第104話 爆炎の烈女

 ワーグナー領はアイレンベルクの西の果て、ヴァンヘルムとの国境付近にある重要軍事地区の1つである。

 ワーグナー家は先祖代々100年以上もこの地を守護してきた名門中の名門で、ヴァネッサ・ワーグナー辺境伯は3年前28の時に父親から家督を相続し、今では『爆炎の烈女』『死の宣告デスセンテンス』などと周辺諸国に恐れられている。

 そして4日前、手渡した手紙を目の前で破りすて俺たちを恫喝した人物である。

 その人物がなぜか今さら俺を呼んでいるらしい。

 ウィステリアの救出も済んだし、適当に砦を修復しておさらばしたかったんだけど、なんだろうか?


 エルネから聞いた話によると、フィルフォード卿の手紙には、俺が反開戦派の盟主補佐になったので、最前線の砦の視察をさせたいと書いていたらしい。

 そして建築関係の便利なスキルを持っているから、砦の増強や修復、兵器開発などなど役に立てて欲しいと――って、俺は便利屋じゃねーぞ!

 必要経費や、高額な報酬を貰っているからあまり文句は言えないけど。


「グラム殿、あまり緊張なさらずに」


 考えごとをしていた俺を心配したのか、マチアスさんが声をかけてくれた。

 この人一見ただの優男だけど、初めて会ったときも烈火のごとく怒るワーグナー卿に、俺たちのために進言してくれていたし、ほんと良くできた人だよな。


「ありがとうごさいます。でも大丈夫です。少し、考えごとをしていただけですから」


 俺は感謝の気持ちを込めて、とびきりの笑顔で返した。


「そうでしたか。でも気をつけてくださいね」

「気をつける?」

「はい。以前、ヴァネッサ様にぜひ商品を見てほしいと言う武器商人がいたのですが、ヴァネッサ様の質問に即答できず殴りとばされ、そのまま病院に入院する羽目になったものもいましたもので」


 マチアスさんも負けじと、とびきりの笑顔で俺に言った。

 これはあれか? マチアスジョークか?


「ですので、ヴァネッサ様の質問には5秒以内に答えるようにしてくださいね」


 どうやら俺には、マチアスジョークは高度すぎるようだ。乾いた笑いしかでてこない……。


「ところでマチアスさん。屋敷を通りすぎましたが、どちらへ向かっているのでしょうか?」

「練兵場です」


 練兵場? 兵士の戦闘訓練でもしていて忙しいのだろうか?

 なんて考えながら、マチアスさんについて行くことしばし――砂ぼこり舞う練兵場に、赤い髪を炎のように揺らめかせたワーグナー卿が、ひとり待ち構えていた。

 なにこれ? 果たし合いでもするの?


「ヴァネッサ様、お連れしました」

「ご苦労。先に行っていろマチアス」


 だだっ広い練兵場に、ワーグナー卿の声が響きわたる。そして言われるままに、どこかに去っていくマチアスさん。

 ――待って、こんなところにひとり置いていかないで!


「グラム・クロムウェル、良く来たな。なかなかいい度胸だと誉めてやる」


 体の芯を震わすほどの声が、俺を突きぬける。

 恐怖耐性がなかったら、少しちびっていたかも知れない……。


「どういったご用件でしょうか? 農園の防壁修復でしたら――これは?」


 話の最中で突然投げられた木剣を受けとり、俺は問いかけた。


「構えろ」

「え? どういうことで――ちょっ!?」


 木剣と木剣がぶつかり合う乾いた音が、練兵場に響きわたる。

 マ、マチアスさん!? 即答したんですけどお!

 そんな俺の混乱など構うことなく、さらに木剣で斬りつけてくるワーグナー卿。


「い、いきなり何するんですか!?」


 混乱しながらも、叩きつけるように木剣を受けとめる。

 ――くっ! なんて衝撃だ! 思わず木剣を手離しそうになる。


「死にたくなかったら全力でかかってこい。グラム・クロムウェル!」

「戦う理由がありません!」

「ならば、そのまま私に叩ききられるんだな!」


 腰を低く落とし、中段に剣を構えるワーグナー卿。

 まずい、これはやばい奴だ!

 ワーグナー卿が剣を引いたのを見て、俺は慌てて横に飛びのいた。

 ――途端、大気を震わせながら衝撃が突きぬける。


「な、なんて威力だ……」


 見てみると、ワーグナー卿が放った突きの斜線上に、地面が大きくえぐられている。

 意味がわからないが、この人は本気だ……。


「くそ! なんで意味もわからず戦わないといけないんだ!」


 ――『風斬りカザキリ!』――


 しかし、やらなければやられる!

 俺はワーグナー卿に向かい、躊躇することなく剣を薙いだ。


「はぁ!」


 なんてこともないように逆袈裟に剣を振るい、『風斬りカザキリ』の斬撃をかき消すワーグナー卿。

 恐らく魂力で見えているんだろう。

 しかし、通用しないことは端からわかっている!

