第52話 さてと、久しぶりの訓練です。でも、1年未満だけど、、、。



 アンジェリカさん率いる戦姫がフロスト支部へと所属を移してから数日後、建築途中のフロスト城内で建築が完了している数少ない施設のうち2つ、平たく言うと、マーシィの間と訓練所であるが、彼女たちが戦闘訓練に参加するようになってからさらに盛況になってしまっていた。



 そういえば、新しい訓練所になってからは一切戦闘訓練に参加していなかったので、今日は久しぶりに参加することになった。もちろん、マーブルとジェミニとライムを引き連れてだ。



 訓練所へと行くと、人族、獣人族問わず、非番であったり、今日の分の仕事を終えた領民達はもちろんのこと、新たな領民となったゴブリン達だけでなく、領内で癒やしの存在となっている各種ウサギ達も戦闘訓練に参加していた。さらには冒険者ギルドからも一部ギルド長から許可をもらった冒険者達も一緒になって、訓練に勤しんでいた。こちらも一応持ち回りで行っているそうだ。



 訓練の内容は様々であり、個人技、チーム戦などバラエティに富んでいる。やはり一番人気はマーシィさんとの戦闘訓練で、1人につき1日1回ずつという制限をしないと回らないらしく、その管理をエーリッヒさん達ゴブリン族の隊長3人が交代で勤めているそうだ。ちなみにエーリッヒさん達はマーシィの間における訓練方法の指導も兼ねているそうだ。私達も久しぶりにマーシィさんと手合わせしようとマーシィの間に向かうと、5組ほど先約があるそうだったので、その後に入れてもらうことにした。予約を入れようとしたら、先約である領民が順番を譲ろうとしたので、そこは断っておいた。領主といえど、順番は守らないとね。



 順番待ちをしている間、訓練の様子を見て回っていた。個人技ではアンジェリカさん達戦姫が、チーム戦ではゴブリン族がそれぞれ指導している感じだった。ここも順番に稽古を付けてもらっているようだった。戦姫の3人はそれぞれ、接近戦ではアンジェリカさんが、弓などの遠距離戦ではセイラさんが、魔術に関してはルカさんがそれぞれ指導をしており、チーム戦ではカムイちゃん率いるゴブリン隊が担当していた。ちなみに、ウサギ達は野ウサギ族の1体が他のウサギ達をそれぞれ指導しているようだ。



 順番待ちに関してだが、アンジェリカさんに稽古を付けてもらいたい者が半数を占めていた。流石はアンジェリカさんだ。大多数は純粋に戦闘スキルを上げるために頑張っているのだが、一部ではわざと罵倒されたくて来た不届き者もいるようで、そういった輩にはダメージ増で対処しているみたいだ。お手柔らかにね。ちなみに、罵倒希望者の全員が冒険者だったようだ。



 私が様子を見に来たのに気がつくと、アンジェリカさん達は一旦休憩ということでこちらに来た。領民達は復習しているかのように、動きを確認していた。向上心があるのはいいね。



「アンジェリカさん達、お疲れ様です。改めて、ここを含めた我が領はどうでしたか?」



「アイスさん、いえ、フロスト伯爵とお呼びすればいいかしら? それともご領主様と?」



「・・・いつも通りで結構です。ぶっちゃけ貴方達の方が上の立場ですからねぇ。」



「そんなことありませんわよ。まあ、それは置いとくとしまして、出来たばかりとはいえ、最低限の施設は揃っておりますし、領民の皆さんもいい方ばかりで非常に居心地のいい場所だと思いますわ。この施設も広々としておりますし、外壁などもかなり頑丈に作られておりますので、かなり内容の濃い訓練ができると思いますわ。」



「そうですね、ここまで思いっきり訓練できる場所って、王国どころか、他の国にもありませんね。」



「うん、強めの魔法で壁が壊れないの初めて。あと、ウサちゃん可愛い、、、。」



 ん? 壊れない壁? ちょっと待てよ。外壁の素材は確か魔樹で作ったはずだから、ルカさんクラスの魔術師だと耐えられないはず、、、まさか、ね。まあ、その件については後で本人に直接聞くとしますかね。



「そうでしたか、それは建築班が頑張ったおかげでしょうね。気に入って頂けて何よりです。」



「何より入浴施設も充実しているのが大きいですわね。ワタクシ達はオニキスがおりますので、仮に入浴施設がなくてもどうにかなりますけど、やはり入浴施設があるのと無いのとでは雲泥の差があると思いますわね。」



 アンジェリカさんの話にセイラさんとルカさんも頷く。そりゃ、一番入浴施設を欲しがった本人がここにいますからねぇ。



「唯一不満があるとすれば、食事の種類が少ないことですわね。」



「まあ、そりゃ、本当に何もないところからの開発ですからねぇ。これでも少しずつ種類は増えているんですよ。」



「領民の皆さんを見ていればそんなことはわかりますわ。実際、屋台をやっている皆さんの料理も美味しいですしね。この味付けはアイスさんが伝えたのでしょう? でも、今はこれ以上種類を増やしている暇もないのでは?」



