191●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑥“おひとりさま物語”の勃興と『薬屋のひとりごと』

191●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑥“おひとりさま物語”の勃興と『薬屋のひとりごと』



 そして。


 アニメ作品の中で滅びゆく“家族愛至上主義”。

 それにかわって台頭したのは……

 “おひとりさま物語”でした。


 家族関係を切り離した主人公が一人で、自分の独力で人生を切り開くお話です。

 ストーリーの語り方は概ね“一人称”で、主人公を中心に据え、周囲に影響を広げていくスタイルを取ります。


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 死んで現世とおさらばし、異世界に転生する。

 あるいは現実を切り離して、VRゲームの世界に没入する。

 ……といったテンプレな設定、これだけで主人公は自分の親もしくは子との関係をスッパリとリセットし、一人で自由な冒険を満喫できます。

 家族抜きの旅立ち。


 案外多くの若者が、“家族抜き”の生活を切望しているのかもしれません。


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 いったん死んで現世から異世界に転生することで家族関係を切り離し、そこからは全くの独力で、持ち前の能力と才覚を最大限に生かして新しい環境を生き抜いていくという、“おひとりさま物語”。


 その作品世界は、“主人公の主観”を通して描かれるのが常です。

 『幼女戦記』(2017-)、『転生したらスライムだった件』(2018-)とか『Re:ゼロから始める異世界生活』(2016-)、『豚のレバーは加熱しろ』(2023)など、いろいろありますね。


 多くの場合、主人公には他者を上回る、専門的なチート力が授けられています。


 主人公が周囲から影響されるよりも、“周囲に影響を与えていく”傾向を重視した描き方になることが多いですね。


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 一方、世紀末前後の傑作たち、『カウボーイビバップ』『ノワール』『スクラップドプリンセス』『クロノクルセイド』『シムーン』『少女革命ウテナ』などは作風が全く異なります。

 主人公は一応設定されているものの、複数の人物が強い人間関係で結ばれ、それぞれに家族的な絆が背負わされているのですね。


『カウボーイビバップ』のスパイク、そこへジェット、フェイ、エドの計四人。

『ノワール』の霧香とミレイユ、そこへクロエとアルテナの四人。

『スクラップドプリンセス』のパシフィカに兄シャノンと姉ラクウェルの三人。

『クロノクルセイド』のロゼットと悪魔クロノ、そして弟ヨシュアの三人。

『シムーン』ではコールテンペストの面々が、かなり平等に描かれています。あれほど多数のキャラをキッチリと描き分け、その役割も明確に語りきった作品は稀有というべきでしょう。

『少女革命ウテナ』はウテナ一人が大活躍しているように見えて、アンシーや各回のデュエリストたち、敵役の美少年たち、それぞれの人間模様が細密画の如くコッテリと描き込まれていますね。


 それらの作品は“一人称”でなく、おしなべて“三人称”で語られているわけです。


 基本的に「主人公は一人ぼっちではない」という姿勢ですね。


 『ノワール』の主人公・霧香が特徴的。ものすごく孤独で一人ぼっちな彼女が、赤の他人のはずのミレイユへメールを送り、パリから呼び寄せて、強烈な印象で新たな人間関係を発生させるエピソードが第一話を成しています。


 主人公は、一人では歩まない。


 これらの作品では、主人公と登場人物が取り結ぶ、切っても切れないほど濃厚な人間関係がドラマを動かし、主人公の運命を変えていきます。

 ですから、作品中では主人公だけを物語るのでなく、主要な登場人物がそれぞれ主人公的に活躍するエピソードも欠かせない要素となります。

 『カウボーイビバップ』ではスパイク、ジェット、フェイ、エドがそれぞれ主人公となる回が用意されていましたね。


 一方、『世界名作劇場』の系列作品は、ハイジもマルコもペリーヌも、主人公中心の一人称で描かれていきますが、主人公は“おひとりさま”ではなく、最初から“家族”という人間関係の要素を宿命的に背負っています。

 主人公は自分の真の家族を求めて、あるいは安住できる家庭を作れる故郷を求めて行動します。主人公にとって“家族”かそれに匹敵する人々との絆が極めて重視されているわけですね。


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 しかし、たぶん2010年頃あたりでしょうか。

 “家族あるいはそれに匹敵する濃厚な人間関係と相互の絆”を作品に不可欠な中心軸に据える作風が薄まってゆき……

 “家族抜きの主人公が一人で歩んでいく”という“おひとりさま物語”がTV画面を支配するようになってきます。


 とりわけ、女性を主人公とする“おひとりさま物語”が目立ちます。

 アニメにみる最近の代表格は『薬屋のひとりごと』のほかに『ティアムーン帝国物語〜断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー〜』(2023)、『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』(2023)、とか……

 所謂いわゆる“悪役令嬢もの”も似通った傾向があるのでは。


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 とりわけ大ヒットしているのが、『薬屋のひとりごと』(2023-)。

 死んで異世界転移する設定ではありませんが、典型的な、“おひとりさま物語”の一種でしょう。

 主人公にとって、“家族の存在”は極めて希薄です。

 薬屋・猫猫マオマオ(ごめんなさい、私はずっとニャンニャンと呼んでいました)は実の父親との関係を強烈に忌避するか、無視しようとしていますね(だだし最初の24話分の範囲です。2025年以降の放映で実父との関係がどのように変わるかは未知数ですから)。


 アニメ『薬屋のひとりごと』は家族関係の設定がじつにテクニカルで、最初、猫猫が「おやじ」と呼ぶ人物は、のちに実は養父である……と判明する、というか、いつのまにかそういうことになってる感があるわけで、しかも実父が意外にすぐ近くにいて、猫猫も最初からそれを承知していたかのような筋運びになってきます。

 やや、混乱。「わかってるんなら最初からそう説明してくだされ!」の心境にもなるのですが、この、「一度観ただけではちょっとわかりにくい」ところが、作品の再生回数を引き上げているような……


 ともあれ、後宮で最下層の下女として売り飛ばされた身の猫猫。日々の命すらはかない生活の中で、持ち前の薬学や医学の知識を活用してセルフサバイバル、後宮の陰謀や難事件に立ち向かって大活躍していきます。


 彼女は孤独ですが、そのことを(無理してかもしれませんが)苦にすることはありません。

 むしろ後宮のドロドロした人間関係を冷ややかに観察しながら、自分が行動すべき最適解を的確に割り出していきます。

 そんな生き方に、若い女性の多くが共感するのでしょう。



 それでいいのか? という疑問も多少はありますが。


      *



    【次章へ続きます】



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