第11話 それぞれの玩具
「
都内にある邸宅の一室で
百合子の長い黒髪に清涼感のある淡い水色のワンピースが良く似合っている。
「これ、おかしくないかしら。お祖父様は喜んでくれるかしら?」
「とても良くお似合いですよ」
百合子の世話をしているのは、彼女のお付きの女性
「お嬢様、お時間です」
ノックをして部屋に入って来たのは、女性の警護服を着た
彼女は百合子や真里のひとつ年上だが真里同様幼い頃から百合子の側で仕えている。
「あっ、ちょっと待って」
百合子は慌てて棚にある小さな宝石箱のような物から、お気に入りの品を取り出した。
「お嬢様、また、それをお持ちになるのですか?」
「ええ、これは私の宝物ですから」
そう言ってその品を見つめる百合子。
「お嬢様が大切になさっているのは知っておりますが、白鴎院のご令嬢である百合子様がその様な玩具を常日頃からお持ちになっていると他の人に知れたら白鴎院家の名に傷がつきますよ」
「真里、それは言い過ぎだ。普段のお嬢様がどれほどその品を大切にしているのか知っているだろう?」
警護官の香奈恵に言われてハッとする真里。
百合子は、少し悲しい顔をしていた。
「百合子お嬢様、申し訳ありません」
畏って謝罪をする真里に百合子は
「構いませんよ。他の人が何を言おうとこれは私の宝物です。そう、このコマの様に回るハンドスピナーは……それにお兄様との思い出でもありますから……」
百合子はそれを大事そうに綺麗なハンカチに包みバッグにしまった。
「お祖父様をお待たせしては申し訳ないわ。さあ、行きましょう」
◆
「おっ、懐かしいな」
俺は『FG5』のパシリで近くのコンビニに来ていた。
買い物カゴを持って店内を見渡すと懐かしい物が商品の陳列棚にあった。
「ハンドスピナーか、日本にいた頃これで良く遊んでたっけ……」
あまりの懐かしさに俺はそれをカゴに入れた。
そうそう飲み物だっけ……
冷蔵室の扉を開け、メンバーご指定の飲み物をカゴの中に入れていく。
あとはアイスか……
アイスが入っている冷凍庫の中にご指定のゴリゴリ君を入れて精算を済ます。
支払いはユリアから貰った俺専用のブラックカードだ。
何でもユリアと一緒にしてた時の仕事の報酬が俺専用の預金通帳に入っているらしい。
幾らあるか額は知らないが、このカードで生活できると渡された。
このカードを提示した時、コンビニの店員さんが驚いていた。
『ありがとうございました〜〜』
そう言われて店を出る。
店の前の車道では黒塗りの高級車が3台俺の目の前を通り過ぎて行った。
俺は、一瞬車に気を取られたがアイスが溶けるのを心配して急いで我儘娘達がいるレッスン室に急ぐのだった。
◆
「百合子様、外がどうかしましたか?」
隣に乗る警護官の香奈恵がそう尋ねた。
「ちょっと、外の様子が気になっただけです」
百合子が見ていたのはたまたまコンビニから出てきた男子だ。
一瞬、目が合った気がしたが、この車は窓ガラスにスモークが貼られており外からは見えない様になっている。
「そうでしたか」
香奈恵は、この年齢の警護官としては優秀だ。
幼い頃から百合子のお付きをしながら、稽古に励んでいた。
そんな香奈恵が警戒する時は百合子が外出した時だ。
邸宅はセキュリティが万全で不審者が侵入できるはずもなく、それに多くの警護官が交代で警護に当たっている。
香奈恵にとって移動する間が、最も警戒度を上げる時だ。
百合子と同じ車に同乗を許されるのは香奈恵と真里だけだ。
いくら香奈恵よりも優秀な警護官でもそれは変わらない。
百合子が二人から離れる事を不安がるからだ。
だから香奈恵はどんな些細な事も見逃さない、そんな思いで警護にあたっていた。
「香奈恵、いつもありがとう」
「えっ、百合子様」
「香奈恵が私を大切に守ってくれてる事に何時も感謝してます」
