33●『無責任艦長タイラー』(3)… 夜の海辺の少女の謎。あれは……ユリコ!?
33●『無責任艦長タイラー』(3)…夜の海辺の少女の謎。あれは……ユリコ!?
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最終話Bパートの“お祭り騒ぎ”はみんなの共同幻想だった……
そう考えると、ずいぶんと哀愁漂うエンディングとなります。
物語中の“現実”の世界では、ユリコとタイラーは破局して終わるのですから。
しかしそれも、この作品に大きな影響をもたらした“クレージー映画”とその関連作品を参照すれば、まったくノーマルな終わり方の一つなのです。
クレージー・キャッツを率いたハナ肇氏が主演した山田洋次監督作品の数々、そのことごとくが失恋で幕を閉じているのです。もう、かわいそうとしか言いようがないほどですが、これもまた、喜劇の立派な一形態です。
失うことも人生の一部なのだ……という哲学ですね。
昭和三十年代の常識からすれば、主人公二人の破局は、十分に“ありうべき結末”として許容されるのです。
そして……
過去の全てのクレージー映画の路線を継承した、実質的に最後の一作とも位置付けられる特別な映画があります。
ハナ肇氏が主演し、植木等氏はじめクレージー・キャッツの七人全員が共演した『会社物語 MEMORIES OF YOU』(1988)という、それまでにクレージー・キャッツが関わった数十本の全作品を締めくくる“最終話”を思わせる作品です。
笑いと切なさがいぶし銀のカクテルとなった、いわば“昭和の挽歌”。
事実、翌1989年に昭和は終わりを告げています。
この作品を観ると、やはりクレージー映画の最終話は、万感の思いを込めて惜別の汽笛が長く長く鳴るような“仕舞い方”がふさわしいのではないかと思います。
『無責任艦長タイラー』の放映は1993年。1988年の『会社物語 MEMORIES OF YOU』を踏まえて、クレージー映画への盛大なオマージュが、タイラー最終話のBパートにギュッと濃縮されていたのではないでしょうか。
Bパートの“お祭り騒ぎ”が駆逐艦そよかぜクルーたちの“共同幻想”であると考える理由は、もう一つあります。
タイラーの三角グラサン。
“進水式”後のお祭り騒ぎに登場した“無責任艦長タイラー”は終始、とんがった三角形のサングラスをかけています。
発進するとき、チラリとグラサンを外した顔をカトリ君に見せますが、目は閉じています。
その後、「ユリコさん回収作戦を開始するウ!」と扇子を振り回す彼は、素顔を見せていません。最後までグラサン姿のままです。
つまり、“この人物がホンモノのタイラーなのか、今ひとつ”定かでないのです。
しかも、後ろ向きにダーツの矢を投げて、的のど真ん中にスパッと命中させます。
それまでのタイラーでは考えられない、カッコよさ。
本当に本人なのか?
人造人間ちゃうか?
そんな疑問が残ります。
本当にこれまでの本人の人格なのか、どうも曖昧なのです。
つまりこの、三角グラサンでツッパったタイラー氏は、もしかすると“現実”のタイラーでなく、クルーたちの共同幻想に形成された“夢の理想像タイラー”かもしれませんね。
筆者としては、そう思います。
このハッピーなエンディングは、まさに“夢の饗宴”。
数々のクレージー映画のエンディングに
そう解釈するのがむしろ適切であると思います。
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さて『無責任艦長タイラー』の最終話には、もうひとり、謎の人物がいます。
ミフネ、フジ両中将が、夜の海岸を散策する場面。
ミフネ中将が、姿を消したタイラーをして「異端こそ組織の
ミフネの前に一人の少女が元気よく駆けてきて、クスッとミフネに微笑むと、幸せなはしゃぎ声を残して薄闇の中へ走り去ります。
砂浜に足跡は残っていますが、その足跡も含めて、フジには少女が全く見えておらず、おそらくミフネ一人が見た幻の少女であることがわかります。
この少女は誰なのか。
まず気になるのは、この幻の少女は、物語中で実在している少女なのか、それとも全く架空の少女であるのか……、です。
少女の幻を見たのは、ミフネ中将です。
タイラーならともかく、超カタブツのミフネが、どこの誰だかわからない架空の少女を勝手に空想、いや妄想して思い描くとは、考えにくいでしょう。
しかし見ての通りミフネの心の中に出現しているし、ミフネに微笑みかけていますので、少女の方もミフネを知っていると思われ、実在の誰かであると思われます。
エンドロールの声優さんのクレジットには、“海辺の少女”は表記されていません。
あの可愛いはしゃぎ声の主は誰なのか、謎のままです。
そこで推測しますと……
架空の少女ではない……とすれば、ミフネが個人的に知っている女性の一人だと思われます。
というのは、少女と顔を合わせて見送る時、ミフネは、オオッ!? ……と驚いているからです。
赤の他人なら驚くことはなく、せいぜい奇妙な顔をするだけです。
少女の顔は思い当たるけれど、ここで出会うはずがない、だから驚くのですね。
とすると、該当する人物が、作品中では、ひとり、います。
ユリコ・スター。
第2話の時点でミフネの秘書をしていたらしく、第3話では“ミフネ中将の大反対を押し切って駆逐艦そよかぜの勤務を志願した”……と本人が語っています。
しかしミフネにとって、ユリコは特に目をかけてやりたい有望な部下であって、その後、ユリコを地上勤務に戻して昇進させ、手元に置こうと配慮しています。
あからさまなコネ人事で囲い込むほどに、相当な愛情と、そして責任を抱いているということでしょう。H関係じゃなくてね。
そして第2話でユリコは、エミとユミに対してハナー元提督を“叔父さん”と呼んでいますから、ハナー氏のいとこに当たります。
おそらくハナー氏と親交のあったミフネにとって、ユリコは単なる他人ではなく、幼少期のユリコに“ハナー叔父さんのお友達”として会ったことがあるでしょう。
とすると……
海辺の少女は、ミフネが過去の記憶から呼び出した、幼い少女だったころのユリコではないか?