「流石にわかりますか。肉に関しては種類も量も十分に確保できておりますが、植物の方は種類こそ増えておりますが、まだ量産できる状態ではないですしね。」



 そう、実際に狩り採集班が新たな種を見つけては、農業班がそれをしっかりと育てている。意外なことにフロスト領は今までが何故不毛の地域だったのか解せない程、農業に向いている気候だ。まあ、一番の原因は水なんでしょうけどね。逆に水の問題が解決すれば一気に穀倉地帯へと変貌を遂げるポテンシャルは十分にあるのだ。とはいえ、一年中温帯の気温であるので、寒暖差を必要とする植物の育成には向かない。その部分はもう少し余裕ができてからでもいいだろう。あと、農業班では、農地をさらに広げているようで、その作業にはアインも参加しているようで、たまに報告してくれる。



「そうですの? では、それを楽しみに待つとしましょう。ただ、種類を増やすのはアイスさんだけでは大変だと思いますの。そこで、ここにホーク亭を置きたいと思いますが、よろしいですか?」



「まあ、ホーク亭なら大歓迎ですが、人員は大丈夫ですか?」



「それなら心配には及びませんわ。タンバラの街からここに移ってもらいますから。」



「はい? タンバラの街からですか? タンバラの街にあるホーク亭はどうなるのですか?」



「最近王国がきな臭くなってきているのは先日お話ししたと思いますが、その影響でですね、タンバラの街に活気がなくなってきておりますの。ホーク亭の皆さんも移住を考えているそうなので、折角だからこちらに呼んでしまおうと思いまして。ついでに、あの街を離れたい住民がいたら、一緒にこちらに来てもらうと考えておりますの。」



「・・・そこまでマズい状況なのですか?」



「ええ、状況は切迫してきておりますの。」



「一応許可は出します。その辺はアンジェリカさんにお任せしますよ。ただ、国境を越えてしまうので、護衛はこちらからは出せませんが。」



「ありがとうございます。早速ですがお願いがありますの。」



「護衛以外で、ということは、転送装置の使用許可ですかね。」



「流石はアイスさんですね。それもお見通しでしたか。」



「転送装置についてですが、戦姫の3人に限って許可を出します。つまり、ここからタンヌ王国に戻るときだけ、ということです。これがマーブルの返事です。」



「ミャア。」



 転送装置についてはマーブルの魔力で作っているので、マーブルの許可が必要だと考えているので、いくら戦姫といえども、マーブルが許可しない場合は使わせないつもりだった。



「マーブルちゃん、ありがとう。行きだけでも助かりますわ。もう数日お世話になりましたら、早速出発したいと思います。ルカもそのつもりでね。」



「・・・わかった。」



「じゃあ、その話はこの辺で。聞きたかったのは訓練についてなんですけどね。」



「戦闘についてですか。そうですね、領民の皆さんもそうですが、特に獣人の方達は飲み込みがいいですね。特に犬族や猫族の方達は身体能力が高いので、対応も速くて先が楽しみですわね。」



「遠距離戦闘もそんな感じだったかな。ただ、犬族はともかく、猫族はそこまで飲み込みはよくなかったかな。人間の領民達はそつなく、という印象が強いね。」



「・・・魔術系は少し厳しい。素質はあっても、使いこなす頭が育っていない。」



「なるほど。ありがとう、参考になりました。頭に関してだけど、そこは致し方ないかと。元々飢餓状態が当たり前の集落からここに移り住んできた領民達ですからね。読み書き計算程度はできるように最低限の教育施設は欲しいけど、残念ながらまだそこまで手を付けられないんですよ。」



「ところで、ゴブリンの皆さんはどうでしたか?」



「アイスさん、彼らは本当にゴブリンですの? ワタクシ達が倒してきたゴブリンとは強さも態度も全く異なるのですけど?」



「うん、チーム戦で戦ってみたけど、どのチームでもかなり苦戦した。本当に強いよね、彼ら。」



「強力魔法、撃つ余裕がなかった。」



「間違いなくゴブリンです。ただ、彼らがここまで強くなったのはマーシィさんのおかげかな。」



「あ、そうです、あのマーシィさんって何者ですの? 本気モードで一度戦わせてもらいましたが、ダメージはともかく、全く手も足も出ませんでしたのよ。」



「しかも、私達3人がかりで、ですからね。」



「間違いなくドラゴンより強かった、、、。」



 流石はマーシィさんだ。ちなみに私のスキルの1つ『格闘術 極』はマーシィさんから伝授を受けたもので、これを手に入れてから、接近戦では負ける気が全くしなくなったのだ。実際、タンヌ王国での1冒険者だった前世では、数多くの大物を倒している。まあ、それはいいか。



