第45話 白銀の世界→姫とかなり可哀想なおじさん達④


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「よっと。ここで良いかな?」


 ぼすんぼすんと柔らかい音を立てて、ミィとヨゥが雪原に着地した。


「んー、大丈夫じゃないかい? こうも吹雪いてたらアタシらが空飛んでるとこなんか誰にも見えてないだろうさ」


 外套マントをばさりと翻して周囲を警戒するヨゥ。

 ここは町から少しだけ離れた森の中。


 雪化粧で覆われた木々に隠れる様にして、オレたちは注意深く遠くの町を観察している。


「そりゃそうね。それにしてもどう言う気候なのよこの猛吹雪は。止む気配が微塵もないんだけど?」


 空を仰ぎ見ながらミィは不機嫌そうに愚痴を零す。

 

 結局飛んでいる間中、ずっと雪と強風に晒されていたのだ。

 視界が遮られてて景色も面白みが無くなるぐらい変わらないし、結界の維持にも余計な気を使わないといけないしでずっとイライラしてたのだろう。


「姫、降りるかい?」


「うん。自分で歩きたい」


 ずっと抱えられてたもんだからか、身体中の関節が固まっちゃって少し痛い。

 ここから町まで、オレの短い脚でも10分かかるかどうかの距離だ。

 それぐらいなら自分で歩いた方がいい気もする。


 甘やかされてばかりじゃ駄目なのです。


「ほら、よっと」


 オレのベルトとヨゥの胸当てのアタッチメントを身体を少し浮かす事で外して、優しく地面に降ろしてくれる。


「わっ」


「あら、結構沈むわね」


「子供の身体の重心のせいだろうね。歩けそうかい?」


 えっと、うん。

 多分大丈夫。


「ヨゥの作ってくれたブーツ、もこもこだけど歩きやすいから平気だよ」


「そりゃ良かった。何か違和感を感じたらすぐに言っておくれよ? 簡単な手直しならどこでだって出来るからね」


「コートとインナーはどう? 結界の中は暑くなかった?」


 オレの両肩に手を置いて、背中から覗き込む様に見下ろすミィ。

 この近さと角度じゃ、オレの視点からはミィのおっぱいと喋ってるみたいになっちゃうんだけど?

 顔が見えねぇ。


「ううん。暑くなかったよ? ちょうどいい感じ」


「そう。安心したわ。防刃・耐物理・耐魔力に重点を置いて作った服だから、防寒はそれほど高くないのよ。ああ、それでもそこら辺の大きな都で売ってる物よりは断然暖かいから、そこは安心して? あくまでも私の納得の話だから」


 子供服に似つかわしくない機能と言葉だなぁ。

 なんだよ防刃って。おっかないです。


「さってと、お目当ての町に着いたわけなんだが……」


 ヨゥは少しだけ腰を曲げて吹雪の向こうにうっすらと見える町の明かりに目を凝らす。

 時間的にはもうすぐ夜だから、民家の中で暖炉や照明の光が揺らめいている様だ。


「……なんつーか、こりゃまたわかりやすく寂れた町だねぇ。10年前にここいらの情勢調査に来た頃にゃもうちょっと活気って言うか、貿易の交流地点に近い町っぽいが印象があったんだけどな」


「貿易の交流地点?」


 気になった事はどんどん聞いていくのが、この旅の間オレが自分に科したルールだ。

 ただ見てるだけじゃわからない事、いっぱいあるからね。


 はてなマークを浮かべて見上げるオレの顔を見て、ヨゥはどう説明したものか少しだけ悩んで、難しそうな顔で口を開き始めた。


「ああ、ここからもう少し南に行けば隣国との国境があるんだ。今アタシたちが居るフロスティア大陸ってのは中心の大氷神峰シヴァ・ル山脈が大陸の大半を占めちゃってて、その周囲をぐるりと大小様々な国が囲んでいる形なんだ。この国は内陸部で、隣が海に面した国でね。そこで採れた海産物は地形の関係で必ずこの国を通って周辺の国に運ばれてるんだ」


 ふむふむ。


「ちょうどこの町───ええっと、名前ド忘れしちゃったな。確か……デュオスだっけか? 確かそんな名前の貴族が治めてる領地で、この国の各地へ向かうルートの集合地点だったはずなんだ」


 なるほど。

 ここしかルートが無いなら、必然的にこの町は栄えていくもんね。

 経済のことは本当に難しいから、感覚でしかわかんないけど。


【そう言う認識で大丈夫だと思います。本当に学ぼうと思ったら時間のかかる学問ですから】


 本当、オレって勉強不足だよねぇ。

 さっきのミィの魔法を見て痛感しちゃった。


【いえ、たった一年しか魔法を修めていないにもかかわらず、今の姫の技術レベルはかの魔法院アカデミーの平均的な修学者よりも高い次元におります。これは誇るべき事で、恐るべき才能です】


 いや、それはホラ。

 この身体がそう言う風に造られたってだけの話だし。


魔力マナの内包量や身体能力に関してはその通りですが、魔法とは技術とセンスを要する物です。ただ魔力マナが多いだけではあまり意味はありません】


 そ、そう?

 もしかしてオレ、ちょっとドヤってもいい感じ?


【程々であれば】


 程々にドヤるって難しくない?


「ほらほら、いつまでもここでこうしていたって何にもならないわよ。そうでなくても結界の維持が大変なんだから」


「ミィっ、重たいよ!」


 いつの間にかオレの首に腕を回してミィがもたれかかってくる。

 ヨゥよりは高く無いからって、ミィとオレの身長差も結構あるのに、その体勢って腰が痛いない?


