第103話 一夜明けて

 翌日の昼過ぎ、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。

 ルイーズの冒険者登録と、受注している依頼の報告のためである。


「バーゲストの犬歯が37、クリーピングゲッコーの舌が29、スティンガーラビットの尻尾が43、幾つか焼け焦げていて確認できないものもありますが、確かに依頼達成確認いたしました。沢山の討伐ありがとうごさいます」


 サイドテールがチャームポイントの受付のお姉さんが、提出した討伐確認部位を手際よく仕訳し、にこりと笑顔を見せた。

 きっとこのギルドで人気ナンバー1受付嬢に違いない。そんな素敵な笑顔である。


「グラム、この袋は出さないでいいのかにゃ?」

「おっと、そう言えばダレアスの花も持ってきていたな」


 強い毒性を持っているため、別袋に入れてバックパックにくくりつけていたんだった。


「ダレアスの花ですか? 需要のわりになかなか見つからないので、大歓迎ですよ」


 受付のお姉さんは両手を合わせ喜んでみせた。

 ダレアスの花は、シャルルが足を怪我する原因となった花のことなんだけど、薬効成分を抽出することにより、麻酔薬や抗炎症薬、自白剤、あと怪しい儀式なんかに使われているらしい。

 この世界は、ゲームのようなお手軽回復魔法がないためか、どこの国も医療分野の研究に力を入れている。

 嫌な話だけど、国によっては奴隷や戦争捕虜など人体実験を容認しているらしく、そのせいもあって進歩も目覚しいみたいだ。

 俺に医療に関する知識があれば、そういったものも根絶できるのだろうか……。

 そんなことを思いながら、俺はダレアスの花が入った袋を受付のお姉さんに手渡した。


「えっと……。まさかこれ、全部そうですか……?」


 さっきまでにこやかだった受付のお姉さんが、ひきつった笑顔を見せている。

 そう言えば、3階層のダンジョンの魔物を全て山に放逐したあと、ベルに頼んで力の届く範囲のダレアスの花を根こそぎ採ってきたんだった。


「えっと、群生しているのを偶然に見つけて……」

「ど、どこでですか!?」


 身をのりだし問いかけてくる、受付のお姉さん。

 俺はどこだったか覚えていないととぼけてやり過ごすと、時間がなく急いでいると伝え、依頼金とポイントを付与してもらい、逃げるようにその場を去った。

 ルイーズの冒険者登録を先に済ませておいて良かった……。


「何で逃げてきたんだグラム?」


 ギルドを出たところで、ガラドが聞いてきた。


「説明が面倒臭そうだったからつい。それにダンジョンはもう封鎖してしまったからな」


 そんなに貴重な花なら、栽培地として残しておいたほうが良かっただろうか。


「どうせ私がいなくなれば、全て枯れてしまうわ」


 そんな俺の考えに気がついてか、ウィステリアが言った。

 そう言えばあの気候も擬似的な日差しも、ウィステリアの力があればこそだもんな。


「いいなー、お前たちは。俺もDランクになりたかったぜ……」


 ガラドは口をとがらせ小石を蹴った。

 実は、今回の依頼達成で依頼ポイントを獲得できたのは、俺とベルとエレインとシャルルの4人だけであった。

 以前のように共同受注で処理できないか聞いてみたところ、受注時にいたメンバーでしかできないとのことだった。だから受注時にみんなのサインを求められていたんだな。


「まあそう言うなって。また日をあけて受注しに行こうぜ」

「そのときはまた一緒に頑張りましょうね、ガラド」


 にこりと微笑むルイーズ。


「し、仕方ねーなあ」


 ぶっきらぼうに返事をしつつも、ガラドから喜びが溢れているのが一目でわかった。


「さて、場所を変えてルイーズの成長を確認するとするか」

「はい!」


 俺たちは砦の修復も兼ねて農園へと移動した。



「……よし、今日はこんなところだ。ベル、ありがとな」


 ベルの口から指を抜くと、俺はぽんとベルの頭を撫でた。


「まだあちこち、ひび割れたり崩れたりしているぞ?」


 俺に頭を撫でられたまま、砦を見上げベルが言う。


「あんまり期間が短かったら、変に思われるからな。あと2日くらいかけて、ゆっくり直したらいいさ」

「ふむ、そんものか。ところでこの後はどうするのだ?」

「俺はルイーズの訓練の成果を確認するよ。お前は姉妹でゆっくりと、一緒にショッピングでもしてきたらどうだ? 討伐の報酬もたっぷり入ったろ」


 腕を組み何事か考えているようすのベル。


「グラム、お前我がいないからと、何か良からぬことをするつもりじゃないだろうな?」

「信用ないな俺! ってか、お前ってほんと焼きもちやきだな」

「お前があちこちに色目を使うからだろ!」

「色目を使った覚えはないが、焼きもちというのは認めるんだな」

「うるさい! わかっているくせに一々と聞くな……」


 そう言うとベルは、頬を真っ赤に染めて口を尖らせた。

 やばい。前よりだいぶ大人っぽくなってきたから、ドキッとしてしまう。

