第164話 サリアの過去

 その言葉にさらにこの場が騒然となる。


「うそ……、私も、聞いたことが無い──」


 特にサラは驚愕した。幼馴染であり、メーリングの事をよく知っているつもりだった。しかし今初めて知った事実にただ驚くしかなかった。



「知らなかった? 当然よ。だって教えなかったんだもの」


「私もこれは驚愕ッス。まさかメーリングにそんな秘密があるなんて──」


 いつもはそこまで表情を崩さないルチアもどこか動揺しているように見えた。


「私も、サリアも、実験体として実験を受けたわ。サリアはあまりに強い不信感があること、そして彼女が特殊警察NAVDで大事に扱われているから、あまり無茶はされなかったけど──」



 幸一は心の底で納得していた。実際にメーリングと戦っていて、あまりにもパワーが強すぎることに違和感を覚えていた。特に魔力は並はずれたパワーもそうだが、人間の物ではないような感覚だったからだ。


 同時にサリアの事についても驚く。まさか彼女も天使に選ばれた存在だったとは──。



「しかし聞いていないぞ。お前が天使だったなんて、本当かよ──」


 ハメスが動揺してキョロキョロしながらサリアに問いかける。彼もサリアの事は知らなかったようだ──。


 しばしの間沈黙が流れる。幸一たちも突然の出来事にどう言葉をかければいいかわからず黙ってしまう。


 そして観念したのか、サリアはゆっくりと顔を上げ口を開き始めた。


「わかったわよ、全て話せばいいんでしょ……」


「おい待て、いいのか? あれほど話すのためらって──」


「いいわよ、いつかは話さなきゃいけないと思っていたし、それが今ってことでしょ!!」


 ハメスの抑止を振り切り、サリアが周囲に視線を配る。

 そしてサリアに周りの視線が集中し彼女が過去を語り始める。


「私ね、この街じゃなくて遠い山岳地帯で生まれたの」


「そうなのか──」



「ふるさとでは土地、水、火、森、いろいろな物に神様が宿っていると教えられたの」


 その言葉にイレーナが強く共感した。彼女自身も以前住んでいたネウストリアで生まれたのではなく北国のウェレンの生まれ。イレーナにもそれには深い理由があったようにサリアにも理由があったのかと思いこんでしまう



 祖国は豊かとはいえないけれど村人みんなが家族という感じで暖かく平和だったのは覚えているわ


「けど、その平和は長く続かなかったわ。私達っていろいろなものに神様が宿っていると考えている多神教に近い考え方。そしてこの国は絶対的な天使を崇める一神教に近い考えを持っていた、後はわかる?」


 サーリアは肩をすくませてほんのわずかにうつむく。拳が震えていた。

 この場にいる全員が感じた、言うのもつらいのだろう。


「つまり、教会の天使を信仰する奴らに自分たちの信仰を弾圧されたってことだろ」


 ルーデルがあきれ顔でサーリアの会話を遮るように話す。


「えっ? そんなことがあったの?」


 イレーナがその言葉に驚きサラに聞く、そんなことがあるのかと──。

 サラもどこか落ち込んだような顔つきで話し始めた。


「はい、います。信仰をしている者の中にはその深さのあまり他の神様を信仰する人達に攻撃的になり、弾圧をおこなってしまったケースもあります」


「徹底的に破壊されたわ。私たちの文化、生活、そして私たちの部族の首長が処刑された。その後処刑しない条件として強制的に天使達を信仰させられたの」


 予想もしなかった壮絶な彼女の過去に沈黙するこの場。


「だからそれ以上に教会側は嫌い。散っていった私の故郷の仲間の事を考えたら私があなたたちに味方するのは絶対にあり得ないわ」


(そりゃそうだ。こりゃ説得は無理だな)


「だがどうするつもりだ? 政府にも教会にも背を向け続けたまま一匹オオカミでい続けるつもりか?」


 ルーデルの問いにサーリアは黙ってしまう。そして少しの時間が経つとうつむいて暗い表情をしながら答える。


「……今はまだ、答えを出せていないわ」


「まあ、すぐに出せっていう方が無理ッスよね──」



 想像を絶する生まれ、平和な世界で生まれた幸一が、どんな説得をしたところで無意味だろう。

 彼はそれを理解していて、そんな言葉はかけなかった。


 そしてサリアとメーリングの話を聞いて幸一は一つの疑問に気付く。


「じゃあ、メーリングも実験体だったってことなの?」


 サリアが実験を受けていたのなら、メーリングだって受けていてもおかしくはない。


 幸一の問いにメーリングは特に表情を変えずいつもの無表情のまましばしの間黙りこくる。


「んで、メーリングは何がしたいんだ?」


「とりあえず話しましょう。天使達も交えて──、せっかくここまで来たんだもの」


「天使達を交える──、出来るのか」



「ここは元々人間と天使達が出会い、交流をしていた場所。今もその機能は残っているわ」


「そ、そうなんだ──」


 メーリングの言葉にサラが驚いて反応する。



「天使ッスか、ぜひ拝んで見たいッスね。楽しみッス」


 ルチアの好奇心を含んだ言葉、しかしメーリングは彼女に視線を向け、言い放つ。


「いいえ、あなたはダメよ。制約があるの。私達天使に選ばれた三人でなければダメよ。あの部屋で交流をするには一般の人物がいてはだめなの。それで、私は行く気満々。二人はどうするの?」


 その言葉にサリアはと幸一が互いに視線を合わせる。ルチアは両手を頭の後ろに組み不満そうに顔を膨らませる。


「ちぇっ……、いいチャンスだったのに」


 そして──。


「私は、行くわよ。それしかないもの──」

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