第12話 人はそれぞれ何を思う



 聡美姉のワンボックスカーは、大通りを左折して家とは反対方向に向かう。

 尾行者を巻くためだ。


「聡美姉、この車は色々仕掛けがあるみたいだな」


「流石、カズ君、よくわかったね。少し車が切れたら仕掛けるよ」


「わかった。お手柔らかに」


 リリカは俺達の会話を聞いて不安になった様だ。


「何するのよ。ちゃんと事前に何するか言ってよね」

「お前は黙って捕まってればいいんだ。現場は常に最前戦なんだ。予定通りにはいかないんだよ」


「だから、何を〜〜〜〜!」


 聡美姉がいきなりハンドルを切る。

 そして細い路地に入り込む。


 今、走ってる場所は公園の遊歩道だ。

 この時間なら人は殆どいない。


「ちょっと段差があるから口閉じててね〜〜舌噛んだら困るし」


『わ〜〜〜〜〜っつ!』


 リリカが叫んでいる。

 あれ程口を閉じろと言っているのに……

 俺はリリカの口にハンカチを突っ込む。


『ううううう〜〜』


『ガタン、ガタン』


 ワンボックスカーは階段を降りている。

 車高が高くなっていた。

 段差でできた地面のコンクリート部分が車の底に当たらない様に車高を上げたようだ。


『キキキキーー』


 段差を降りて再び大通りに出た。

 そして、大通りに出た車は平常モードに戻った。


「もう、何なのよーー!交通違反だわ。警察に捕まるじゃないの?」


 自分でハンカチを口から抜いたリリカは、ギャーギャーと騒いでいる。


「警察の位置は把握してるよ〜〜ん。勿論、他の車もね〜〜」


「そう言う事だ。ギャーギャー騒いでないで俺のハンカチ返せ」


「唾液がいっぱいついてるんだって〜〜、仕方がないから洗って返すわよ」


「俺は気にしないが?」


「私が気にするんだって〜〜」


 本当、面倒臭い女だ。


「すっかり仲良しだね〜〜二人とも。えへへへ」


「「仲良くない」」


 俺とリリカはそれだけはハモった。


「ほらっ、仲良しじゃん」


 聡美姉は、ニタニタ笑いながらそんな事を言った。





「デカっ……」


 リリカが藤宮家別邸の門を見た時の最初の言葉だ。

 そして、お屋敷に着いた時も『デカっ……』っと言っていた。


 聡美姉が無茶な運転をしてから尾行の気配は無い。


 リリカを伴って屋敷の中に入り、リリカは直ぐに浴室に案内された。

 あの浴室を見て『デカっ』っと言ってるリリカが思い浮かばれる。


 そして、俺は雫姉が入れてくれたお茶を飲んでいる。

 聡美姉がリリカを案内して戻って来て、話が始まった。


「リリカちゃん、お風呂見て『デカっ』って言ってたよ」


 確かにあれは驚く。

 俺もそう思うし……


「はい、お嬢様。どうぞ」


 雫姉は聡美姉にお茶を差し出して自分も席に座った。


「取り敢えず、リリカちゃんの件だけど、カズ君が送ってくれた写真を元に犯人を割り出したよ」


 今日の午後『FG5』の写真撮影の時、スタジオの外でこちらを見ていた人物をパシリついでに写真に収めた。


 20代前半の男性で眼鏡をかけていた。


「早いね」


「こう言う仕事は得意だからね。そのかわり戦闘はダメだけど……」


 聡美姉のテンションが下がっている。

 戦闘面で劣っている事に、トラウマがありそうだ。


「名前は山本総司、21歳の学生。江戸介護福祉大学の三年生だね」


「ただのファンというわけではないのだろう?」


「うん、そう見たい。彼の妹さんが元『FG5』のメンバーだったみたいだね。詳しくは『FG5』が今のようなアイドルになる前、研修生だった頃8人のメンバーでやってたみたいだよ。グループ名はフェアリーガーデン。今と同じだけど愛称は無かったようだね。そのメンバーの1人が山本美柑。リリカちゃんと同じ16歳」