「タンヌ王国に戻る前に、もうしばらく、彼に稽古を付けてもらいましょう。」



「そうですね、それがいいですね。」



「賛成。」



「特に、戦闘後に渡される手紙が凄いでしょ?」



「そうですわね。特に上手くいかなかった部分についての指摘はもちろんのこと、その解決方法まで具体的でわかりやすいですわね。」



「そこなんですよね。ゴブリン族のみんなも、その助言を受けた後にしっかりとその練習をして弱点を減らしていき、しかもそれを毎日続けておりましたからね。」



「なるほど。ここまで強いのはそういうことですのね。納得しましたわ。」



 そんな感じで戦姫と話をしていると、エルヴィンさんが呼びに来てくれた。



「アイスさん、待たせたな。教官が待っているよ。」



「あ、エルヴィンさん、わざわざありがとうございます。」



「で、教官から提案が来てね、いつもの場所ではなく、ここで行いたいと連絡が来たんだけどいいかな?」



「私は構いませんが、他のみんなは訓練を中止しないといけないけどいいのかな?」



「ああ、その点はみんなに連絡済みだから大丈夫だ。あとはアイスさん達だけだな。」



「了解しました。アンジェリカさん達もそれでいいですかね?」



「問題ありませんわ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。何せアイスさん達の本気の戦いがみられそうですからね。」



「私も見てみたい!」



「私も。」



「ということで、エルヴィンさん、こちらは大丈夫ですよ。」



「済まんね。あと、戦う順番も指定されててね、最初はライム君とそこのオニキス君だっけ? スライムコンビが最初で、次にジェミニ君、マーブル君で、最後にアイスさんだそうだ。」



「ライム達もですか。ライムは、と、やる気満々だね。」



「うちのオニキスもやる気みたいですわね。」



 ライムとオニキスを見ると、嬉しそうにもの凄い勢いでその場を跳ねていた。オニキスもかなりの速度になっていて、しっかりと成長しているのがわかる。



「マーブルとジェミニもそれでいいかな?」



「はい! 頑張るです!!」



「ミャア!!」



 マーブルもジェミニもやる気に満ちていた。



「みんなも大丈夫そうなので、それでいきましょうかね。」



「ああ、わかった。じゃあ、教官を呼んでくる、って、もう来てるし!」



 久しぶりに見たマーシィさんの戦闘モード、と言っても、あまり変わらないけどね。



 しっかりと戦闘前には周りに結界が張られて周りの領民達もその戦いの様子を見ることが出来るようになっていた。



 第1戦目はライムとオニキスのスライムコンビだ。2人は上手く連携してマーシィさんを攻めていたが、それを悉く躱すマーシィさん。この攻防には領民達のみんなはもとより、ゴブリンのみんなも驚いていた。ウサギ達もその様子をしっかりと観察していた。ちなみに、マーシィさんとの戦闘でこちらが負けることは訓練モードでは絶対にない。マーシィさんの凄いところはギリギリで負けることに尽きる。もちろんアドバイスも凄いが。上手くライムがマーシィさんの動きを止めて、オニキスがスキルである硬化を使ってメタルスライム状態でマーシィさんの頭部に攻撃を決めてフィニッシュ。



 マーシィさんが消えて、その消えた跡に手紙2通と銅貨2枚が現れた。



 第2戦のジェミニ、第3戦のマーブルも激しい攻防を展開した。ライムとオニキスコンビの第1戦では特に驚かずに見ていた野ウサギ族であったが、流石にマーブルやジェミニの戦いぶりには驚きを隠せないでいた。ただ、その驚きはマーブルやジェミニに対してだけでなく、マーシィさんの動きに対してもあったのだろう。



 ついに私の出番が来た。マーシィさんと戦うのは本当に久しぶり(でも1年未満)である。私が戦闘態勢を整えると、今まで存在感の薄い霊体だったマーシィさんが、実体化ともいえる存在感で現れた。とはいえ、そこはやはりマーシィさん、特にこれといった特徴がなく存在感の薄さが更に浮き彫りに出る結果となったのはご愛敬。



 さて、戦闘となると、一進一退の攻防となった。格闘術極を手に入れてから、不意にどこかにぶつかった、ということ以外ダメージを受けたことがなかったけど、今回は違った。今までとは段違いの強さになっており、かなり久しぶりにダメージを喰らったが、正直もの凄く効いた。水術を交えて戦う余裕が全く出てこなかった。



 マーシィさんが、タックルを仕掛けてきたのでギリギリ喰らうか喰らわないかのわずかな距離だけど横に移動する、こちらに向かっている両腕を少しはじきつつ、それを固定してリバースフルネルソンの状態にする、よし、これで勝ちは見えてきた。その体勢のままマーシィさんを真っ直ぐに持ち上げ、キレイな数字の1の状態にしてから一気に叩きつける。そう、ハイアングル気味のダブルアームスークレックスだ。もう少しダメージが必要だと思っていたので、片腕だけは外さずにそのまま持ち上げ背後に回る。マーシィさんの左肩に潜り込んで、鳩尾辺りの高さのラインに腕を回して固定し、そのまま後方に投げる。この時、私の中にジャ○ボ○田の魂が宿った気がした。そう、バックドロップを決めたのだ。本来なら、腰の辺りに手を回して投げる技なのだが、それは、相手を殺さないよう手加減が必要な場合だ。今回はそういったことは考えなくてもいいのでダメージ重視で受け身が取れないようにしたのだ。流石のマーシィさんもこれには耐えられずに消滅し、その跡には一枚の手紙と銅貨1枚が置かれていた。

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