第146話 青葉の想い

「……あっ」


 そして青葉の元の人格が戻る。同時に今までもう一つの人格が行って来た事の記憶がよみがえる。

 悲しみにくれポロポロと涙が溢れ出す。


「ごめんね……、私わかっていたのになにもできなかった」


 ぎゅっと青葉の両手を握りしめその瞳をじっと見つめる。瞳から涙が止まらない。自分が罪悪感、無力感、そして愛する人、無実の人達を傷つけていたという事実が青葉の胸を鎖のようにしめつける


 その表情を見て幸一は必死に青葉に声をかける。


「そんなことない、青葉が必死にみんなのことを想って魔獣になることを拒んだから俺は勝ったんだ。青葉のおかげだよ、俺がここにいるのは」


 首を横に振りきっぱりとした物言いで、言葉を返す。青葉には彼の正論が心にとても沁みた。


 事実青葉が強く魔獣になるのを拒んだからこそフィリポは青葉の人格を封じ込めざるを得なくなる。

 その後も懸命に抵抗を続けたおかげで、その感情を封じ込めるために猪のように感情的にならざる追えなくなりその弱点を着くことで幸一は勝利することが出来た。


 彼女がフィリポに心から屈してしまい全てをあきらめてしまったら結果は違うものになっていただろう。


 それだけではない、何より青葉がフィリポの力に屈していないという事実が幸一にとって力をくれた。





 ギュッ──。






 青葉はそっと幸一を抱きしめる。そして彼の右手を両手で強く握る。青葉は手に持っていた物を幸一に手渡す。


 幸一が視線を移す、それは手のひらサイズの透き通った青い色をした宝石だった。



 すると青葉の肉体が光となって消滅していく──。

 最後の力を振り絞って幸一に自分の想いを伝えだす。青葉の優しく微笑んだ顔。


「教えてあげる、あの状態のなる代償としてね。負けたら私の肉体ごと魔力が消滅しちゃうの。私の最後の想い、受け取って」



「まて、最後なんて嫌だ。取り消してくれ、今の言葉」



 幸一の必死の懇願、しかし青葉はフッと微笑を浮かべ顔を横に振る。


「ダメよ──、この世界にいたら、また今みたいに迷惑かけちゃうもの──。私は捨て駒になってみんなを傷つける事なんてしたくはないわ」



「お前は捨て駒なんかじゃない。大切な人だと、友だと、今も思っている」


 必死に想いを伝える幸一、すでに青葉の身体の下半身は消滅、徐々に消滅していく中で青葉は最後の言葉を伝える。


「ありがとう。良かったわ、最後にこんなうれしい言葉を聞けるなんて。だから私の最後の力で──」


「みんなを守ってあげて……」


 目から涙を流しながら言い放つ最後の願い。そして彼女の肉体は完全に消滅していった。

 救えなかったという事実が彼の胸に強く深く刻まれる。


 まだ青葉の温もりが残っている。彼女はもういない………。


(青葉……、守れなかった。ごめんな)


 抱き締めていた腕を見つめながら幸一はあふれでる涙を止めることが出来なかった。








 一方イレーナとルーデル、シスカ──。


 一端この場から消えたはずの天使フィリポが再び姿を現し困惑の表情を浮かべる。


「トリシュ―ラを倒しましたか、素晴らしいです」


 ルーデルが彼女ににらみを利かせる。

 穏やかだがその声の底からは底知れぬ闇を感じていた。


「何の用だ、貴様が用意した切り札はすでに敗れた。見苦しいいいわけでも吐き捨てに来たのか」


「そうです、用件があるならはっきりと言ったらどうです?」


 強気な表情で叫ぶルーデルとシスカ、しかしフィリポは余裕を崩さない。


「流石はあなたたちとほめておきましょう。しかし勝負が決まったわけではないですよ──」


「もったいぶった言い方はよせ。言いたいことがあるならさっさと言え!!」


「こういう事です。見てて腰を抜かさないでくださいね」


 そう微笑を浮かべ呟きながらフィリポは左腕を上げる。そしてその左腕に魔力を込める。

 すると──。




 シュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ──!!!!



「え? 何で?? トリシュ―ラが復活してるの??」


 予想もしなかった事態にイレーナが思わず叫び目を丸くし視線をキョロキョロとさせる。

 なんと先ほど倒したはずの「トリシュ―ラ」がよみがえったのだった。


 それもさっきより巨大になり邪悪なオーラを醸し出している。恐らくパワーアップしているのだろう。


「先ほどまでは通常体のトリシュ―ラでした。しかし今のトリシュ―ラは違います。私の魔力を注入し魔力やパワーを二倍にしておきました。あなたたちは先ほどまでの戦いでかなり魔力も体力も消耗したはず。さあ、頑張って倒してください。私たちからこの世界をまもるのでしょう? では、私はこれで──」


 ピッ──。




 フィリポのニヤリと笑みを浮かべ自信満々に話す。勝利を確信しきった表情。

 そして指をはじく。そして指をはじくと彼女の身体が三人の前からパッと一瞬にして消えていった。


 一方三人に絶望感が広まる。すでに持てる魔力のほとんどを使い尽くしてしまい余力はほとんどない。


「それでも戦うしかないもん──」


 イレーナはぎゅっとこぶしを握る。勿論ただの強がりだ。身体は震え恐怖が彼女の思考を支配し始める。無謀だと理解している。

 それでも立ち向かう、それがイレーナという人物であった。そして──。


「イレーナさん、私も戦います」


「俺もだ、強大な魔獣を目の前にして──、背を向ける事は出来ない!!」


 シスカとルーデルも立ちあがり叫ぶ。

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