第37話 さてと、仕掛けてきましたね。



 獣人達が我がフロスト領の領民に加わってから数日が経過した。最初に住んでいた人族の領民ともすっかり仲良くなっており開発も順調に進んでいた。特にこの2人の獣人子供の存在が大きかった。1体は猫族でクレオという名前の男の子、もう1体は犬族でパトラという名前の女の子だった。この子達は物怖じすることなく誰彼構わず突撃してはかまってもらっていた。



 この物怖じしないというのはフロスト領でほぼ義務づけられている行動においても遺憾なく発揮された。特にほとんどの獣人は風呂に入るという習慣がなく、初日はもの凄い心理的抵抗があったそうだ。しかし、それをものともせずに人族の領民と一緒に入浴したのだ。彼らが心配でしかたなく一緒に入った獣人達は風呂の良さに目覚めて今に至る、という感じだった。



 さらに風呂で体を清潔にすることで、生活が快適になったのに気づくと、積極的に人族に洗濯の仕方を学びに来て、これが交流に拍車をかけた結果となる。残りのトイレについては言うまでもなかった。



 ということで、多少の外見的違いはあっても、生活様式はほぼ一緒となったわけである。



 ただ、クレオ君は最初はマーブルに対してはかなり遠慮があった。今も多少は遠慮があるみたいで、ジェミニやライム、野ウサギ族には自分から突撃する勢いで突っ込んでいくのに、マーブルに関してだけは突っ込むことはしなかった。心配になってフェラー族長に聞いてみると、上位種に対しては恐れ多いという気持ちが先行するらしい。その証拠にウサミミの獣人は野ウサギ族に対して遠慮があった。族長本人も、見たことはないけどフェンリル族がここにいたら、自分もそうなるだろうと話していた。気にせず同じように接して欲しいとは思うけど、こればかりはどうしようもないのかもしれない。



 そういえば、日々の狩り採集で素材などは造成班が衣服や生活道具に加工して領内で使っているが、使いきれない分や、加工できない部分ももちろん存在するわけで、それが結構貯まってきたのだが、生憎フロスト領に商人はおらず、仮に来たとしても、トリン商会のような足下を見たり、ゴミを法外な値段で売りつけようとする連中ばかりで、まともな商人は来る気配がない、というよりも、トリトン帝国にはまともな商人がいないのだろうか? いや、いても雁字搦めにされていそうだな。悩んでも仕方がないので、別の方法を採ることにした。



 別の方法というのは、以前トリニトで行っていたやり方だ。つまりは冒険者ギルドに卸すことである。冒険者ギルドが誰に売っているかはわからないけど、少なくとも足下を見られたりふっかけられることはなく、常に正当な価格で取引してくれる。別に安いものは安くても構わない、それが正しい価格であるのならば。ということで、ウルヴ達にトリニトへと行ってもらうことにした。



 ウルヴ達がトリニトから戻り報告を受けたが、アッシュ達も日々頑張っているらしく、冒険者ギルドもトリニトの町もかなり豊かになってきているようだ。今回こちらで用意した素材は全てその場で買い取れる位には財政もよくなっているようで、今後もこまめにこちらに卸して欲しいと言われたそうだ。それに伴ってトリニトの冒険者ギルドの評価もうなぎ登りで上がっているそうだ。こちらが引くくらいの勢いで熱く語ってきたみたいだ。戻ってきたときに受け取った金貨はなんと5000枚! 希少価値こそないものの、人気が高いため品薄になりやすく、さらに状態もかなりいいので、予約でいっぱいの状態だったらしく、卸せば卸すほどお金になるため、少し色を付けてくれたそうだ。



 とりあえず5000枚もの金貨の入った袋を受け取り、300枚ずつ出して3人にそれぞれ手渡す。



「アイス様、これは?」



「君たちへの給金だよ。こっちに移ってからは払えてなかったからね。遅くなって済まない。まあ、この後もしばらく給金の支払いは遅れてしまうと思うけど勘弁して。」



 最初は3人とも受け取ろうとしなかったが、給金だと押し切って受け取らせた。とはいえしばらくは使い途がなさそうだから、貯めておくようにね。それはそうと、気になる報告があるという、とりあえず聞いてみましょうかね。



