第207話 私の想い。届け!

「ルーデルさんの過去を知っていれば、そこまで彼らに憎悪を抱いているのは理解できます。でも、流されないでほしいんです。その感情に取りつかれて、むき出しにしていたら、戦況も、自分も見失ってしまうます」


 シスカの言葉に、ルーデルがはっとする。


(──確かにそうだ。俺は、今までこいつらを殲滅することしか考えていなかった。それが、冷静さを失わせているとしたら。ただ俺は感情のままに動いているとしたら──)


「すまなかった、シスカ。礼を言う」


 シスカはルーデルの目つきが変わっているのを感じた。ただ怒りに任せるのではなく、冷静さを取り戻した。


(よかったです──)


 そしてルーデルは、剣を構えながら、冷静に状況を分析。

 状況は、悪いまま、変わっていない。


(今の俺ならば、できる)


 彼は一度目を閉じる。

 深呼吸して、精神を集中。近くを極限まで開放し、見えない相手の気配を感じ取る。


(見えた!)


 ゆっくりと開かれたルーデルの眼。それに移る景色は何も変わっていない。

 だが……。


「──よし」


 今の集中で、彼はこの場にある地雷をすべて理解できるようになった。

 歩きながら、その剣を振り下ろす。すると、真っ黒いタロットカードが真っ二つに分断され、蒸発するように消滅。


 さらにルーデルは一歩一歩歩き、次々と見えないタロットを次々と切り捨てていく。


「こいつ。見えていやがるのか?」


 グルーンの言葉通り、今のルーデルには、見えないはずの地雷がどこにあるのか正確に把握できていた。


「だったら……!」


 グルーンは杖をルーデルに向け、大量のタロット地雷を彼の周囲に解き放ち、取り囲む。

 およそ20個近い見えない地雷の包囲網。


 だが、ルーデルは特に焦るわけでもなく、冷静に歩を進める。

 当然、地雷は連続で爆破して行く。


 しかしルーデルは、その爆発をすべて寸前のところで攻撃を回避。それだけでなく──。


(ここだ!)


 ルーデルはスッと後方に1メートルほどバックし、背後から襲ってきたナラトゥースの攻撃をかわす。


 そして見えていない、ナラトゥースの背中を強く突き飛ばし、彼の軌道を変える。

 するとルーデルの狙い通り彼の体に、仕掛けていた地雷が直撃。


 そのまま彼の肉体は舞い上がり、無防備になったところをルーデルの斬撃が見舞う。

 斬撃は彼の肉体を直撃し、そのまま動かなくなる。魔力が切れているのを理解。


「これで相方は戦えない。あとは貴様だけだ」


 相棒を失い、グルーンの顔に、焦りの表情が浮かんでくる。


(仕方がない。使いたくなかったが、賭けに出る)


 グルーンは一歩引いて距離を取り始める。


「素晴らしい。ナラトゥースを破るとは、だが、俺だって奥の手は用意している」


 そう言ってグルーンは両手を上げる。すると、周囲からタロット地雷が大量にあふれ出た。その数、百個ほどはあろうか。


 そしてその地雷は、竜巻の様に舞い上がり、そのままグルーンの頭上で巨大な球を形成していく。


 そして一つの巨大な魔力砲となった。


「俺のタロットをすべて使い込んだ魔力砲だ。さあ、どう対抗する?」


 ルーデルは絶望する。彼は理解していた。今の自分の魔力では、どうすることも出来ない。

 彼自身、シスカに気を配りながら、ダメージを受けつつ戦い、そのあとに全神経を集中させていたのだ。その魔力の消耗は、半端ではなかった。


 どうすることも出来ないという絶望感が、ルーデルの心の中を包み始める。


(俺は、ここで散るのか──)


 と、その時、後方から叫び声が聞こえはじめた。


「ルーデルさん。引いてください。あとは私がやります!」


 シスカだった。彼女が精一杯の声で叫ぶ。必死な表情。


 彼女は、ルーデルと比べればまだ余裕があった。


 そしてこの術式を打倒すことも出来ると自信を持っていた。


 しかし、その術式は威力のためにコントロールを犠牲にしてしまう。


 だから、ルーデルを安全な所に避難させたのだ。


 そうしないと、ルーデルを守れないと理解しているからだ。


「わかった」


 ルーデルは後方に避難。

 そして、グルーンに視線を向け、深呼吸。


(あとは、私が決めるだけ)



 ルーデルは、自分の言葉を受け入れて、変わってくれた。今度は、自分の番だ。


 気弱だった自分。人見知りだった自分。

 そんな自分を変えたいと、彼女はルーデルについていった。失敗したこともあった。足を引っ張ってしまうこともあった。


 それでもルーデルは、自分を見捨てなかった。守ってくれた。

 だから──。


「今度は、私がルーデルさんを守りたい!」


 その想いをすべて魔力に込めて、グルーンの魔力砲に自分のすべてをぶつける。


「私の想い。届け!」


 シスカが作り出したのは、グルーンが作り出したものと同じ円形状の魔力砲。


 だが、色は紫でなく、光り輝く純白の色をしていた。まるで彼女の心を表わしていたかのように──。


「嬢ちゃん。俺様の意地が勝つか、あんたの想いが勝つか。勝負だ!」


 そして両者は自分の持てるすべてを、魔力砲に注ぎ、ぶつけ合う。


 ドォォォォォォォォォォォォン!!


 とてつもなく大きい爆発。耳を支配するような大きい衝撃の音が3人を支配する。


 そして──。


「私の、勝ちです!」


「負けたぜ、嬢ちゃん」


 シスカの攻撃が、徐々にではあるが、グルーンの攻撃を押し始める。

 そして最後には、その魔力砲を吸収し、グルーンに激突。


 障壁程度で防ぎきれないと悟った彼は、その攻撃をもろに受ける。


 彼の肉体は数十メートルほど吹き飛び、倒れこむ。力を使い果たしたしく。そのまま動かない。


 二人がグルーンの元に近づく。


「兄ちゃん。嬢ちゃん。俺たちの負けだぜ。まさかあの地雷が見切られた挙句、魔力砲が負けるとはな」


「──当然だ。俺たちは、ずっと貴様たちを滅ぼすことを目的としてきた。その想いは、誰にも負けるつもりはない」


「私も、隣にいてそれは感じました。そして、迷うことはあっても、あなたたちに勝つことができると」


 それがシスカの気持ちだった。ルーデルは、魔王軍の復讐にとらわれていた。しかし、彼なら勝利のために、それを殴り捨ることができると信じていた。


 いつも彼を見ていた彼女だからこそ、信じられたのだ。


「そうかい、あんたたちの今後、楽しくなるといいな」


 そしてグルーンは蒸発するように消滅。

 二人は遠くを見上げる。


「皆さん、勝ったでしょうか?」


「信じるしかあるまい。どのみち俺たちはどうすることも出来ない」


 すでに二人は力を使い果たし、これ以上の戦闘は不可能。他の仲間たちが勝利するのを、ただ願うしかなかった。

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