そう考えても良かろうと思います。
「異端こそ組織の
ミフネはふと、ユリコのことを思い出したのです。
心のどこかに引っかかっていたのでしょう。
そしてミフネの意識に現れたのは、現在のユリコでなく、何者にも束縛されることなく、のびのびと自由を満喫していた、幼少期のユリコでした。
元気よく、幸せに駆けてゆく、幻の少女。
去ってしまったタイラーを許し、心のゆとりができたミフネは、このとき悟ったのかもしれません。
ユリコはきっと、この
といいますのは、『無責任艦長タイラー』は、裏返せば“ユリコ・スター物語”でもあるからです。
タイラーを矯正して、まともな軍人に仕上げるために、あえて駆逐艦そよかぜに乗り組んだユリコは、物語の前半でタイラーをビシバシ張り倒して教育します。
その心労たるや、第11話でお肌が荒れまくるほど。
しかし後半では、タイラーの“一見、無責任に見える自由と平等”の生き方に惚れ込んでしまいます。といって第20話のキョンファ・キム中尉ほど奔放に思いを告白することもできません。
ミフネの強引な誘いで地上勤務を決めたものの、最終話Aパートでタイラーにそのことを指摘され、逡巡しています。
その後、最終話に至っても……
幻の少女が現れた時点では、ユリコの問題は、まだ解決していません。
彼女に関しては、物語が終わっていなかったのです。
宇宙か地上か、どちらで生きるべきか、彼女はまだ悩んでいます。
艦を降りて地上に暮らすことは、作品中では“自由の放棄”を意味していますね。
ミフネの籠の鳥となることです。
ですからAパートの末尾で、生き生きと自由に、そして幸せそうに海辺を駆ける少女の姿は、一方で“籠の鳥”となっている現在のユリコと見事な対比をなしています。
つまり、本当に自由だった子供のころの、ユリコ。
この幻想の少女は、心の自由を取り戻したいと願っているユリコの心情が化体されたものではないか……。
ミフネは察しのいい人物です。このあと彼はユリコの心情を忖度して、彼女の束縛を解いてやった……あるいは彼女の自由な行動を黙認したのではないかと思います。
“誰がための自由と責任”。
これがきっと『無責任艦長タイラー』の作品テーマなのですから。
*
そしてBパートの“共同幻想”に含まれる一場面となりますが、部下のレナンディ君にインカムを渡すと……
あえて軍隊式の敬礼を途中でやめて、握手の手を差し出すユリコ。
組織の束縛、そして彼女自身の心の束縛からの、解放です。
チョイとグッとくる、いい場面ですね。
ここでユリコは本当の意味で、心の自由を得たのではないかと。
このあと、ユリコがタイラーに再会できたかどうか、そこまでは作品中に描写されていません。
しかし、Aパートで別れた主人公タイラーに、もう一度会ってみたいと行動を起こすことは十分に考えられます。
レナンディ君と握手を交わしてから……
彼女は嬉々として、海辺の少女のように駆けて行ったのではないでしょうか。
海辺の少女の幻は、廃艦そよかぜの一室にタイラーを残して去ったユリコの、心の救いを暗示していたような……。
そう考えると、この作品、すっきりと収まるように思います。
※タイラーの“三角グラサン”と、“海辺の少女”の解釈は、DVDボックス2巻のブックレットにコメントされていますが、あくまで映像からの読み取りということで、ブックレットの内容に拘らずに記述させていただきました。
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