第69話 邪法の賢者→執愛の愚者④
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「ふぁ……」
目の前に大勢いる、武装した兵士さんたちの数に圧倒される。
吹雪の音に負けないぐらいザワザワと騒がしく、密集した人の熱で湯気みたいな煙まで立つぐらいだ。
ここは王都の結界のすぐ外。
猛吹雪吹き荒れる森の中に設置した、突貫で造り上げた簡易の砦前。
ヨゥがちょちょいと伐採して雪原と化したとても広いその場所で、オレはただただ人の多さに目を白黒させてポカンとしている。
「こ、こんなに集めたの?」
い、いったいどうやって……。
背の小さなオレでは到底全員の姿など見えないほど、人・人・人で埋め尽くされている。
たぶん数十から数百名単位で身に纏う鎧や武具の形を揃えている集団が、少なくても10以上。
ミィから聞いていた話だと、協力してくれそうな有力貴族さんに片っ端から声をかけていたそうだから、たぶん鎧の違いは所属している貴族さんの違いなんだろうか。
「姫、ボサッとしてたら迷子になるよ。ほら、こっち」
ヨゥに右手を引かれながら、砦の中へと歩を進めた。
入り口を守る衛兵さんは、ヨゥの顔を見るや否や
「リヴァイア様、お待ちしておりました! 侯爵様方は奥の会議室で最後の打ち合わせをしておられます!」
リヴァイア……様?
ん? 誰のこと──あ、ああ。そっか、ヨゥのことか。
「ああ、ありがとな。えっと、ヘンデルスだっけか。この間はご苦労様、助かったよ」
「い、いえ! 自分なんか何もお役に立てず、大変恐縮です!」
頬を真っ赤に染めた衛兵さんはブンブンと顔を横に何度も振って、ヨゥにぺこぺこと頭を下げた。
「じゃあ、本番もよろしく。隊の他のみんなにもそう伝えておいてくれ」
「は、はい!」
オレはヨゥの足元からその衛兵さんの顔を見上げている。
この角度でも分かる。
この衛兵さん、ヨゥの事……好きなんだ。
「姫、ここは冷えるから早く中に入ろう」
「う、うん」
ヨゥに背中を押されて、大きな木造の観音開きの扉を潜った。
突貫で造ったにしてはかなりスムーズに閉まる扉の隙間から、もう一度衛兵さんの顔を見ようへと振り返ると、目尻をとろんと蕩けさせて惚けていた。
「ん? 姫、どうしたんだい?」
そんなオレの様子を不思議がって、ヨゥはオレの頭を被っているフードの上からポンポンと優しく叩いた。
「え、えっと。あの人は誰?」
「ああ、住民を外に避難させる時に手伝ってもらった兵団の一人だよ。侯爵領の都市守護兵団だったかな。結構話しかけて来るからなんとか顔と名前が一致したんだけど、他の兵団員の顔はちょっと自信ないんだよなぁ。いや、待てよ? ヘンデルスで名前合ってたか? ヘンデース……いや、レンデルセン……レーデウス……まぁ、いっか。向こうは何も言って来なかったからヘンデルスで合ってるだろきっと」
頭の後ろをボリボリと掻いた後、ヨゥは
あ、これ。
あのヘンデルス(仮)さんの事、なにも気にしてないヤツ。
うわぁ、なんか可哀想なんだよ。
お気の毒なんだよ。
「姫、ヨゥ。こっちだよ。遅かったじゃないか」
砦の奥。
薄暗い廊下の突き当たったところで、フゥがオレたちに向かって手を振っていた。
機能性も何も考えず、とにかく頑丈である事を第一に建築したこの砦には採光用の小窓なんて存在しないから、廊下の両側の壁に幾つもの松明が設置されている。
そんなメラメラと燃える火の灯りにフゥの
「ごめんごめん。腹拵えに手間取っちゃってさ」
「5号の作ってくれたお弁当、ヨゥが全部食べちゃった」
緊張であんまり食欲が沸かないオレや、忙しくてご飯を食べている暇も無いミィとヨゥの分まで全部ヨゥが平らげたんだ。
食後のお茶までまったり堪能してたよ。
「はぁ、キミはほんと。緊張感ってもんが足りないんだから」
口をへの字に曲げて呆れた様に、フゥは肩を揺らしてため息を漏らす。
「5号の飯は出来立てが一番美味いんだって。いつも研究や観測に没頭してせっかくの飯うも冷ませちまうアンタにゃ分からないだろうけどね」
「せっかくのお弁当、腐らせるのも勿体ないしね」
オレもちょっとだけ食べたんだよ?
