第39話 大剣士ヨゥ・リヴァイア→黒魔法使いミィ・シルフェー①


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「んぅうううううっ」


 ベッドの端っこに腰掛けながら、新品のブーツに右足を突っ込んで思いっきり引っ張る。


「──────しょっ、とぉ」


 すぽんと音が鳴りそうなぐらい勢い良く、ブーツの小さな入り口から足が入った。

 よし、今度は左足。


「姫、魔導具のチェックリストはちゃんと頭に入れてあるにゃあ?」


 2号がタブレット型の魔導板を見ながらオレに問いかける。


「うっ、んしょっ。い、一応目は通したよ? ちゃんと覚えられてるかどうかは、自信無いかもっ……とっ!」


 よし、入った!

 左のブーツにも足を通したし、次はこの複雑な紐をどうにかしないと。

 これは普段履き慣れてる訓練用のブーツじゃなくて、寒冷地と長旅に適した丈夫で足をガッチガチに守ってくれる奴だ。

 だからまだその構造をちゃんと把握して無かったりする。


 だってとにかくゴテゴテしててモサモサしてるんだもの。


 ふくらはぎぐらいまできっちり締め付けているのは雪が入ったりしないためだし、中が毛羽立けばだっててソールが分厚いのも、冷気で足がかじかむのを防ぐためだ。


「それじゃあダメにゃあ? ちゃんと用途を把握しておかないと、せっかくの備えもただのガラクタになっちゃうにゃあ?」


「わ、わかってるんだけど。だってとにかく多過ぎるんだもん。あんないっぱいの魔導具を覚えられる方がおかしいって」


「僕は全部覚えてるにゃ?」


 なんでそんなキョトンとできるのさ。

 だってあの魔導具目録って奴、ページ数だけで1236頁とかいうちょっとした辞典みたいな分厚さだぞ?

 その中に細かい字でびっしりと魔導具の名称と使用方法が書かれていて、あれを全部ちゃんと読むなんて1ヶ月はかかりそうだ。

 あの内容を全部覚えていると言うことがどれだけ凄い事なのか、もしかしてこの眼鏡っ子知らないな?


【普段はだらしなくて頼りないところしかお見せしておりませんが、2号も歴とした人工猫妖精ケット・シー。その頭脳は猫たちの中でも際立って秀でております。あの内容を全て暗記することなど、2号にとってはとても容易いことでしょう】


 ぐ、ぐぬぬ。

 なんか悔しいんだよ。


「2号、そこのベルト取って」


 3号が用意してくれたハンガーラックにオレの装備が一式全部かけられている。

 ベッドからは少し遠い位置にあるので、立っている2号に役立ってもらおう。

 決して八つ当たりじゃないんだよ。これはお願いなのだ。

 だってこのベッドはとても高いから。

 オレ、いまだに足がつかないから。


「これにゃあ?」


「それ鞘のストラップ。その隣」


「これ?」


「それパンツじゃん! さっき脱いだ奴じゃん!」


 ベルトと全然形違うじゃん!


「こ、これかにゃ!」


「それはサ・ス・ペ・ン・ダー!!」


 何をどう間違えたらサスペンダーとベルトを間違えられるのさ!


「ぼ、僕は服についてあんまり詳しくないにゃあ」


「詳しくないってレベルじゃないよ……怖いぐらいだよ……」


 本当にこの子、頭の良い子なのか疑問になってきたんだけど。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「よっし」


 鏡の前でぐるんと回る。

 もこもこファー付きの赤いチェックコートに、膝上までの質素なデザインのタイトスカート。

 その下からちゃんとレギンスも着てるし、ブーツの紐もベルトもちゃんとしてる。

 剣をぶら下げるホルダーは右腰。杖のアタッチメントは左。

 ズレ落ちない様にサスペンダーもしっかり着けてるし、すこしもっさりしてるけど肩や腰もちゃんと動く。

 インナーはタートルネックの肌にぴったりな厚手の奴だし、下着も寒くないように毛糸の奴!


 あとはこの大きな手袋と、耳まで隠せるニット帽を──。

 あっといけない。フード付きのマントとマフラーも忘れちゃダメだった。

 でも一応、反応を聞いておこう。


「2号、どうかな?」


 用意された装備を全て身に付けて、後ろにいる2号へと振り向いて腕を広げる。

 着方、間違ってないと思うんだけど。


「似合ってるにゃあ? とっても可愛らしいにゃあ」


「うーん……2号に言われてもなんか納得できない」


 さっきの間違いを見たせいで、ファッションに関しては信用ゼロなんだよなぁ。


「な、なんでにゃあ!?」


 これが3号や4号ならすぐに納得できるんだけど、あの二匹は今『移行作業』中とからしくて昨日から不在だからなぁ。


【姫、とても良く似合っていますよ。イドが保証します】


 ん、イドが言うなら間違いないか!

