第40話 大剣士ヨゥ・リヴァイア→黒魔法使いミィ・シルフェー②


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「おっと姫、ちょうど良いタイミングで来たね」


「はぁうううう♡ 私が用意した装備、とっても似合ってるぅ♡ 可愛いわぁ♡」


 え。


 初めて足を踏み入れた転移扉部屋ポータルルームと言う部屋の中、大きな扉を開けて最初に目にしたのは、一矢纏わぬスッポンポンなグラマラスなお姉さん二人だった。


「──────ど、どなたです、か!?」


 びっくりして思わず二歩退がり、扉の影に隠れてしまった。

 誰!? え!? なんでここに綺麗な裸のお姉さんが!?


 一人は背中が隠れるぐらい長い、赤髪のお姉さん。

 背が高くて足が長くて、腹筋がバッキバキに割れてるのにとってもスレンダーでマッシブな人。

 二の腕とか太ももとか一切の無駄が無いしまりをしていて、両腰に手を当てて堂々としているその姿がなんて言うか──────男前。

 一番自己主張が激しいその豊満な胸、つまりおっぱいがダイナミックで、なのに腰とかとっても細い。


 もう一人は赤髪のお姉さんより身長は低いものの、出るところはちゃんと出てて腰もすっごい細い黒髪セミロングのお姉さん。

 その艶のある黒黒とした髪は、オレの前世で知る日本人的なイメージとは大分かけ離れていて、なんて言うかあざといって言うか、漫画的って言うか。

 見た目通りの華奢な身体付きで、切れ長で釣り目気味な瞳がちょっと怖いけど今は蕩け切った表情でオレの事を見ている。

 二人とも自分の身体を一切隠そうともせず、その見せるだけで巨万の富を得そうな身体を余すことなく曝け出していた。


「ああ、姫はこの姿を見るの初めてだっけ。ごめんごめん、アタシだってば。ほら」


 赤髪のお姉さんがケラケラと笑いながら両手を広げる。

 その仕草……なんか見覚えが……。


「よ、よんごう?」


「大正解! いやぁ嬉しいねぇ。ちゃんとわかってくれるんだ?」


 え、本当に?

 でも言われてみれば、確かに4号の声だ。語尾にいつもの『にぃ』がついてないから判りづらいけど、この声はいつもの陽気で快活なあのもこもこ白猫さんの声と全く一緒だ。


「姫、私は? 私が誰だか、分かる?」


 黒髪さんがずずいっとオレに近寄ってきて、腰を屈めて視線を合わせて来た。

 そのせいでおっぱいが目の前でぶるんと揺れて、オレは思わず顔を逸らす。


「さ、3号?」


「んー! 嬉しい!」


「わぷっ!」


 黒髪さん───3号はオレの手を強引に掴み取ると、おもむろに自分へと引っ張り上げてその胸の中で強く強く抱きしめた。


 今の3号はオレより背が遙かに高いから、自然と身体全体が持ち上げられてしまう。


 足が地面から離れ、脇に腕を通されて背中はガッチリホールドされていて、頭はすりすりと頬擦りなんかされているぐらい密着しているから、オレの顔面は3号の胸の中心に強く押し付けられている。


 つまり、オレは今。二つの生おっぱいに口を封じられてしまっているのだ。


 ぐ、ぐるじいい!

 窒息するぅ!


「3号、そこらへんでやめとくにゃあ? 姫が苦しがっているにゃ」


「おっと、この身体だと姫がいつもより小さいから余計に可愛く見えちゃって、思わず抱っこしちゃった。ごめんね?」


 おっぱいのぼうそ──違った。3号の暴走を止めたのは1号の声だ。

「お前らも『精神移行コンバート』の確認が済んだらさっさと着替えるにゃ。時間にゃいぞ」


「了解。でも4号と違って私はこの義体アバターは久しぶりだから、なんだか違和感だらけで気持ち悪いわ?」


「──────あうううっ」


 3号の振り向きに合わせてぶおんっと身体が降られてオレも気持ち悪かった。

 もう少しオレの身体を丁寧に扱って欲しいです3号さん。


「アタシだって何度やっても慣れないんだからしょうがないって。ん、各部の可動率は80%ってとこかな」


 赤髪マッシブお姉さんこと4号が、両手をグッパしたり肩をグルングルンしたりと身体の動きをチェックしている。

 その度に部屋中に尋常じゃ無い風圧が起きていることは問題視して無いみたいだ。

 3号に抱えられてなかったら吹き飛ばされてたよ今の。絶対。


「元の身体よりどうしたって劣ってしまうのは仕方にゃいにゃあ? 2号、ボサッとしてないで機材と姫たちのバイタルリンクを手伝うにゃ。俺っちの手が足りて無いにゃあ?」


「おととっ、ごめんにゃあ?」


 薄いタブレット式の魔導板を操作しながら何かを書き記している1号の言葉に、2号が慌てて動き出す。


「さぁて3号……おっと、ミィって呼ぶんだっけか。アタシらも旅装に着替えるかね?」


「分かったわヨゥ。姫、ちょっと待っててね?」


「う、うん」


 ゆっくりと地面に下ろされて、部屋から出ていく3号と4号を見送る。


「……ミィ? ヨゥ?」


 3号と4号、でしょ?