トマトとローストビーフのサンドイッチっぽいやつ。かかってたソースが絶品でした。
でもやっぱり全部は食べられなかったや。5号に申し訳ないなぁ。
「まぁいいさ。今中ではミィやレリアさんたち、それに各貴族の当主たちが作戦の最終確認を行なっているんだ。一応作戦立案者は僕とミィだから全部把握はしているんだけど、とりあえず顔だけは出してやってくれ。一応みんな、協力者だからね」
「了解、姫はどうする?」
「んー、本当はあんまり姫を矢面に立たせたくないんだけど。どうだい姫?」
背の高い二人に見下ろされて、オレは口をポカンと間抜けみたいに開けている。
「ど、どうだいって言われても……んー」
今日この時に至っても、オレは自分が何をすれば良いのか分かっていない。
だから作戦会議なんて重要な物にオレが参加していいのかすら判断できない。
い、イド。どうしよう。
【そうですね。貴族たちの顔を知っておいて損は無いと思います。果たして本当に信の置ける人物かどうかなんて、やはり接してみないと分かりませんから。それに立場的に姫はミィやヨゥ、そしてフゥと言ったこの作戦の要となる戦力を従える主人です。礼儀としても一度会っておくのも良いかと】
そ、そうだよね。
みんなエイミィを助けるために集まって貰っているわけだし、お礼の一つも言っておかないと失礼だもんね。
「フゥ、オレも会議に参加させて」
「……うん、分かったよ。大丈夫。大事な話や段取りは全部僕とミィが把握している。姫はエイミィさんのことだけ考えていればいいから」
隠しきれないオレの不安を察してくれたのか、フゥは人懐っこい微笑みを浮かべた。
オレの頭にポンと手を置き、すぐ隣の大きな扉のドアノブを捻ってゆっくりと開く。
「ミィ、姫とヨゥが到着したよ」
扉の向こうには大きなテーブルとたくさんの簡素な椅子が置いてあって、その周りにとても豪華な服を身に纏った年配の男性が何人も取り囲んでいた。
ミィは部屋の一番奥。
白髪と白髭を蓄えた表情の硬いお爺さんの横に、レリアさんと一緒に並んで立っている。
「ええ、姫。こっちにいらっしゃい?」
ミィの手招きに従って、人と人の間を潜って部屋の奥へと進む。
ヨゥとフゥはオレの後から続いて部屋に入り、その動きに従ってみんなが道を開けてくれた。
『あの子が……ミィ殿やフゥ殿の主人』
『なんと、まだ小さな子供ではないか』
『どこの国の要人か、誰か知っている者はおらんか』
『あれほどの従者の主人にしては……幼すぎるな』
ザワザワ、ヒソヒソと。
隠す気も無いように思える内緒話で部屋の中が騒がしくなった。
「え、えっと。おまたせミィ」
部屋の空気に気圧されながらなんとかミィの元に辿り着いた。
これだけの大人に囲まれていると、自分が何か悪い事でもした気分になる。ちょっと息苦しい。
「あら、姫ったら大丈夫? 顔がまだ青白いわ。やっぱり昨日はあんまり寝付けなかったのね? ご飯はちゃんと食べた? 少しでも良いから食べておかないとダメよ?」
ミィは膝を曲げてオレと目線を合わせると、オレの右頬に手を添えて優しく撫でる。
「う、うん。お弁当、少しだけだけど食べたよ」
「そう、あまり無理はしないで欲しいのだけれど。そう言われたって姫は無理しちゃうわよね?」
眉を落として心配そうにミィは笑う。
オレの気持ちを、ミィもヨゥもフゥもちゃんと分かってくれている。それだけでとても落ち着く。
だから、大丈夫。
「アウロダイン侯爵、ご紹介させて頂きますわ。こちらラァラ・テトラ・テスタリア様。我らが主人に御座います。姫、この方がディーン・テウロぺ・アウロダイン侯爵閣下です」
