第120話 でも、私だって闘わなきゃ

怒りの感情が彼女の胸の中を煮えたぎらせる。幸一を見ながら、憔悴しきった目で訴える。

 自らの恵まれない過去を思い出しながら──。


「どういうことだ?」



「結局私らはまともに生きる道なんてなかった……」



 利用され、消耗品のように使い倒され結局は悪の道に走るしかなかった。そんな人生を呪い始める。貴様たちのように才能にも恵まれず王女として、勇者として生きることもできなかった、貴様たちに私に何がわかるのかと──。




「そんなことない!! 私だって最初っからそんな道を選べたわけじゃない」


 強気な口調でイレーナが反論する。


 王家の血を引いているわけではないので王権を継ぐことは出来ず父親からは忌み子のように扱われた。それでもイレーナは曲がったりせずにまっすぐに苦しみながら生きてきた。だから今のイレーナがある。




「つまり、私があんたの立場に立っても、あんたが私の立場に生まれても同じ結果に生まれたって事かい」


「そうだな。イレーナならどんなことがあってもお前みたいにはならなかった。ずっとイレーナといた俺なら、それがわかる」



 そう言いながらイレーナの手を握る。互いに見つめ合い顔がほんのりと赤くなる。ペドロはその言葉を聞いて悟る。自分が負けたのは自明の理なのだと。


「フッ、二人には負けたよ。私はスキにしな──。だが肝心なことを忘れているよ」


「えっ──?」



「レイカだよ。あんたたちに力を与えた代償は、大きかったみたいだね──」



 そう言いながらペドロは後方に視線を向ける。経験深い彼女にはレイカがやったことの代償が理解できていた。慌てて幸一とイレーナも彼女に視線を向ける。


 すると──。



「レイカ──、大丈夫か?」



 ぐったりと倒れているレイカの姿がそこにあった。二人が慌ててレイカに駆け寄る。

 そしてレイカの顔つきを見て事態の深刻さに気付く。



 ハァ──、ハァ──。



 レイカの息が荒い。恐らく大きく魔力を消耗した上になけなしの魔力を幸一とイレーナに供給していた。その影響が彼女を襲っているのだろう。


「レイカ? 大丈夫?」


「しっかりして!!」


 二人の呼びかけに返事どころか反応もしない。

 目がうつろになり生気が消えていくのを感じた。最悪の結果が二人の脳裏によぎり焦り始める。





(このままじゃレイカは……、どうすれば──。そうか!!)


 そして幸一は背後にいる初語龍に振り向く。


「初語龍、力を貸してくれ。世界を作った龍なんだろ、イレーナと関係があるんだろ」


「お願い、レイカを救って。力を貸して!!」



 すると後ろに見守るように存在していた龍がその声に答え始める。





 グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ──!!







 初語龍が雄たけびを上げる。するとその肉体が光り始めた。淡い白い光で力強くどこか温かみを感じる光、そしてその光は龍からレイカの体に移動する。



 するとレイカの身体に魔力が灯り始める。彼女の体力が回復し出し意識が回復し始めた。

 おぼろげながらにレイカが目を開ける。


「イレーナ……、幸一──」


「レイカ──!!」




 意識が戻ったレイカを見て二人はほっとし笑みを見せ始める。

 すぐにここから抜け出すため幸一が背中に彼女をおぶう体勢になる。歩いてここを出るのは難しいと感じたためだ。


「そう言えば初語龍はこの後どうなるんだ?」


「初語龍はイレーナ様について回っています。これからもそうなるでしょう。あなたたちが行きづまった時、その想いを叫んで読んでください。きっと二人に力を貸してくれるでしょう」


 アーネルがそう答えると再び頭を下げた。

 急ぐように幸一達はこの場を出ていく。ペドロに戦う意思も力もない、そんな決着がついた形で──。












 幸一達が死闘を繰り広げているころ。

 街の郊外。針葉樹の森が生い茂るこの森に一人の少女。



 森の木々は小枝だったようにバキバキに折れ、所々から火が吹いている。

 ここは今、戦場と化している。


「まじかで見るとますます強く見えるわね。本当に強そう」



 青葉であった。強大な魔獣「ギガース」と相対しながら感じていた。

 50メートルはあろう巨体。漆黒の肉体は不気味さ、強大さをとても象徴している。


 他の冒険者や兵士達は街で魔王軍の残党と戦っているか負傷により病院で手当てを受けていてここにはいない。


 青葉がそう指示したのである。


(私の実力じゃ、とても彼らを守るなんて出来ない。悔しいけれど例え勝っても周りを見ることまでは手が回らないと思う)


 彼女はイレーナや幸一に比べれば爆発的な威力で戦うことは出来ない。

 いつもはどちらかと言うと裏方で活躍するタイプであった。


 どうしたって単純な実力で二人に劣るのは理解していた。

 しかし二人はいまペドロ達と必死になって戦っているはず。二人が戦っている今彼女以外に大型魔獣と戦えるのは青葉しかいない。

 いつまでも二人ばっかりに任せているわけにはいかない。


 そんな決意を青葉は胸にここにいる。


「でも、私だって闘わなきゃ」


 ぎゅっ──。


 握りこぶしをしながらに囁き。身体はわずかに震えている。

 怖くない──、と言えばうそになる。


(怖くない……。わけないでしょこんな敵。初めてよ──、手がこんなに震えているのは。でも幸君だって、イレーナだって、立ち向かって来た。こんな強い敵に)



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