第214話 わたくしには、程遠い存在ですわ

 幸一の剣が、ツァルキールのネックレスに突き刺さる。




 ガシャ、バリィィィィィン!


 そしてその水晶のネックレスは、ガラスだったかのように砕け散り、飛散。


「し、しまった──」


「これでもう、お前は無敵じゃない。お前の策は、潰えた!」


 ヘイムが一気に詰めようとすると、ツァルキールは無理やり体勢を立て直し、聖剣を握って体を一回転させる。

 衝撃波が発生するようなすさまじい威力、慌てて三人は距離を取る。

 そして、ツァルキールの光景に幸一が驚く。


「聖剣に、力が──」


 そう、そのネックレスにあった強い力が、彼女の剣。サンシャイン・スピリット・ソードに吸い取られるように転移していくことに。


「このネックレスの秘密を解いた事。それについてはさすが、ここまで来ただけはあります。褒めて差し上げましょう」


「そんな誉め言葉などいらぬ」


 ユダが、一歩引きながら言葉を返す。平然を装っていても、身体は震えていえる。その剣に存在している魔力が、途方もないものだと理解しているからだ。


「あなたたちが今まで傷つけた痛みが、私の力になって、あなたたちを切り裂くのです」


「つまり、その剣には、俺たちが今までお前に与えてきたダメージが入っているということか?」


「そうです。あなたたちが、私に憎しみを抱き、牙を向けた分、それが自分に返ってくるのです。この世界と同じように! その痛みを、味わいなさい!」


 そしてツァルキールがユダとヘイムに向かっていく。さっきとは違う憎しみに満ちた表情。絶対に勝負を決めるという覚悟を、彼らは感じていた。


 ヘイムとユダ相手に一気に接近。一回転の反動をつけてその聖剣を振り払う。

 後方へ移動では間に合わないと判断した二人は、全魔力を込めてガードするが──。


 ズバァァァァァァァァァァァァァァ!


 そのガードを一瞬で粉砕し、二人の胴体を切り裂く。切り裂いた瞬間、二人の魔力は潰え生身となり後方へ吹き飛ばす。


 まずはヘイム、後方の岩に激突したところ、肩の部分を突き刺す。血が噴き出し、その場に倒れこむ。

 そしてその足元に立ち、言い放った。


「先ほど言いましたね。自分は地獄を見てきました──と。甘いです」


「あなたが見てきた地獄など、私はすでに見ていました。あなたが見てきたぬるま湯より、ずっと凄惨で、残虐なものを、何度も」


 その言葉通り、ツァルキールにとって、彼が見てきたものなど、所詮よくあることで慣れ切ってしまっていた。

 彼とは、覚悟も、見てきた地獄の数も違う。こうした結果になるのは、道理であった。

 そして今度は数十メートル先にいるユダの所へ。



 ユダは、すでに戦える状況ではなかった。

 壁に激突した余波を受け、ユダの全身から、血が噴き出ている。そんなユダに、ツァルキールは憐れむような目で話し始める。


「ユダ。私を裏切ってまで、自らの正義感を貫こうとしたのはさすがです。しかし、下っ端の天使でしかなかったあなたと、この世界すべてを重荷として背負ってきた私では、見ている景色が違うのは自明の理なのです」


 ツァルキールの言葉を聞き、薄れゆく意識の中、ユダは最後の言葉を囁く。


「わしは、示せた。最後まで、己が手で未来を掴むために、自由でいられたようじゃ──。あとはサラ殿。幸一殿だけじゃ。頼んだぞ──」


 そして、小柄な彼女の体が、ぐたりと地面に落ちる。意識はなく、目が覚める様子は、無い。


「残るはおぬしだけじゃ、幸一殿。頼むぞい」


 それを天空から見たイレーナたちの表情が険しくなる。


「つ、強いですね、大天使さん」


「ええルナシー。これで幸一君一人で戦うことになったわ」



「幸君──」




 そして最後の言葉を聞いたツァルキール。背後にいる幸一の方に振り向く。


 そして両手を広げると。


 バサッ。


 真っ白で大きな羽が現れる。神々しく、神聖さがにじみ出ているまさに大天使といった姿だ。


「それが、本来の姿か?」


「ええ。ですが、空中にいると、飛べない相手に対し、有効打をつきにくく、遠距離攻撃の打ち合いになりやすかったので、あえて封印していましたの」


 ツァルキールの言うことはごもっともだ。さっきの戦いで、空を飛んでいた場合、空にいる彼女と、地上にいる二人で遠距離攻撃の打ち合いだけの戦いになってしまい、結局地上で戦わなくてはならない。

 それだけならまだしも、集団戦だと、あらぬ方向から攻撃が飛んでくることもあり、大きな的になってしまい、あえて翼をしまっていたのだ。


「二人は確かに強かったです。ですが、それは人間や天使というくくりでの話。このわたくしには、程遠い存在ですわ」


「けど、彼らの犠牲は決して無駄じゃない」


「あなたたちが唯一有利だった数で勝る。という状況は消え失せました。これで状況は一対一。万事休すです。今ここで降伏を宣言し、剣を置けば命だけは助けましょう。どうされますか?」


「どうされるって、ここで降伏を選択するくらいなら、初めからここに来てないよ」



 もちろん、迷いも、戸惑いもない表情。ツァルキールもそれを感じ取り、これ以上の説得は無駄だと理解した。


「そうですよね。では、行かせていただきます」


 さっきとはスピードが違う。


 もう一対一だから、多少的が増えても、その速さで補える。だから、そのスピードを生かして猛攻をかける。あまりの強さに、天空から見ていたイレーナが叫ぶ。


「幸君!」


「フフッ──。どうしたんですか?」

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