第44話 白銀の世界→姫とかなり可哀想なおじさん達③


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 ファンタジー世界における旅ってさぁ。


 こうなんていうか、どこまでも続く長い道をのんびり歩きながら、時々出てくる魔物をみんなで頑張って倒して『ヤッタァー!』ってするもんだって、勝手にイメージしてたんだよね。


 オレもまだこっちの世界の魔物とか倒したこと無いし、正直自分がどこまで強くなったのかとか、ちゃんと倒せるかなとか、曲がりなりにも生き物をこの手で殺すとか本当に大丈夫かとか、ぶっちゃけここ数日夜も眠れずにお昼に眠くなっちゃうぐらいには悩んでたんだぁ。


 でもまぁ、そうだよね。

 わざわざ避けられる危険な事に自らぶつかっていくのって馬鹿らしいよね。

 戦わないで済むなら戦わない方がお利口だよね。


 でもさぁ。


「空を飛んでいくのは、予想外だったなぁ」


 ヨゥの腕の中で頭を捻りつつ、本音が独り言になって口からまろび出た。

 飛んでいるのは地上から20メートルは離れた上空。


 針葉樹の森の上や、カッチコチに固まった氷河の上。

 見るからに冷たそうで痛そうなトゲトゲの岩山とか、地平線まで真っ白な雪原をなんの苦もなくビューンと滑っていく。


 びっくりするほどの速度では無いけれど、雪道をえっちらほっちら踏み締めながら歩くよりは断然速い。


 なんで飛べているかと言えば、もちろんミィの魔法のおかげだ。


 空気のみ通過を許した対風・対冷気・おまけの対物理の結界を展開しつつ、『浮遊レビテーション』や気流操作による推進力を生み出す魔法に、時々障害物を跳ね除ける念動魔法。


 今こうして三人一塊で空中遊泳を楽しんでいる様に見えて、オレの知り得るだけで七つの魔法が同時に使用されいる。

 

 使える様になって初めてわかる、その凄さ。

 例えるなら右手で風景画を描きながら左手で編み物をし、スキップで駆けつつ口笛を吹いている状態。

 あんまりにも凄すぎて例えが上手く言えない。


 とにかく常識では考えられない超技術を、余裕そうな顔で(実際ミィはとても余裕たっぷり)複数披露しているのだ。


 なんていうか、オレが目指している頂への道のりが果てしなく遠い事を痛感させられてしまった。


「進路あってる?」


 さすがにこの量の魔法の発動を杖無しでは賄いきれなかったらしく、ミィは黒檀の杖先に剣の柄をくっつけた様な意匠の短杖ワンドを構えてヨゥに道を聞く。


「ああ、大丈夫。このままいけばあと20分ほどで目的の町に到着するかな?」


 片手の小型魔導板タブレットをチラチラと確認しながらヨゥが答えた。


「それにしても、この身体で魔法を使うのが久々すぎて心配になってきたわ。杖、もっと魔力マナ伝導率の良い魔法触媒の奴にしたら良かったかしら。でもそうしたら放出量が犠牲になるし……うぅん」


 右手に構える真っ黒な杖をしかめっ面で眺めるミィ。


 杖は魔法の最後のプロセスである、『発動』を補助するためのツール。

 個々が内包する魔力マナの量こそ個人差はあるけれど、体外に放出するための出口の役割を果たす『魔孔』は種族によってその大きさがある程度決まっていて、個体の差異はあまり無い。


 人間には人間の。

 猫妖精ケット・シーには猫妖精ケット・シーの。


 だから魔に近い種族であればあるほど、魔法の威力は強く魔力マナ効率は良くなっていく傾向にある。


 それを補うのが杖。

 工夫と技術によって弱点を補う、知恵ある者の成果の結晶。

 上質で高性能な杖であればあるほど、魔法は抵抗無く滑らかに発動される───イド、これで合ってるよね?


【はい、良くできました姫。しっかり予習・復習をしてきた成果ですね】


 よし。


 あとは触媒の特性とか色々あるらしいけど、まだそこまでは教えて貰っていないから知らない。


【後でミィに聞いてみましょう。イドより上手に教えてくれるはずです】

 

 そう? イドも教えるの上手だよ?


【イドの知識は経験を伴わないデータを参照にした上辺だけの物。ミィや1号・2号は魔導具技師マジック・マイスターですから、イドよりも細かく実利を伴った解説が可能です】


 ミィ───3号は服飾系の魔導装備専門。

 1号は魔導機械のスペシャリストで、2号はなんでも作れるけどどちらかと言えば魔力付与エンチャントが得意。


 猫たちはみんな得手・不得手がはっきりしていて個性があるのだ。


 専門の事に関しては他の猫たちが一目置くほどの知識があって、さらに日々その知識を極めて行っている。


 ヨゥ───4号なんかも武器・防具の作成に関してはこの世界でも類を見ないほどの腕を持っているらしく、2号がその武器に魔力付与エンチャントする事で比類なき極上の武器が出来上がる。