 2号なんかとは比べ物にならないぐらい信頼できるもんね。


『姫、2号。準備できたも?』


 コンコンコンと三回ノックの音が響いて、扉の向こうから5号ののんびりとした声が聞こえてきた。


「ちょうど終わったとこだよ!」


「ぐすん。問題にゃいにゃあ……」


 いそいそとマントに首を通しながら返事を返す。

 2号ってば、何も泣かなくて良いじゃん。


『それは良かったも。そろそろあの二匹の『移行作業』も終わって出発の時間も。転移扉部屋ポータルルームに行くも』


「うん、今行くね!」


 化粧台の上に置いてあったニット帽を目ぶかに被って手袋を掴み、オレは部屋の扉へと駆け寄る。


「ほら2号、行こ?」


「にゃあ……」


 途中で項垂れる2号の前足を掴んで引っ張っていく。

 思った以上に凹んでらっしゃる。


「──────ごめんね。言い過ぎちゃったね」


 2号だって頑張って手伝ってくれたもんね。

 さっきのは、オレが悪かった。うん。


「……大丈夫にゃあ。姫は3号と違ってちゃんと謝ってくれるにゃあ」


 オレの手を優しく握り直して、2号は顔を上げて歩を早める。


「緊張してるにゃあ?」


「あ、バレた?」


「バレバレにゃあ。手がすっごい汗ばんでるにゃあ」


 そりゃあ、こんな長期間このお屋敷から出るなんて初めての事だし……。

 3号と4号が付いてきてくれるって言っても1号や2号、それに5号は屋敷に残るって言うし。


 まだイドが居てくれるから良いけど、やっぱりちょっと不安だなって。


「大丈夫にゃ。姫は今日まで一生懸命学んで来たし、一生懸命訓練してきたにゃあ。4号はとても強い猫だし、3号の魔法も姫に負けず劣らずの規格外にゃ。安心するにゃあ」


 眼鏡の三毛猫さんはそう言って笑って、掴んでいるオレの手の上に空いている方の前足を乗せた。


「うん。ありがとう。がんばるね」


「僕は何も心配してにゃいにゃあ?」


「そう? さっきから鼻がヒクヒクしてるけど?」


「こっ、これはただのクセにゃ! いつもヒクヒクしてるにゃあ!?」


 そうかなぁ? そんな速さで鼻をヒクヒクさせる2号なんて、オレは初めて見るんだけどなぁ?

 本当に2号は嘘が下手だなぁ。


 ね、イド?


【あの食事会から今日までの6日間、2号がほぼ一睡もせずに魔導具のチェックをしていたのは屋敷のセキュリティで把握しております。本心では姫が心配で堪らないんでしょう】


 ほらね?


 まぁ、こんな姿をしていてもオレは元男の子。

 だから痩せ我慢だったり強がりを言いたい2号の気持ち、分かるよ。

 なのであえて突っ込まず、何も言わないでおこう。


【ええ、それで良いとイドも思います】


 部屋の扉を開けると、数枚の紙の束を持った5号が立っていた。


「おお、姫とってもプリチーも? 3号のセンスはさすがも」


「ありがと。そしてお待たせ。それは何?」


 流石に魔導具目録よりは分厚くは無いけれど、それでも結構な枚数の紙の束だ。


「今日から一ヶ月分の朝・昼・夕の献立表も? ちゃんと寒いところ用に組み立てているけれど、姫の居る場所や状況によって変更する様にするも。一応後で3号に渡しておくも?」


「どれどれ? ふわぁ、細かい……」


 なんの食材をどう調理するかとか、旅のルートと照らし合わせてどう変更できるかとか、5号のその体躯から想像もつかないほど細かい文字がびっしりと書かれている。


「食料調達の訓練日以外は三食をお弁当にして倉庫経由で姫に届けるも。できれば出来立てを食べて貰いたいけれど、姫たちの状況次第ではすぐに食べられない時もあるかもしれないも?」


「うわぁ、倉庫ってそんな使い方もできるんだね。ありがとう5号! 楽しみ!」


 良かったねイド!

 旅の途中でも5号のご飯が楽しめるよ!


【ええ】

 

 おっと、隠していてもオレにはお見通しですよイドさん?

 今シンプルな返事しかしなかったけど、ものすっごく喜んでるよね?

 もしかしたらオレよりイドの方が5号の料理にベタ惚れしてるのかも知れない。


「さて、じゃあ行くにゃあ?」


「1号も転移扉部屋ポータルルームで待ってるも?」


「──────うん!」


 決意を込めて返事をする。

 右手を2号、左手を5号と繋いで、オレは屋敷の廊下を歩き出した。


 今日、オレはこの身体に転生して──本当の意味で──初めて外に出る。


 オレの知ってる地球とは違う、いっちゃえば未知の惑星。

 これがオレにとっての『異世界』への第一歩。


 ワクワクしている。

 ドキドキしている。

 不安もあるし、怯えもちょっとだけある。


 でもきっと大丈夫。


 オレにはイドと、猫たちが付いているから。

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