 ふたりきりなら抱きしめていたかも知れない……。


「ベル、大丈夫だよ。ちゃんと私が見張っているから」


 そんなベルの背中をぽんと叩き、エレインが言った。


「ふむ、エレインがそう言うなら安心だな。じゃあ、任せたぞエレイン」


 ベルは笑顔で手を振ると、姉妹たちを連れて去っていった。

 ってか逆に言うと、エレインがいないと心配ってことだよな? なんだ、このやるせなさは。

 ふと顔を上げると、エルネがこっちを見てくすくすと笑っていた。エルネが楽しそうだからいいか。


「よしルイーズ、待たせたな。そろそろ始めるか」

「はい、よろしくお願いします」


 ルイーズは背筋を真っ直ぐに伸ばし、頭を下げた。

 腰に刺した刀と1つ結びした黒髪も相まって、良く似合う。あとは何とかして和装させたいものだな。


「グラム殿、どすれば良いですか? ガラドと立ち稽古をしたら良いですか?」


 俺がじろじろと見ていたもんだから、ルイーズが困ったようすで問いかけてきた。

 気のせいかエレインが俺を睨んでいる気がする。後でベルに報告されるのだろうか……。


「それなら大丈夫だ。ルイーズが既に、ガラドから1本取っていることは聞いてるからな。良く頑張ったなルイーズ」


 俺の言葉にルイーズは少し照れながらも顔を綻ばせた。

 昨夜エルネから聞いた話では、畑仕事や砦の修復を手伝いながら、毎日8時間は訓練をしていたらしい。

 王都育ちの箱入り娘とは思えない芯の強さだな。


「1本どころかいっぱい取ってましたよね、ルイーズ」

「ちょ、エルネさんバラさないでくれよ!」


 エルネの言葉にたじたじになっているガラド。

 そんなガラドを見て、エレインとルイーズがくすくすと笑っている。


「ガラド、気にすることないぞ。ルイーズが相当に成長したことは、魂力を見たらわかるからな」

「ほ、本当ですかグラム殿!?」


 ガラドをフォローしてやろうと言った俺の言葉に、真っ先に反応したのはルイーズだった。

 しかしそれはフォローするために言った、でまかせなんかではない。


「ああ、本当に強くなったなルイーズ」

「……う、嬉しい」


 ルイーズの頬を一筋の涙が伝った。

 そうか……。ダンジョンに行くときの俺の言葉が、よっぽど刺さってしまっていたんだな。

 良くみれば手が潰れた血豆だらけじゃないか。


「お前はもっと強くなる。一緒に頑張ろうなルイーズ」

「は、はい……」


 優しく頭を撫でてそう言うと、ルイーズは両手で顔を覆い肩を震わせた。


「はにゃあ、グラムがまたやっちゃったにゃあ」

「本人に自覚がないのがたちが悪いですね……」


 ため息混じりに意味深なことを言うシャルルとエルネ。

 その隣ではエレインが口を尖らせじとっとした目で睨んでいる。

 いや、今のは仕方ないだろ!

 これだけ真摯に頑張ってきたんだから、優しい言葉をかけてあげたくなるじゃん!

 なんて思っていたら、エレインの奴、拗ねたのかふんとそっぽを向いてしまった。

 ふぅ、後でベルにも怒られるんだろうな……。


「グラム殿! おお、ここにいたのですね!」


 なんて考えていたら、ワーグナー卿のお付きのマチアスさんが額に汗かき走ってきた。


「どうしましたかマチアスさん?」


 何かあったのか、かなり慌てたようすである。


「先ほど衛兵と共にダンジョンを確認して来ました。疑っていた訳ではありませんが、本当にダンジョンを攻略したのですね」


 マチアスさんは整った顔を驚愕に歪めている。

 今朝早くにダンジョンの事後処理をした後、マチアスさんにもうダンジョンからの魔物に心配する必要はないと報告しておいたのだ。

 ちなみにその他の野良の魔物から守るために、農園の砦もちゃんと完成させる予定である。


「はい。運良くあまり魔物に会わなかったおかげで、なんとか攻略することができました」


 とんでもない数を燃やしてきたけど、そんなこと言う訳にいかないしな。


「ご謙遜を。あそこがそんな容易いものでないことは、私たちが一番良く知っております」


 ばれてーら!

 いやきっとあれだ。さすがクロムウェル卿の御子息! とか言って、いつもみたいになんとかなるだろ。


「グラム殿、私について来ていただけますか?」

「構いませんが、どちらへでしょうか?」

「ヴァネッサ様がお呼びです」


 どうにかなるのかこれ!

 楽観的に考えすぎただろうか?

 10歳の子供パーティーが、誰も踏破できなかったダンジョンを、3日で攻略して帰って来たんだもんな。

 と言うか行きたくねえ! だってあの人すごく怖いんだもん……。


「グラム殿?」

「し、失礼しました。そうですね、私もワーグナー卿とはもう1度ゆっくり交友を深めたいと思っていたところです」


 嘘だけど!


「それは良かった。では参りましょう」


 しかしそんなことを言えるはずもなく、俺は爽やかな笑みを見せるマチアスさんに連れられ、ワーグナー卿の元に向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る