第217話 ──本当に?
決して守りには入らない。
強引ても、力任せでも、無理にでも攻勢にで続ける。
(この戦い、守りに入った方が負ける)
理解していた、逃げた瞬間に、そこで敗北だと──。
リスクを承知で、一気に前へ出る。力任せの攻撃を目にも見えない速度で。
さすがのツァルキールもこの一撃には耐えきれず、身体を折り曲げる。
幸一はやっと出来たスキを見逃さず、追撃の連打を加える。
(何ですの? 凄まじい攻撃!)
ツァルキールが怯んだ瞬間、至近距離で幸一がさらに連続攻撃。当然だ、咲くほどまでの不意打ちとは違う。
彼がまともに攻勢に出たのはこれが始めたなのだから。
それを身を丸めて防御しながら、ツァルキールは驚く。
今までに、自分に歯向かって来る人物は確かに存在した。
一時代を築いた偉大な英雄。
自分の娘同然の天使。
しかし、彼女は全て打ち破ってきた。勝ってきた。
圧倒的な力の差で──。
負けを意識したことはおろか、苦戦を強いることさえあり得なかった。
ツァルキールはこの世界に存在して、初めて一つの感情を抱き始める
(この私が、破れるというのですの?)
自分が敗北するかもしれない。消滅するかもしれないという恐怖が、水のように浸食し始める。
それを、振り払おうと、より腕を力ませ無理やり反撃する。
しかし、その焦りの気持ちが空回りを起こしてしまい、有効打にはならない。焦燥感が次第に彼女の心の中で大きくなっていく。
(焦ってるな。お前、おそらくずっと同格以上との戦いをしたことがないんだな。それが、お前の命取りになるとも知らずにな)
彼は、魔力の出力を無理やり限界まで上げたのだ。
正直、どんな副作用があるかわからない。体ごと消滅するかもしれない。それでも、この手しかなかった。
その賭けは、見事に成功した。
幸一は、この世界に来てから、ずっと強敵たちと戦ってきた。数々の大型魔獣。天使たち、ヘイム、メーリング。
だから、自分より格上や同格たちと戦うときの流れを経験として理解している。
ゆえにツァルキールと戦うときも、その経験を生かすことができた。
しかし、ツァルキールはそういった経験がないゆえに、無理やり抑え込む以外の方法を知らない。
焦りが冷静さを失わせ、攻撃が単発に、単純になっていく。
幸一は、そんな攻撃をかわし、徐々に押していく。
そんな状況を、ツァルキールはどうすることも出来ない。押されていた経験など、全くないから。勝負は、思わぬ形で決まろうとしていた。
それを天空から見ていたメーリングは、感じる。
「まずいわ。彼の表情がおかしい」
「何があったんですか? メーリングさん。幸一さん。勝っているように見えるんですけど」
「いつもの彼じゃない。これじゃあ、勝っても精神が戻らなくなてしまうわ」
(幸一君。お願い、あなたの優しい心を、失わないで──)
そしてその疑問は、イレーナも感じていた。不安そうな表情で、ただ彼の多々会う姿を見つめていた。
「幸君。おかしい……。あんなの、違う」
何度も剣をふるい、自身の優位を確信した幸一。
しかし、心の奥で感じ始める。
(こいつを、目の前の敵を殺せ。そして、すべてを支配するんだ)
ユダは言っていた。このエーテル体には副作用がある。まるで、ツァルキールのように。
エーテル体という天使の力に、に精神が引っ張られているのだ。
(お前ならできる、こいつの代わりに、世界を支配し、作り替えるのだ──)
心の底から湧いてくるその声。もちろんそんなことするはずがないと否定する。
その声は少しずつ、ツァルキールを追い詰めていくごとに大きくなっていく。
彼の直感が、感じ始める。
(このままいったら、俺、戻れなくなるな──)
しかし、今更この力を失うことなんてできない。エーテル体の力がなければまともに戦えない。
だから、この力でツァルキールを打ち倒すしかない。それができるというのなら、どうなったっていい。
勝つしかない。この俺が、どんな姿になっても!
そして幸一がさらにツァルキールを追い詰める。彼女は反撃することを殴り捨てて、防御に徹しているのが精一杯。
しかし、それも悪あがきでしかない。幸一の機関銃のような連撃に耐えきれず、身体が宙に浮いてしまう。
翼がない彼女に、なすすべはない。幸一は心の中の「天使を倒せ。そして、新たな支配者となれ!」という叫びの通り、ツァルキールの肉体を一刀両断。
彼女の体が数十メートルほど吹き飛び、倒れこむ。そして、勝負を決めるため、追い打ちをしようとした瞬間、感じ始める。
(これで、いいのか?)
これ以上踏み込んだら。エーテル体の力に完全に支配されてしまうと。そして二度と戻れなくなってしまうと。
心のどこかが警告している。しかし、それ以外に道はない。
このまま時が過ぎても、エーテル体の力は彼の心を飲み込んでしまうだろう。その力がなければ、彼女に勝つことはできない。
残された道は、一つしかない。
「俺は、行く。それが、唯一の道なんだ!」
そう幸一が叫んで、一歩を踏み出そうとしたとき、心の中で一つの疑問がわき上がる。
「──本当に?」
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