「百合子様、警護官として当たり前のことです」
「ううん、そうじゃないの。香奈恵も真里もこんな私の事を何時も思ってくれてる。二人には感謝しかないわ」
「もったいないお言葉です」
(こんな私に仕えて二人には申し訳ない。私はみんなに守られる様な価値ある子じゃないから……)
百合子の心の声は誰にも届かなかった。
◆
リリカ達のレッスンは、午前中で終わり午後からは、シブヤにある写真スタジオで写真の撮影、その後は雑誌記者との対談、夕方からはテレビ局に行き歌番組の収録と忙しいスケジュールをこなしていた。
テレビの収録が終わったのは午後9時過ぎ。
楽屋に戻ったメンバー達は着替えて帰路に着く。
帰りのタクシーの手配を終えて俺の仕事もひと段落だ。
「じゃあ、リリカの家に行くか?」
「まさか、これから来るの?何日か後じゃないの?」
リリカは俺が今夜来るとは思っていなかったようだ。
「今夜はダメ、絶対ダメ」
「お前を1人帰す訳には行かないんだ。部屋は危険だし調査が終わるまでホテルで暮らすか?」
「嫌よ、ホテル暮らしなんて」
我がままな奴だ。
その時、俺のスマホが鳴った。
相手は聡美姉からだ。
〜〜〜〜〜
「ヤッホーー、カズ君、仕事終わった?」
「ああ、これからリリカの家に行く交渉をしている」
「盗聴器の件ね。でもカズ君、今機器持ってないでしょう?」
「無くてもわかる」
「それじゃあ相手に信用されないよ。今日はリリカちゃん連れて家に来なよ。迎えに行くからさ」
「わかった。その方が良さそうだな」
「じゃあ、ロビー出たとこで待っててね」
〜〜〜〜〜
聡美姉との連絡が終わり、俺はリリカに話をする。
「リリカ、お前は俺の家に来い」
「えーーっ!な、なんであんたの家に行かなきゃならないのよ!」
「詳しくは俺が世話になっている家だ。リリカが自宅に帰るより案内だ」
「だから、なんで?」
「つべこべ言わず黙って付いて来い」
俺はリリカが文句を言ってるのを無視してテレビ局のロビーに向かう。
すると、一台の国産車から聡美姉が手を振っていた。
近くから連絡してきたのか……
「さあ、行くぞ」
「待ってよ。本当にあんたの家に泊まるの?」
「静かにしろ!誰かに聞かれたら面倒だ」
「それもそうね……じゃなくって!」
リリカを連れて聡美姉のワンボックスカーに乗り込む。
「リリカちゃん、私、藤宮聡美、カズ君の姉的存在ね。宜しく」
「あ、はい。倉元リリカです」
聡美姉の国産のワンボックスカーが発車する。
そして、二人の自己紹介が済むと俺は聡美姉に問いかけた。
「気付いてるんだろう?」
「うん、さっきから一台、追ってきてるよ」
「素人みたいだな」
「うん、そんな感じ」
俺が聡美姉と話していると不思議そうにリリカが尋ねてきた。
「さっきから何の話をしてるの?」
「はあ、お前の尾行者の話だ。テレビ局を出てから後をつけられている。というか、一日中、張り付かれているよ」
「えっ!!うそ……」
「お前、わからなかったのか?」
「わかるわけないでしょう?知ってたのなら何で捕まえてくれないの?」
すると聡美姉が
「リリカちゃん、今、問い詰めても『そんな事は知りません、偶然です』と言われたらどうしようもないでしょう?それに下手に相手を追い詰めてSNSとかにある事ない事書かれても面倒だし」
「という事だ。わかったか?バカ娘」
「誰がバカよ!あんたこそダサイし、キモいじゃない」
「ダサいとかキモいってなんだ?よくクラスの奴が俺を見て言ってるのだが」
俺がそう言うと聡美姉が爆笑した。
リリカは、呆れ顔で俺を見てる。
「ハハハ、カズ君、最高!」
車の中では聡美姉の笑い声が響いていた。
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