  5号は料理の他にも薬学や医療に秀でてるし、調合技術を持つ2号と一緒に大量の回復錠剤ポーション・サプリを作ってオレに持たせてくれた。


 それぞれがそれぞれの得意を生かし、不得意を補いながら猫たちはオレのために頑張ってくれている。


 そう、実は猫たちの技術における中心には必ず2号の存在があるのだ。


 あのメガネっ子、頼りなさげに見えて実はとっても凄いんです。


「姫、身体の調子はどうだい?」


「ん。今のところ平気───っていうか、なんか落ち着かないっていうか、有り余ってるっていうか」


 ヨゥに返事を返しながら、両手をグッパと開いて閉じてを繰り返す。


「まぁ暇だろうしねぇ。吹雪いてさえなければ歩いて町に向かうのも良かったんだけどさぁ」


「仕方ないわよ。この積雪量だと私たちだって歩き辛いったら無いし、姫の歩幅じゃ夜になっても町に着かない可能性だってあるわ」


 ミィが嘆息しながら流れていく地上を眺めた。


 空を飛び始めて実はもう1時間が経過している。

 視界は相変わらずの真っ白で、たまに地上の景色が切り替わるぐらいで特に変化の無い旅路である。


 この実地試験。オレはヨゥに抱えられたまま移動するのがデフォルトなんだけど、それだとつまんないしオレも身体が鈍るからと適度な運動が推奨されてたりする。


 こうまで天候が荒れてなければ、ちょっとぐらい雪と戯れたかったなぁ、なんて。


「まぁ、まだ時間はたっぷりあるさ。我慢我慢」


 ポンポンとオレの頭を軽く叩いて、その後に撫でるヨゥ。

 ニット帽とヨゥのグローブのせいでゴワゴワしちゃって、あんまり嬉しくない。


「うん。わかった」


 今は大人しく欠伸を噛み殺しながら変わらない景色を楽しむ様努力します。

 聞き分けは良い方なんだオレ。


 でも───暇だから元気が有り余ってるって感じじゃ、無いんだよなぁ。


【イドの観測では何も異常は感知できません。姫、具体的にどういった感覚を得ていますか?】


 なんかこう、周りの空気に身体の内側が引っ張られているっていうか。

 誘われてる……?


【誘われてる? 誰にです?】


 わ、わかんない。

 でも、そんな悪い気はしない……かなぁ。


【イドやミィに感知できないとすれば、それは精霊かも知れません。専用の大型観測機や精霊眼を所有していなければ、只人には精霊の姿など見えまえんから】


 精霊眼ジン・アイ

 何それ。


【はるか昔に存在していたと言われる古代種エンシェント。その中でも精霊と結び付きが深い種族の中で稀に現れる感知器官の名称です。古代種エンシェントそのものが各地の伝承や古文書に時折記載されている程度で、現代においてはその実在を証明できる証拠は何一つ見つかっておりません───でした】


 でした?

 なぜに過去形?


【非公式ゆえに世間では知られておりませんが、他でも無い私達のお父様──────大魔導師ゼパルが、単独で『古代種エンシェント』の存在を立証しているのです。姫、あの動画でお父様が仰っていた事を覚えていませんか?】


 あ、そう言えば。


 確か───。


《なにせその肉体を構築している要素の一つに、エンシェント・ハイエルフの体細胞があるからね》


 ───だっけ?


【はい。お父様は伝説でしかなかった古代種エンシェントの中でも、とりわけ優秀とされいた精霊種。エンシェント・ハイエルフの存在を確定させ、その体細胞を手に入れて姫の肉体の要素の一つとして使用しております。この偉業はお父様の数ある研究の中でも特別です。世に知れ渡れば野心と欲望に燃えた各国が我先にとハイエルフの細胞を求めて戦争へと発展する可能性すらあります】


 そんなに凄い事なの?

 戦争にまでなるって、ハイエルフの体細胞には何か特別な効果があるって事?


【ええ、伝承ではハイエルフたちは不老不死と呼ばれていました。実際は途方もない長命種族であり、若々しい期間が長く肉体も堅牢と言うだけですが。それでも個体によっては数千〜数万年もの時間を生きるらしいのです】


 ひえっ、そう言えばあの動画でも、オレもそんぐらい生きられるとか言ってた気が……。


 あ、やめよう。今この事について深く考えるのやめよう。


 でもそんな凄い種族の人たちが伝説になるほど歴史から居なくなったって、どう言う事?

 不老不死に勘違いされちゃうぐらい長生きで、しかも身体も強かったんでしょ?


 そんな簡単に全滅とかする?


【いえいえ、彼らは今も存命ですし、種族も年々増加しているそうですよ?】


 ああ、どっかに隠れ住んでるのか。

 納得。エルフってそういや、ゲームとか漫画とかでも森に隠れ住むイメージだもんね。


 お父様はその隠れてた場所を見つけたって事か。


【いえ、見つけたと言うよりも。偶然引っ張って来たと言う方が正しいかと】


 ん?

 何? どゆこと?


【お父様が叡智の部屋ラボラトリを構築した際に、亜空間のみ他方から一部流用する形で作業の効率化を目論んだのですが、その亜空間こそハイエルフたちが地上より逃げ落ちた場所、つまり隠れ家だったのです】


 えっと、それは……つまり。


【はい。現在エンシェント・ハイエルフのコミュニティは、叡智の部屋ラボラトリの一角で都市を形成しています。お屋敷からはとても離れておりますが、お父様と協力関係を結んでおりかなり友好的だとか】


 えっ!?


【なんでも元の亜空間はとても過酷な環境だったらしく、叡智の部屋ラボラトリへと組み込まれた際に劇的な環境変化が起きてかなり快適になったと喜んでいるとか。いずれ月の盟主である姫の元に挨拶に参るでしょう】


 オレは思わず空を見上げた。

 この真っ白に吹き荒れる吹雪の先に、オレの家であるはずの叡智の部屋ラボラトリ──────月があるのだろう。


 そこに、オレたち以外にも住んでいる人たちが居た……?

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