風斬りカザキリ』の斬撃を追うように踏みこんでいた俺は、隙だらけのワーグナー卿に剣を薙いだ。


「ぐあっ!」


 しかし、吹きとんでいたのは俺だった。

 慌ててダメージを確認する――が、とりあえずどこも斬られていない。

 剣を振りあげたままのワーグナー卿に斬りかかった俺が、なんで吹きとばされているんだ?


「あまり私を見くびるな!」


 しゃがんだままキョトンとしている俺に向けて、剣を振りおろすワーグナー卿。

 転がるように横に回避したとき、先ほどの謎がとけた。

 ワーグナー卿が振りおろした剣先から、5メートルほど衝撃が突きぬけている。

風斬りカザキリ』のような剣技ではない。これは純然たる力だ。

 やっぱりこの人、めちゃくちゃ強いぞ。


「何を笑っている、グラム・クロムウェル!」


 立ちあがった俺に、ふたたび剣を叩きつけるワーグナー卿。

 受けとめた衝撃で全身が軋むようだ。でも、えも言えぬ高揚感が俺を包んでいく。

 そうか、俺は笑っているのか――


「本気で行きます!」

「かかってこい小僧!」


 ――『石の弾丸ストーンブレット×5!』――


 すげー! 突きで全部迎撃している。

 この人、本当に人間かよ!?


「また同じ攻撃かあ!」


石の弾丸ストーンブレット』の後を追い踏みこむ俺に、憤怒の形相で大上段から木剣を振りおろすワーグナー卿。

 その瞬間――両脇の地面が光輝き、岩の尖槍がワーグナー卿に襲いかかった。


「なに!?」


 剣を手離し、左右から襲いかかる岩の尖槍を、両手の振りおろしで粉砕するワーグナー卿。


「もらったあああ!」


 俺はがら空きの胴に木剣を突きさしスキルを発動した。


 ――『衝撃インパクトLV3!』――


 よし、手応えありだ! ……って、あれ? 効いていないのか?

 ワーグナー卿は仁王立ちのまま、射殺さんほどの目付きで俺を見下ろしている。

 俺の『衝撃インパクトLV3』は先日ゴーレムの下半身を吹きとばしたんだけど……。


「え、えっと……。わっ!」


 余りの驚きに固まっている俺の、胸ぐらを掴み持ち上げるワーグナー卿。

 やばい、殺される……?


「ふん、少しはやるようだな」


 そう思ったとき、ワーグナー卿は俺から手を離すと、真っ赤な髪をひるがえし背を向けた。


「ついて来い、グラム」


 俺は訳がわからないまま、つかつかと歩いていくワーグナー卿の後を追った。


「ど、どちらへ行くのですか、ワーグナー卿?」

「ヴァネッサでいい」

「ヴァネッサ卿……」


 俺を振りかえりぎろりと睨みつけるワーグナー卿。怖いよぉ……。


「ヴァ、ヴァネッサさん?」

「最前線の砦だ」


 ワーグナー卿――ヴァネッサさんは、ふたたび前を向き歩きだした。

 ふぅ、どうやら合っていたみたいだな。


「グラム、なんで反開戦派の盟主補佐になった?」


 ヴァネッサさんは前を向き歩いたまま、問いかけてきた。


「半分は成り行きですが、もう半分は戦争が嫌いだからです」

「戦争を見たことがあるのか?」

「直接はありません。しかし魔物に蹂躙された町なら見たことがあります。それに戦争がもたらすのは、何も直接的な被害だけではありません」


 貧困による飢え、幼くして親と死別する子供。無理やり戦地にかり出される奴隷たち。虐げられるのはいつも弱者だ。


「その歳にしては聡明だな。グラム、覚悟はできているのか?」

「――覚悟ですか?」

「ああ。反開戦派の盟主になるということは、この先お前は望まぬ争いに巻きこまれるということだぞ」


 もしかしてこの人は、だからあのとき手紙を破りすてたのだろうか……?

 あれほど怒りをあらわにしながら。


「正直わかりません。しかし私には力があります。私はその力で大切な人たちを守りたいです」


 俺の言葉にヴァネッサさんは足を止めた。


「もうしばらくしたら、ヴァンヘルムの連中が攻めてくる」

「え、ヴァンヘルムとは同盟中のはずでは……?」

「そんなものを信じ呑気にしているのは内地の連中だけだ。まあ、表面上はハイデンフォルン兵を装ってはいるがな」


 ヴァネッサさんは、午後の天気でも語るかのような調子でそう答えた。

 まさか、そんなことが日常なのか?


「反開戦派の盟主となるのであれば、本当の戦争を知る必要がある。わからないのなら今考えろ。グラム、お前は戦争を見る覚悟はあるか?」


 ヴァネッサさんは振りかえると、真っ直ぐに俺を見据えた。

 戦争……。映画や教科書でどれだけ悲惨なものか目にしたことはある。しかし、それは上部だけの薄っぺらい知識だろう。

 正直見たくはない。しかし、その狂気の最奥を知り覚悟することが、みんなを守ることに必要なのであれば、俺は前に進まないといけない気がする。


「はい、覚悟はできています」


 俺はヴァネッサさんを真っ直ぐに見据え、そう答えた。

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