「アイス様、ラヒラスが気になる報告があるそうで。」



「ラヒラスが? それは、聞いておかないとまずそうだね。で、ラヒラス、その気になる報告とは?」



「うん、俺らは領民達と一緒に狩り採集に行ったりしてるよね?」



「もちろん、そのおかげで、このように大金を手に入れられたんだし、それで何か気になることでも?」



「うん、最近どうも、魔物の種類が変わっていることが気になってね。」



「種類が変わっている?」



「ああ、そういえばそうだな。今までは一角ウサギは当たり前のように混じっていたが、最近は全くいないな。ゴブリンが増えてきているな。」



「そうなんだよ、アインが今言ったとおり、ゴブリンが増えてきているんだよ。」



「ということはゴブリンの上位種が出現して勢力図に変化があると?」



「いや、ゴブリンの勢力図が大きくなったわけじゃなくてね、何か魔物達が押し出されているような気がするんだ。」



「そういえば、トリニトの魔道具職人の家に治療に行ったときに聞いたのだが、何か魔除けの魔道具がかなり買われており、大儲けしたと聞いたが、それと何か関係があるかもな。」



 ほう、アインはトリニトに行ったときでも活動しているんだな、感心感心。



「あ、なるほど、話はつながってきたな。」



「話がつながったとは、ラヒラス、何かわかったのか?」



「まだ完全にまとまってないから、はっきりとは言えないけど、これってフロスト領に何か仕掛ける準備だと思うんだ。」



「アインよ、魔道具職人の話だけど、相手が値切ったかどうかは言ってたか?」



「そういえば、値切ってきたけど、この値段以下では売らないと強気に出たら渋々買っていったから笑いが止まらないとかも言っていたような、、、。」



「なるほど、私もわかったかな。ラヒラス、これ、恐らくハブハド公爵達がこちらに仕掛けているかもしれないと思うけど、どうかな?」



「多分ね。で、公爵達に頼まれて魔道具を買ったのがトリン商会、と、あと、俺の予想だけど、恐らくその魔道具は森の中に一定間隔に設置されていると思う。」



「そうだな、後で調べてきてもらうか、とりあえず早さが大事だから、野ウサギ族に確認してもらおうか、恐らく野ウサギ族クラスならその魔道具程度ならは効果がないし、足が速いからこういった偵察は向いていると思う。」



「まずは、それを確認してからかな、とはいえ、ラヒラス、対策はよろ。」



 私はすぐさま屋敷を出て広場にいたレオに森の偵察を頼むと、レオは2つ返事で引き受けてくれて、偵察班の4体と広場にいた4体ですぐさま森へと向かっていった。



 続いてウルヴにトリニトの冒険者ギルドへ向かってもらい、ギルドで魔物の移動などの情報を聞いてくるように伝えた。



 次の日、レオ達から報告を受ける。



「主よ、何やら怪しい男が等間隔で変な魔道具を設置しながら森の中を移動していたぞ。」



「どこに向かっていったかわかるかな?」



「そのまま北西へと進んでいったようだ。あと、魔道具は途中から森の入り口と2カ所ずつの設置に変わっていってるようだ。」



「なるほど、ありがとう。今日はシロツメクサの畑の1カ所で思いっきり遊び回ってもいいから。」



「それはありがたい!!」



 こんな話をしているが、傍目から見ると、私が普通に話はしているものの、レオの話は「キュー!」くらいにしか聞こえていないようだ。アインとラヒラスは呆然としていたが、私が話の内容を説明すると、なるほど、と納得していた。



「アイス様、一つ気になったことがあって。」



「どうした、ラヒラス?」



「一応言っておくと、魔除けの魔道具っていくらショボい完成度のものでも結構値段がかかるんだよね。いくら商人やハブハド公爵が絡んでいるとはいえ、そこまで大量にあの魔道具は買えないんじゃないかな。」



「なるほど、つまりは他にも協賛している貴族がいると、そう言いたいのかな?」



「ほぼ間違いないと思う。ただ、いくら権力を振りかざしてもこれはやってはいけないことだと思うから、誘うにしても数は限られてくるのではと思うけど。」



「それについては恐らく、というかほぼ間違いないことだと思うけど、ハブハド公爵が表立っているということは、リードレッド宰相とヒアハード侯爵も絡んでいる。主立ったものはその3人かな。まあ、それは後で考えるとして、彼らがこれを使って何を仕掛けてくるのか、ということだけどね。」



