた……」
それを見た百合子の眼からは、涙が溢れ出した。
その涙は、百合子の嗚咽と共に暫く止まる事は無かった。
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