ミィは立ち上がりながらオレの両肩に手を置いて、隣で椅子に座る白髪のお爺ちゃんに向き直る。
「ふむ……椅子に座したままの体勢で申し訳ない。儂がディーン・テウロぺ・アウロダインです。隠居寸前の耄碌したただの爺だ。そう畏まらなくても恐れずとも結構です。いや、女子供に好かれる顔では無いと自覚はしているのですが」
短い白髪に、口周りに蓄えた白髭。
なんとなく、「ザ・将軍」ってイメージが勝手にオレの頭に浮かぶ。
顔に深く彫られた皺や、頬や眉間に刻まれた傷。
年配の方にしては大きすぎる肩幅に、全体的に盛り上がった体。
座りながらも杖を持って体を支えてるにしてはガッチリしすぎているし、その杖も持つ手の指一本一本が無骨で太い。
「今回の件に関しては、小さき姫君やその従者様にはなんと申し上げれば良いのか。この国の侯爵を拝命しておきながら、ついぞ王都の異変に気づけなかったこの身が恥ずかしく思います。まこと、姫君には感謝しております」
アウロダイン侯爵さんは椅子に座った状態で無理やり腰を曲げて、オレに頭を下げた。
「アウロダイン卿! この娘は貴族なれどこの国の者ではございません! その様な者に卿が礼を取るなど──!」
うわっ、びっくりした。
アウロダイン侯爵さんの後ろにいたちょっとハゲた小太りの男性が急に声を荒げたから、おもわずビクッとしてしまった。
「──────馬鹿者! この国の危機を愚かな我らに知らせてくれた大恩ある方であるぞ! 良いか! この砦、ひいては反乱軍の者全員に正式に通達する! ラァラ姫君やその従者方には全霊を持って礼を尽くせ!」
物凄い剣幕と声量で怒鳴るアウロダイン侯爵さん。
その姿はオレがさっき抱いたイメージどおりとても怖い。
あんまりにも怖かったから、ヨゥの脚に思わずしがみついてしまった。
他の男の人たちもオレと同様にアウロダイン侯爵さんが怖かったらしく、みんな顔を引きつらせてにじにじと後退していく。
「ああっ、これはこれは! 大変申し訳ない! 怖がらせてしまったようですな!」
そんな侯爵さん本人は、オレが怯えているのを見るや困った様に取り繕った。
「ラァラ姫様……」
「わっ、レリアさん」
オレの耳元でそっと呟いたのは、レリアさんだ。
2号が用意した生前のレリアさんの姿を模した魔導具、『
綺麗な騎士鎧を身に固めた、ベリーショートの短髪姿がよく似合う美人さんだった。
エイミィの家臣団である他の故人13名も、部屋の壁に一列に並んで顔を揃えている。
みんなオレの視線に気づくと、深々と頭を下げて挨拶をしてくれた。
彼らはレリアさんと同じく、エイミィから引き剥がされた後に拷問や乱暴を受けて、皆とっくの昔に亡くなっている。
その魂は怨念として土地に定着し、精霊たちの導きのままにこの地の死者との対話を繰り返して邪法陣の完成を遅らせていたそうだ。
いったい2号がどうやって調べて、どうやって形作ったのかはわからないけれど、レリアさんを含めて14名。
全員が生きていた頃の姿の『
「アウロダイン卿は、エイミィ様の母方のお爺様であらせられます。私が侯爵家に訪れるまでエイミィ様は先の反乱で亡くなられてしまったとばかり思われていたようで、ラァラ様への感謝の念はより深く大きい物と思われます。どうかよろしければ、その好意を受け取って頂ければ幸いです」
「エイミィの……おじいちゃん……」
レリアさんに言われて、改めて侯爵さんの顔を見る。
年齢は結構上……たぶん60歳とかもっと上……。
そっか。
エイミィには、まだ帰るべき場所が残っているんだ……。
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