第59話 王都アングリスカ→氷の封魔城⑥


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「へぇ、珍しい事もあるもんだ。この王都に外国から旅人が来るなんて、何年ぶりかなぁ」


 何だか眠そうな目をした衛兵さんが、王都の城壁に存在する門でオレとミィを出迎えた。


「何か身分を証明する様な物、持ってる? ああ、昔に国境で発行してた割符とかでもいいんだけど。他所の国のでも良いよ」


「……そんな適当で良いの?」


 ミィが呆れた顔で衛兵さんに何かを見せる。

 ボロボロの羊皮紙みたいな紙で、表面にびっしりと文字が書かれて赤い判子が押されているソレを、衛兵さんはヘラヘラ笑いながら受け取った。


「まぁ、この国は10年前の革命以降、ずっと平和だからねぇ。今の王陛下の抱える騎士団や魔法兵団も居るし、この都で何か悪いことをしようもんならあっという間に捕まっちゃうよ。おっと、こりゃ随分古い証文だね。えっと……うん、読めねぇや。まぁ問題ないでしょう」


 よ、読めないのに?


「おーい! 開門してくれぇ!」


 衛兵さんが城壁の天井部分に向けて声をかけると、地響きと振動を伴って大きな門が開いた。

 左右開きの分厚い木と石でできたその門は、所々が破損してたりひび割れてたりして、例えばミィとかヨゥなら容易く壊せそうなほど脆く見える。


「私たちが何の目的でこの都に来たとか、聞かないの?」


「おっと、一応聴いておくか。お嬢さんたちはこの王都アングリスカに何用で?」


「……観光よ」


「なら何も問題ないね。ほら早く行った行った。今ちょうど良いとこなんだよ」


 ミィの冷ややかな視線と声色を意にも介さず、衛兵さんは城壁外側にある簡素な丸テーブルに座る同僚の兵士さんを指さした。

 そのテーブルの上には、おそらくお酒が入っているであろう木製のジョッキと、何だか手作りっぽいボードゲームの様な盤と駒が置いてある。

 しかもその隣には、十数枚は重ねた硬貨が置いてあって、つまりゲームで賭け事をしているであろう事はオレでも分かる。


「呆れた……貴方たち、こんな真昼間からお酒なんか飲んでるわけ?」


「細かい事言いなさんなって。この王都は新王様のお力により常春の結界が施されてるんだ。外の吹雪のせいで滅多に来訪者なんか来ないし、こんな陽気で飲まねぇなんてお天道様

に対して失礼だろ? 俺らだってちゃんと軍の出立や帰還の時は仕事してっから、見逃しておくれよ旅人さん」


 ふわぁ……不真面目を指摘されても開き直るとか……この衛兵さん本当ダメなおっさんだぁ。


「……まぁ、私たちには関係ないから別に良いんだけど。都の外から魔物や野盗なんかが来たらどうするの?」


「さっき言ったろ? 騎士団や魔法兵団、それに軍の連中が何とかしてくれるって。それに魔物なんか結界が邪魔して王都には入れないよ。考え過ぎ考え過ぎ」


 ミィはかなりわざとらしいため息を一つ、大きく吐いてオレの手を取る。

 そして何も言わずに門を潜った。


「おーい、もう門を閉じても良いぞぉ。早くゲームの続きをしようぜー」


「あいよー」


 城壁の上から誰かの声がしたと思ったら、開いた門がすぐに閉じ始めた。


 ちょ、ちょっと待ってまだオレたち通ってる最中じゃんか!

 急ぎ足で門を通り過ぎて、王都の中へと足を踏み入れた。


「……この国の兵はかなり平和ボケしちゃってるみたいね。まぁ、ここが安全である証拠かしら」


「さっき衛兵さんに見せたのって、なに?」


 苦虫を噛み潰した様な顔をするミィ。

 オレは話題を変えるために質問を投げかける。


「ん? これ? 偽造した姫の身分証と私とヨゥが従者である事の証明書。ほとんどの大陸で使用できる様に旧皇帝支配圏の言語で書いたんだけど、この国じゃ通じなかったみたいね。栄えてる国だと大体通用するわよ?」


「ぎ、偽造したの?」


「ええ、証明書だと姫はとある国の貴族の娘って事になってるわ。一応、足がつかない様に20パターンぐらい用意してるんだけど」



 そう言って、ばさりとその手に紙束を取るミィ。

 使われている材質や紙の色、ボロボロ具合や印章の形も様々だ。


「国によってはこれの存在も知らないところもあるし、適宜その場合に応じて色々と設定も考えてあるわ。全ては姫の自由な旅のためだもの。当然よ」


 ふんすっ、と鼻息を荒くしながら紙束を瞬時に『倉庫』に移すミィ。


「それにしても、王都と言いながらなんて活気の無い街なのかしら……」


 城壁から少し歩いた、ここは多分大通り。

 行き交う人もまばらで、道は荒れ放題でとても汚い。


「ほんとだね。遠くから見たらお城が綺麗だから、もっと人で賑わってると思ってたんだけど」


 実際に来てみたらそうでもなかった。

 て言うか、朝まで居た町の方がまだ生活感があって賑わっていた様にも見える。


「とりあえず、この国に何が起こってるのかはヨゥの報告を待ちましょうか」


「そういえばオレ、この国の名前すら知らないや」


 到着してまだ二日目だけど、今立ってる土地の名称を知らないのは流石に無知が過ぎると思う。反省しよう。


「あれ、言わなかったかしら? この国の名前」


「うん、聞いてないよ」


 ミィと手を繋ぎながら、大通りの真ん中を堂々と歩く。

 何だかやつれたおじいさんとすれ違って、その顔のあまりの正気の無さに少し怖くなった。

 ミィの身体に少しでも近づこうと思い、繋いだ手を引いて身を寄せる。


「この国の名前はブライト。ブライト氷河国よ。国の真ん中を縦断する形で流れる氷河を起点にして興った国なの」


 ブライト……また、エイミィの名前と同じ。

 エイミィ・ブライト・アングリスカ。


 それが、オレに助けを求めた蒼い少女の名前。


 ねぇエイミィ?

 この国と王都の名前を冠するキミは、一体どんな罪で囚われているの?


 知りたい。

 知って、もしキミが辛い思いをしているなら……オレがこの手で、助けてあげたい。


「さぁて、まずは安全そうな宿を探しましょうか。そこでまずは結界を構築して、安心したら5号の作ったお昼を食べましょう」


「う、うん。楽しみ……だね」


 閑散とした王都アングリスカの大通りを、オレとミィはのんびりと歩き続ける。


 その後ろ姿を追う不穏な瞳に、オレは気づいていなかった。

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