「お嬢様、『FG5』は5人組ですよね。3人は脱落してしまったのですか?」


「詳しくは知らないけど、1人は不整脈があって激しい運動はダメという事でグループを抜けてる。親の反対にあって抜けた子もいたみたいだね。最後に山本美柑、彼女は自殺してたよ……」


「まあ……」


 雫姉さんは驚いていた。


「それで自殺の原因がリリカだと言うことか?」


「それは良く分からない。でも彼女のお兄さんはそう思ってるんじゃないかな。リリカちゃんのストーカーしてるくらいだから」


「そうか……リリカはこの事を知っているのか?」


「知ってると思うよ。マネージャーの蓼科さんに相談してたくらいだから。あのマネージャーさん、なかなか口を割らなかったからちょっと脅かしといたけどね」


「リリカは他のメンバーにもその事を言ってない様子だ。今日みんなに接触した限りでは話題にもならなかったよ」


「この件は本人かリリカちゃんから聞き出して解決するしかないね。一方的に犯人を追い詰める訳にはいかないと思うよ。生きている限り遺恨は残るからね」


「じゃあ、2人を合わせて討論会でも開けばいい。誤解があるかもしれないだろう」


「うん、いいね。そうしよう」


「会場のセッテイングはお任せ下さい」


「助かるよ。明日の予定は午後7時にラジオ番組の収録がある。7時半に終わる予定だから午後8時半なら時間的余裕がある。それで良いかな?」


「はい、準備しておきます」


「そうだ。珠美は?」


「珠美様なら8時にお休みになりました。カズキ様がいらっしゃらなかったのでとても寂しそうでしたよ」


 そういえば、まだ子供だった……


「カズ君、モテモテだね」


「さて、それじゃあ、俺は少し出かけてくる」


「えっ、こんな遅くに?」


「カズキ様、どちらにお出かけですか?必要なものがあれば私が買いに行きますけど?」


「今日一日中、わがまま娘達のおもりをして身体が鈍っている。少し走ってくるだけだ」


「そうですか?わかりました。お気をつけて」


「じゃあ、リリカちゃんの事は私が可愛がっておくね」


 何をどう可愛がるんだか……


 俺は、ランニングと称した散歩に出かけた。







「お嬢様、元気がありませんね。お食事も喉の通らなかったですし……」


 そう呟くのは白鴎院百合子に仕える真里だ。


「仕方ないだろう。総代にあんな事を言われてしまえば」


 お昼に白鴎院兼定と食事をした百合子は、その食事中に総代(白鴎院兼定)から結婚について話し合った。


 白鴎院百合子が現在通っている白来館女学院を卒業と同時に婚約を済ませ、大学卒業後に結婚という話を聞かされたようだ。


 現在、相手は3名程、候補がいるらしい。

 秋の名家財閥パーティーでその者達と会って話をする事になっている。


「お嬢様は候補の方がお気に入らないのでしょうか?」


「名前も聞かされていない段階でそれはないと思うが、恐らく結婚について悩んでいるのではないか?」


「香奈恵さんがそう言うのならそうかもしれませんね。白鴎院本家ではご両親の他、百合子様しかおりませんし、白鴎院の血を絶えさせるわけにもいきませんものね」


「そう言う名家の重みが百合子様一身にかかっているから悩まれているのではないか?だから、せめて私達は百合子様の気楽に話せる友人として側にいてあげなきゃダメなんだ」


「友人なんて滅相もありません」


「真里、気持ちはわかるが1番側にいる真里までがそんな態度では、百合子様はいつ気を抜かれるのだ。真里がそう言う存在になってあげないと、嫌、私もだな。せめて私と真里がどんな時もお嬢様の味方になってあげないといけないんだ」


「そうですわね。香奈恵さんの言う通りです。私達はいつまでもお嬢様の味方です」


 白鴎院家の別棟では白鴎院百合子が暮らしている。

 その応接室で付き人の真里と警護官の香奈恵が話し合っていた。


 百合子は、自室から出てこない。

 疲れたから、と言うのが理由だがこの幼い頃から一緒にいる2人には凡その見当がついていたようだ。



 その頃、百合子はベッドに横たわりハンドスピナーを回して、ジッとそれを見つめていた。


 誰かに助けを求めるように……





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