アストラ帝国編

第149話 新しい地、大聖堂の街ビロシュベキ・グラード

 ガタゴトと馬車が揺れている。

 馬の歩き音の奏でる軽快なリズムに車輪が石畳を転がる音。

 二人は潜入作業としてネウストリアからアストラ帝国首都ビロシュベキ・グラードへ移動を行い、たどり着こうとしていた。



「そろそろ着くでやんすよ。ウェルナー様、ここが目的地です」


「あ……、そっか。ミサラ、そろそろ起きてよ。着くって」


 平野を超え、山脈を越え、馬車に揺られる事一週間。長旅で疲労がたまったせいかサラは眠っている。

 幸一はそんな事を察し今までサラを寝かせておいた。そして彼女の肩を優しくゆする。


「ミサラ、ん、んん……。あ、もう着くんだ」


 寝ぼけながら一瞬慣れない名前に戸惑い首をかしげたサラだが、すぐにはっと我に帰り言葉を返す。

 マティルデ・ウェルナー。それが裕福な商人の息子で数ヶ月前に隣のサラと結婚した、それが幸一がこの地に潜入するために作った偽りの設定だ。設定だけでなく茶髪に髪色を変えている。


 ちなみにサラにはマティルデ・ミサラという名が与えられている。互いにとっさに本名を言ってしまわないよう普段からウェルナー、ミサラと言い合うようにしている。


 イレーナとルーデル、シスカは別行動でこの国にすでに入国済みだ。


 二人とも背筋を伸ばして幌の外を眺める。すると歴史ある雰囲気を感じさせる石造りの視界に入る。


 これが二人が潜入作業をする街ビロシュベキ・グラード。

 幸一達の世界で言えばイタリアのような雰囲気に近かった。



 そして馬車は街の中心にたどり着く。


「しかしいろいろと警戒を怠らない方がいいでやんす旦那様。この街見てくれは信仰深い教徒に囲まれて質素で素朴な街でやんすが、裏じゃあマフィアがはびこり変なうわさがうようよ立っているでやんすよ」


「なるほど、現地の情報も知っているのか」


 独特な口調で助言しその街並みに視線を向ける案内人の男性もどこか怪しい雰囲気を放っている。


 くたびれた黒いスーツを身にまといながら西の方を指差しにやけ顔で語りかけてくる。


「うまい地場産の酒なら西の海岸沿いの酒場にあるといいでやんす。地元の人がよく飲む酒が安く手に入りやんす。ミサラさんで性欲が満たされないというのなら隣の地区に可愛い女の子がそろっている娼館が──」


「いやいやいやそんなことないですって。余計なお世話ですから」


 娼館という名前を聞いて幸一は思わずあわあわと手を振り慌てる。隣にいたサラは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


「ああ、ミサラちゃんで十分でやんすね。っていうかイレーナ様がいるんでしたねこれは失礼でやんす」


 にやけた笑いをかもしながら案内人は馬を止める。


 くれぐれも新婚夫婦の商人で教会に紹介する商品があるという面もくでこの地に来る事になっている。

 確かにサラはこの国生まれで地理や歴史にも詳しい。そしてサラの知り合いがいるという情報も入っているのでいざピンチになった時に味方になってくれたりかくまってくれる可能性もありその点も優位に働く。


 また、イレーナはお嬢様で国外問わず有名な存在で変装をしたとしてもどこかで気づかれてしまう可能性が高いので偽りの立場を演じての潜入には向いていない。


 なのでサラを妻と設定になったのは妥当だ。

 そんな事を考えていると馬車は積荷を下ろしこの場から去っていく。


 噴水がある中央広場、周囲を見回すと修道服を着た信者らしき人が多い。それだけでなく猫耳などをつけている亜人などもいて人通りの多いにぎやかな通り。

 そこで馬車を見送った後視線を北に向ける。


「ああ、大聖堂。なつかしい……」


 幸一の世界でたとえるならばアヤ=ソフィアを彷彿とさせるような形の建造物だ。

 大きさも幸一達が住んでいた首都ネウストリアにある大聖堂よりずっと大きかった。


 そして入口に歩を進める。門番のシスターに偽名の名前を話し二人の身分証明書を渡す。

 シスターは少しあたふたし出して「少々お待ち下さい」と一言言った後早足で大聖堂に言ってしまう。


 幸一とサラは不安げな表情になり顔を見合わせる。五分ほどするとシスターの人がすたすたと歩いてやってくる。そして申し訳なさそうな表情をしながら二人に話しかける。


「申し訳ありません。ウェルナー様、ミサラ様ですね、確認が取れました。今案内します」


 そう言ってシスターは中に入っていく。幸一とサラもそれについていく形で中に入っていく。



「中、神秘的だね──」


 天井には神秘的な幾何学模様が描かれている。正面には大きな天使の像、それに向かって多くの信者の人が手を合わせ祈りをささげていた。


 それを見た幸一はこの国の信者達の信仰深さを強く感じた。


「ミ、ミサラ、この国、信者の人は多くて信仰深いのかな?」


「そうですウェルナー、この国は実際に教会の法皇と天使が出会った場所として有名で天使を強く信仰する人、そしていろいろな国からも信者が来ているんです」


 慣れない偽名にたどたどしさを感じながら二人がこの国の事について話す。



 歩きながら話をしているとシスターの人が小さいドアを開けて中に入る

 二人もそれに続いて入ると宣教師らしき人がシスターに話しかけていたり礼拝の予定の打ち合わせをしている声が聞こえ出す。どうやら関係者だけが立ち入りを許されている場所のようだった。



 そして一番奥の部屋をノックして入る。

 豪華な家具や飾りものに彩られた部屋。その椅子に目的の人物は存在した。


「おお、勇者様とミサラ様ですか。ユダ様からお聞きになりましたぞ」

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