「俺の考えだけど、それでもいいかな?」



「ああ、もちろん。ラヒラスの考えを聞こうじゃないか。」



「俺の考えだと、十中八九、人為的にスタンピードを起こして、こちらに向かわせてくると思っている。」



「なるほどね。確かにそれはありそうだね。」



「で、俺の考えが正しければ、恐らく彼らを通じて冒険者ギルドに通達がされているはず。」



「ほう、通達ね。一体どんな内容で?」



「最近魔物の様子がおかしいので、討伐クエストを受けるのは控えるように、といった感じかな。で、準備が完全に整ったときに改めてスタンピードが起こりそうだとトリニトの冒険者ギルドには連絡がいく感じかな。それと個人的に私達に伝えてきて貸しを作るつもりかな、それでもギリギリまで伝えてこないと思うけど。」



「なるほどね。盗賊をけしかけてもムリだったから、普段魔物狩りで生活している私達に魔物に対する恐怖をあたえて生活基盤を崩していく考えかな、流石は自称策士だね。笑いが止まらないよ。」



「で、ネタがわかったところで、アイス様はどうする? 仕掛けた連中に何かしらの報復をするかい?」



「いや、この件は知らんぷりを決めておこう。とはいえ、その情報に対するお礼は必要だね、マーブル、時間停止の付与は入れなくてもいいから、100メートル立方くらいの空間収納は付与できるかな?」



「ミャア!」



 マーブルは何かを察したらしく、嬉しそうに敬礼した。いつ見ても可愛い。



「ラヒラスさ、鮮度を保てる魔道具って作れる? できれば使い捨てのやつだとありがたい。」



「アイス様の考えていることはわかった。使い捨てだったら作れそうだけど、どのくらい保たせればいいかな?」



「そうだね、2週間くらいでいいかな。」



「了解、作っておくよ。で、話は戻るけど、彼らが仕掛けたという噂は流さなくてもいいのかな?」



「必要ない。普通に考えたら、スタンピードは確かに災厄の1つではある。だけど、君たち、ここはどこであるかわかるよね? もちろん、領民がどうなっているか?」



「ここはフロスト領で、領主はアイス様、一緒にいるのがマーブル君達、配下は俺たち3人、領民は人族と獣人族、あとは野ウサギ族、って、あれ? これって、、、。」



「そう、通常の街であれば恐れるべき出来事だ。しかしここはフロスト領だ。むしろ大歓迎のイベントなのだよ、考えてもみてくれ、黙っていても獲物がこっちに来てくれるんだぞ、しかも数は多いから思う存分暴れることができる。種類も数も多いから、いろんなお肉がいただける、ということでもあるんだ。しかも、こちらがなんで起きたのか知らないふりをしておけば、他の誰かもこうやって仕掛けてくれるかもしれないんだぞ!!」



「あー、アイス様もそうだけど、マーブル君達もそういう考えの持ち主だっけか。」



「何をためらっているのだ? ラヒラス、お前にとっても、フレキシブルアローをガンガン試せるすばらしい実験の会場なのだぞ。アインも自分の力がどこまで相手に通用するのか、自分より強い力を持つ魔物はどれなのかを確認するチャンスではないか。これを喜ばずして、いつ喜ぶんだ?」



 恐らく人為的なスタンピードで間違いないだろう、ということで、領民達にも知らせるが、領民達は驚きはしたが、ここから離れようとはしなかった。でも、ここって最低限の柵で囲んではいるけど、城壁ないから近づかれたら大変だよ? と伝えたが、それでもここを離れるという領民は存在しなかった。まあ、他に行くところがない、というのもあるんだろうけど、こちらが笑いながら話しているのを見て、何とかなりそうだと思ってくれたそうだ。クレオ君とパトラちゃんなんかは、こっちに飛びついてきて、自分たちが守る!! とか言ってくれたりもした。2人が飛びついたのに対抗するべくマーブル達も私に飛びついてきた。どのモフモフも捨てがたいですな。



 さてと、ぶっちゃけるとフロスト領については何も心配していないが、トリニトの町にどのくらい被害がでるのかが心配だった。とはいえ、一々手助けをしていたらアッシュ達は育たない。防衛の練習ということで頑張ってもらいますかね。



 あとは、3人の貴族の方達にはお礼の準備をしておきませんと。え? 別の意味でのお礼じゃなくて、本当にお礼はしますよ。そのためにマジックバッグを等を作ってもらうのですからね。喜んで頂けるといいのですがね、クックック・・・。

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