21●『ホルス』から『かぐや姫』へ(3)…『ナウシカ』の衝撃、“分解者”の登場。(付:バカガラス五番艦の謎)
21●『ホルス』から『かぐや姫』へ(3)…『ナウシカ』の衝撃、“分解者”の登場。(付:バカガラス五番艦の謎)
〈『風の谷のナウシカ』(1984)〉
たぶん、はるかな未来。
人類は自ら招いた“火の七日間”で文明を自滅させてしまい。いまはその残滓が巨大なカビのような森、“腐海”に覆われ続けてゆき、人が安心して暮らせる生活圏は着々と狭まりつつある。当然、限られた生活資源の奪い合いが、再び愚かな戦争を呼び起こします。
その最終的な解決として、地上最強の破壊神“巨神兵”を甦らせて、腐海を大規模に焼き払うことで、人類の文明を再建しようともくろむトルメキア帝国のクシャナ。
かたや、トルメキア帝国に胎児状態の巨神兵を奪われ、国土を蹂躙された報復に、腐海の森の王者である“王蟲”の大暴走を人為的に発生させ、それを利用してトルメキア軍を殲滅しようとする、ペジテ市の残党。
つまり『風の谷のナウシカ』とは……
大自然の猛威を叩き潰す、“人類vs自然”の戦いを腐海に対して仕掛ける勢力。
大自然の猛威を利用して、“人類vs自然”の戦いを敵の軍に仕掛ける勢力。
双方の狭間に立って、王蟲と心を通わせることのできる少女、ナウシカがその自己犠牲をもって、壊滅的な悲劇を食い止める……というお話です。
『未来少年コナン』と見比べると、“かつて人類は自らの文明を滅ぼし、自然を破壊した”という歴史設定は同じです。
『未来少年コナン』では、わずか二十年で自然は急速によみがえっていきます。
ただし『風の谷のナウシカ』では、自然は勝手に回復してくれるのでなく……
代わりに“腐海”という、毒の瘴気に満ちた死の世界が拡大してゆきます。
世界が腐海で覆われ、人類が完全にゼロとなってから、世界はあるべき姿にリセットされるのだということですね。
この事実…定められた滅び…を運命として受け入れるか否か……
そこに、小さな理想郷である風の谷を背負うナウシカの苦悩があるのですが、そんな彼女の立場をよそに、トルメキア帝国とペジテ市の戦争が風の谷を席巻します。
物語中で最大の、圧倒的なキャラクターは“腐海”そのものです。
過去のいかなる作品にも語られていなかった、恐るべき自然現象。
(※漫画版の『風の谷のナウシカ』は、映画とは異なる別次元のお話とします。舞台設定やストーリーが大きく異なりますので、混乱を避けるため、ここでは映画版に準拠して考察していきます)
“腐海”のアイデアには驚愕しました。これまた鳥肌ものです。
その正体は、カビのような……すなわち微生物だったからです。
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(※“分解者”が人類文明を崩壊させる……という発想につきましては、御厨さと美先生の短編コミック『デコンポーザー(1977)』にも扱われています)
『風の谷のナウシカ』があまりにも画期的だったのは、この、“生産者→消費者→分解者”の生態系サイクルを地球規模の、しかも千年単位の歴史にあてはめたことです。
実際には、何億年かの昔に海中に“生産者”である植物が現れ、数千万年前だかに地上にも繁茂するようになって、植物が世界の主人公になった時代があったと思われます。
その後、“消費者”である動物が現れて陸上を支配し、人類へと進化するものがあって、二十一世紀の現在、人類を含む動物が世界の主人公となっています。
そして人類が大きな過ちを犯して動植物を滅ぼしてしまったら……
その
すなわち、“分解者の時代”。
億年単位の長大な地球史の中で、今後訪れるかもしれないエコロジーのフェーズの一つを、『風の谷のナウシカ』は予言しているのですね。
自然を破壊し文明を破壊し、有用な万物をことごとく消費し尽くしてしまったこの世界を再生するには、汚れた水や土壌を“分解者”によって浄化し、有機物を無機物に還元して、再び新たな生命を育む環境を作り出すしかありません。
そのために“腐海”が領域を広げ、人類が作り出したすべてのものを、その
“腐海”とは、カビに似た微生物の巨大な森であり、森に繁殖する
この発想はホント、青天の霹靂というか神の啓示というか……
物語の中心に据えられた“腐海”という、新たなイメージの環境に、身の震える思いをしたものです。
これは凄い……
かつて地上を恐竜が支配した時代があったように、“腐海”が支配する時代を経て、この地球は再び美しい輝きを取り戻す……。そんな物語なのです。
スケールの大きさが、かえってリアルな説得力を帯びます。
その結果……
人類は、腐海とともに静かな滅びを受け入れるしかないことが運命づけられます。
そのかわり……
いずれ、はるかなのちに、腐海によって浄化された清浄の地に、時を超えて生き延びた植物の種子が芽吹き、新しい世界を生み出していくであろうことが、“おわり”のラストカットに示されます。