「あの二匹は昔からあの姿の時は名前を用意していたも。人間に3号とか4号って名前、おかしいも?」


 小首を傾げて不思議がっているオレにそう教えてくれたのは5号だった。


「もともとあの義体アバター主様マスターが造った姫の試作品も。それをぼき達用に調整した物で、ぼきら一匹に一体づつ用意されてるも?」


「オレの、試作品……」


「そうも。と言っても実験的な意味合いの方が大きかったから、今の姫の身体とは性能も造りも全く違うも。4号なんかは叡智の部屋ラボラトリから外界に出る任務が多かったから、あの身体になるのは慣れてるも。ぼきや1号なんかは最初の試験運用の一回しか使ったことが無いも」


 ぐるりと部屋の中を見渡して、作業中の1号と2号を見る。

 捻くれてて目つきの悪い1号や、よれよれで薄汚れている2号が……人の姿ねぇ?


「──────オレ、みんなは猫の姿の方が好きだなぁ」


「もぉ?」


「あ、でで、でも! 3号や4号のあの姿が嫌いってわけじゃ無いよ!? 綺麗だと思うし! でもやっぱり、猫の姿の方が……」


 思わず口に出てしまった失言を慌てて訂正する。

 さっき4号が笑った時も3号に抱っこされた時も、ちょっと嫌だなって。そう思ってしまっただけなのだ。


「それはぼきらもそうも? あの姿の時って調子は出ないし動きづらいしで、とにかく落ち着かないも。でも安心するも。それでもあの二匹はとてつもなく頼りになるし、とっても強いも」


「普段の姿じゃ駄目なの?」


「今回の実地運用試験と稼働訓練は一ヶ月に及ぶ長丁場にゃあ。それに伴って姫が外界の事について学ぶ機会でもあるにゃあ? 猫妖精ケット・シーの姿じゃ人間のコミュニティに混ざる事なんてできないから、あの二匹に義体アバターはどうしたって必要にゃ」


 ぶっきらぼうに答えを返してくれた1号へと振り返る。

 魔導板と睨めっこしてオレのことを見てくれないのは、いつもの1号の作業風景。

 ちゃんと言葉を交わしてくれるし反応してくれるから、オレは1号のこの職人然とした姿を眺めるのが好きだ。


「姫、事前に説明した今回の訓練の概要、ちゃんと覚えてるだろうにゃあ?」


 珍しい事に、1号にジロリと睨まれた。


「えっと、叡智の部屋ラボラトリとは違う自然環境と、人工では無い精霊への呼応適性を測る為の現地滞在型長期試験……だったよね?」


「そうにゃ。ここだと精霊達も月と言う魔石によって変性された自然のモノじゃ無くなってるにゃ。今の姫の魔核が大七元大陸エレメント・セブンの強力な精霊達にどう影響を与え、どう影響されるかを観測するのが目的にゃ」


 2号に魔導板を手渡して、1号は両前足を組んでオレをまたジロリと睨んだ。

 このジロリって奴、1号の癖みたいな物で別にそこに嫌な感情が含まれていないことをオレは知っている。だから睨まれても別に怖く無いし、不快にも感じない。


「例えばにゃんだが、同じ場所一箇所に一ヶ月滞在しても特に問題なく観測はできるにゃ。でもそれじゃあ姫は退屈しちゃうし、外界に降りたにしては味気ないにゃあ?」


 一箇所に一月も滞在……それは、暇を持て余しそうだなぁ。


「だからこそあの二匹にはあの姿をして貰って人間のコミュニティに問題なく入り込める様にしたにゃあ。三人での設定は現地で臨機応変に決めると良いにゃあ。屋敷こっちでも俺っちと2号が交代で姫たちのサポートをできる様にしてあるからにゃあ」


 そっかぁ。

 猫の姿じゃ、問題あるんだ……。

 オレはまたてっきり、この世界は魔法とかが普通にある世界だから、猫妖精ケット・シーも普通にそこらへんに居るもんだと思ってたんだけど。


【いえ、普通の猫妖精ケット・シーは人間から隠れて見つからない様生息しておりますし、そもそも普通の猫妖精ケット・シーはこんな流暢に喋りませんし、知能もあまり高くはございません】


 え、そうなの?

 3号とか4号みたいにお喋りしないの?


【ええ、精霊界と人間界の狭間の曖昧な地に猫の国を作り、そこから自由に出たり入ったりしながら人間を煙に巻いて遊んでいるのが本来の猫妖精ケット・シーです。データを参照するに、どうやら種族としての彼らは子供っぽい思考・思想を持った生物なのでしょう】


 そっかぁ。外界に行ったら、本当の猫妖精ケット・シーさんにいつか会えるかな。


【どうでしょうか。『探そうとしたら絶対に見つからないのに、来て欲しく無い所にはいつの間にか現れるのが猫妖精ケット・シーだ……』と、データの一遍には記されおります】


 それはなんか、オレの知ってる猫っぽい感じがする。

 プライドが高くて人に媚びなくて、それでいて構って欲しい時は全力でアピールしてくて、でもこっちが触りたい時は絶対に触らせてくれない……そんな感じ。


【まさしく、データにもその様な記載が何度も何度も記載されていますね。正直に申し上げますと、大変めんどくそうで自分勝手に思えます】


 まぁ、それでこそ猫だよね?


「姫、あの二匹が戻ってくるまでにバイタルリンクを済ませたいにゃあ? ちょっと僕のとこ来るにゃ」


「あ、うん。分かった」


 2号に呼ばれて部屋の奥へと進む。

 そっかぁ、3号と4号はいつもの姿じゃ駄目なのかぁ。


 それはちょっと、いやかなり。


 テンション……下がるなぁ。

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