「はい姫、『周辺索敵エリア・サーチ』の複合魔法よ。教えたわよね?」


「えっ、そっ、そんな急に」


「大丈夫。私の姫ならちゃんとやれば全く問題無いんだから」


「う、うん」


 えっと、『熱探知ヒート・サーモ』と『音波探知ソナー』、あと『動体感知モーション・サーチ』に『探魔力探知マナ・サーチ』。

 この全部の術式を複合して、さらに精度を落とさずに簡略化したのが『周辺索敵エリア・サーチ』って言う複合魔法。


 ミィこと、人工猫妖精ケット・シー3号が作りあげたオリジナル魔法で、生物のみを対象とした情報収集用の優れ物なのだ。


 結構難しい術式だけどこの一年で何回も何回も、繰り返し練習したいくつかの魔法の一つだから、落ち着いてやればちゃんと出来るはず。


「すぅうう」


 大きく息を吸い、腰のベルトに挿していた短杖ワンドを引き抜いて両手で持って構え、体内の魔力マナを練り始める。


【収集した情報の整理はイドに任せてください。姫はまず、反応を出すことに集中です】


 うん、ありがと。

 やっぱりイドは頼りになるなぁ。


「はぁああ」


 ゆっくりと白い息を吐き出して、目を閉じる。


 紡ぐのは一つの歌──────。

 紡ぐのは一節のリズム──────。


「────深く知ること、広く聞くこと♪ 感じ取ること、流れを読むこと♪ 閉じた瞼に映る光♪ 眩き知恵を私にください♪ 願う、願う♪ 叶う、叶う♪」


 意味のある音程、意味のある言葉。


 唱える詠唱はオレと言う個人に調整アジャストしたオレだけの呪文スペル


「『周辺索敵エリア・サーチ』!!」


 そして魔法を発動させると同時に、オレの頭の中に大量の情報が一気に押し寄せてくる。

 あ───あれ?

 え? うそ。


 ひぇ、こ、これ叡智の部屋ラボラトリで練習してた時よりも情報量が多い!?


 待って! 

 なんかいつものオレの索敵範囲よりめちゃくちゃ広くない!?

 広すぎるって! こんなのオレのあたまがこわれちゃう!!


【先日までの姫の索敵可能範囲は半径500メートルが限界でした。ですが今索敵したエリアはその約五十倍──────おおよそにして半径25キロメートル。直径にして50キロメートル以上です】


 な、なにそれ!?

 直径50キロ範囲分の生物情報なんて、オレが処理仕切れるわけないじゃん!!

 あ、あわわわわ!

 どんどん入ってくる!

 止まんない! 溢れる!


「姫? どうした?」


「えっ、なんで涙目? 大丈夫よ? 魔法はちゃんと発動してたわ?」


 ち、違うの!

 ちゃんと発動しすぎちゃって今とっても困ってるの!


【落ち着いてください。情報量の多さに困惑して居る様ですが、この程度のデータで姫の脳がオーバフローを起こすなど絶対にあり得ません。目を閉じて深呼吸です】


 う、うん。

 すー、はー!

 すー、はー!


「お、おい姫?」


「なんで突然体操をはじめたの?」


「ちょ、ちょっとまってて! いま忙しいので!」


 とっても忙しいので!


【まだ混乱している様ですが、大丈夫ですよ。取得した情報の分類化はすでに終わっています。そのためのイドですから】


 え、ほ、ほんと?

 あ、あの量だよ?

 近くの町の人たちの分まで丸々かき集めちゃった、あの量だよ?


【ええ、大した量でもございません。イドは今から姫の魔法がなぜあの様な強化がされていたのかを調べます。やはり精霊が知覚外からなんらかの干渉をしていると思われますので、屋敷の観測システムにここから接続する必要がございます。距離の問題で少し時間がかかりますので、その間に情報に目を通していてください】


 あ、はい。

 ……イド、凄すぎない?


 じゃ、じゃあさっそく……。


 えっと、これは野生動物っぽいな。ここに来るまで動物なんて一匹も見なかったけど、冬眠でもしてるのかな? 思ったよりいっぱい居る……。


 この魔力マナの保有量から考えると、ここらへんに居るのは魔物か。うわぁ、こっちもたくさん居るじゃん。


 飛んできて正解だったかも。


 んでこっちが町の住人かな?

 人間のデータは初めて観測するけど、やっぱりオレとは色々違うんだぁ。へぇー。


 ん?

 ここから20メートルぐらい離れた場所から、動物と人間の組み合わせの集団が居る?


 しかも結構な速度で……接近してきた。


「二人とも、何か来る……みたい?」


 とりあえず得た情報の中から大事そうな物を選んでヨゥとミィに教える。


「ん。それに気づけたなら上出来だ」


「ええ、大丈夫よ。安心して?」


 あれ?

 二人は、オレが魔法を使う前からその存在を察知していたの?


「ついさっきアタシらの事に気づいたみたいだな。この行動の速さから考えると、慣れてる奴らか」


「任せたわよ。私は姫と結界の中に立て籠るから」


「ああ、軽いもんさ」


 な、何?


 どう言う事?


「さぁて、向こうさんはどう言う態度で来るのか。楽しみだね」


 そう言いながらヨゥは背負っていた両手剣──────あのおっかないスカルクラッシュを手に取ると、楽しそうにブンブンと振り回す。


 なんで剣?


「み、ミィ?」


「いいのよ。ヨゥに任せておきなさい」


 立て続けに起こる事態に不安を隠せないオレがミィを見上げると、ニッコリ笑ったミィに頭を撫でられた。


「女のみの三人旅だから、町に近づくと絶対に絡まれるとは思ってたけどお早いお出ましじゃないか。やっぱりどこにでも居るもんだねぇこの手の輩どもは。さて、ひと暴れひと暴れっと」


「ひとあばれ?」


 な、何がやってくるんですか?

 とっても怖いんですけど!

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