すげー、カンペキだ……
もう、ため息しか出ませんね。
なまはんかな文明論をやすやすと超越して、“人類vs自然”の対立の問題に、明快な結論が突き付けられたのですから。
“分解者”の概念を登場させ、中心に据えた。
他の作品にはない、この作品ならではの特徴です。
これこそ、『風の谷のナウシカ』の歴史的な功績であると思うのです。
*
さてしかし、作品の重要な要素である、いわば無敵の自然現象である“腐海”に対して、人類側は無謀な戦いを挑もうとします。
(※漫画版では、“腐海”の現象は人為的な原因によるものとされていますが、大自然の生態サイクルを正常化する働きに着目すれば、マクロ的には事実上大自然の環境と同一であると解釈します)
人類側の最強兵器、それは、トルメキア帝国の巨神兵復活プロジェクトですね。
科学の産物である巨神兵で腐海を焼き払い、人類文明を再建する。
滅びの宿命に追い詰められた人類の、自然の猛威に対する全力の抵抗。
つまりここに、“人類vs自然”の図式が浮かび上がるわけです。
そして大自然はその猛威でもって、人類に反撃します。
王蟲の暴走です。
その戦いの結果、人類と自然の間に、何らかの結論がもたらされます。
大自然の側…腐海やその
この構図は、考えてみると、実は『太陽の王子ホルスの大冒険』でも、のちに公開される『もののけ姫』でも同じなのです。そっくりと言ってもよろしいでしょう。
(以下、次章へ)
*
〈おまけ……謎のバカガラス五番艦〉
風の谷へ侵攻し、やすやすと占領したトルメキア軍。
彼らを運んで来た大型輸送機、マンガで通称“バカガラス”とされています。
旧ドイツ空軍のМe323ギガントに似た機体ですね。
前扉を開けて、突撃砲タイプの戦車を一輌ずつ吐き出します。
最初、風の谷へ強行着陸するさい、画面には四機映りますが、じつはもう一機遅れて来たのがいたようでして、のちに胎児状態の巨神兵を牽引している戦車は五輌あります。
物語のラスト近くで、酸の海のほとりの古代宇宙船の残骸に向けて攻め込もうとする場面でも五輌です。(このうち一輌は城オジ三人組に一度奪われたのを取り戻し、砲撃の損傷を応急修理したのでしょう)
ということで、やはり、バカガラスは全部で五機だったようです。
重さ的に、やはり一機で運べる戦車は一輌に限られるでしょうから。
で、クシャナがナウシカたちを乗せてペジテへ飛び立った時、ユパたちが見送る場面で空にあるバカガラスは、確かに五機ですね。
(これ、何しにペジテへ戻るのか不思議に思いましたが、このときペジテ市はトルメキア軍が占領していましたので、そちらへ補給する大量の食糧を風の谷から徴発して運ぼうとしたのですね。城オジが「人質五人にガンシップに食糧も……」と嘆いていますから。そして復路で、巨神兵復活に役立つ追加資材をペジテから風の谷へ持ち帰ろうとしたのでしょう。しかしその前に、ペジテ側が策謀して王蟲の集団暴走を惹起させ、市街もろともトルメキア軍を壊滅させたわけです。敵も味方もみんな王蟲の腹の中。戦争とは言え、もう壮絶な残酷さですね)
しかし……
そのあと、ペジテのアスベルがガンシップから雲の切れ目を見下ろしたとき、下界を飛ぶバカガラスは四機編隊。アスベルのガンシップに射撃されて墜落するのも、数えてみればクシャナ様が座乗する旗艦のバカガラスを含めて四機……
五番目の一機が、いません。
これは謎です。
風の谷を飛び立った五機のうち一機が、アスベルの攻撃前に、姿をくらましているのです。
迷子になったのかな?
それとも機関不調で風の谷へ引き返し、不時着したまま飛行不能になってしまった?
バカガラス各機、見るからにロートルのポンコツ風ですから、そんなこともあったかもしれませんね。
いやたしかに、つじつま合わせの説明はできなくもないのですが……、なんとも頼りない、出遅れ気味でフラフラしたノロマの五番機がいたようです。クシャナも匙を投げていたのかな?
謎のバカガラス五番艦。
あまり詮索すると「カラスの勝手でしょ」って、そっぽ向かれてしまいそうですが……。
*
〈おまけ……ナウシカの新型コロナ対策〉
アスベルとともにメーヴェでペジテへと飛行する場面。
ナウシカの唐突なセリフ。
「アスベル、マスクをつけて!」
コロナ禍に観ると、なるほどと納得します。
“五分で肺が侵される”とされる腐海の瘴気。
新型コロナウイルスよりもはるかに恐ろしい猛毒です。
そういえば、これほどマスク着用を徹底したアニメも珍しいのでは。
マスクで表情の動きを隠すことで、多少なりとも作画の労苦を和らげたかな?
ナウシカ姫、ア・バオア・クーで頑張るキシリア様と並んで、マスク着用の啓蒙大使にぴったりかも。
もう、東京都ご推奨作品ですね。
ナウシカタイプのマスク、きっと売れますよ。
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