幻のスピアーファイター

 ここのところ不穏な事件が多い。一般人の行方不明や、変死体が多く見つかっている。何より、それが都市の中で発生していることだ。都市の中にモンスターが忍び込んでいるのか。市民に恐怖を煽る噂が蔓延り、マイナスな空気が都市に溜まっている。そんな状況はよくない! トーマスはそう思っていた。


「何言ってるの? 不安が多ければギルドに案件の依頼が増えるのよ? それに、そういうレベルの低い案件は、レベルの低い冒険者を育てるのよ? こんなにいい状況はないじゃない」


「……先輩、なんかそれって悲しくないすか? 不安があればギルドが儲かるって」


「トーマス、喜びだけでは食べていけないのよ? ギルドが潤わないと、私たちは食べていけないのだから」


「えー……」


 シーラは有数のリアリストだ。対してトーマスは甘いところがある。だが、トーマスはその徹底的にリアルなところに憧れていた。


「あのー、すみません」


 窓口に呼び鈴が鳴った。シーラは瞬時に雰囲気を切り替え、おしとやかに窓口へと直行した。

「こんにちは。窓口担当のファランクスです。よろしくお願いいたします」


 いつ見ても、先輩のビジネススマイルはすごい。いつもあんなにきつい性格で、目つきが悪いのに、窓口となると人間が入れ替わる。


「あ、はい。よろしくお願いします。お金が欲しいので、何か案件を斡旋して欲しいのですが……」


「はい。では、こちらはどうでしょうか?」


 シーラは素早く案件を紹介し、手早く案件受注を取り付ける。話を終えたシーラはいつもの目つきの悪い顔に戻り、いつもの席へと戻った。シーラはあの冒険者に大した関心はなかったようだが、トーマスはあの冒険者に見覚えがあった。


「……あの、ファランクス先輩? もしかしてあの冒険者、“伝説のスピアーファイター”じゃないすか? 強力な竜やモンスターを何度も討伐してるっていう——」


「ああ、そうじゃない?」


 シーラは分かっていたようだ。しかし関心はなさそうだ。


「先輩⁉ 知ってたんですか?? 何であんな——」


「私たちの仕事はギルドの事務処理よ。それ以上の仕事はないわ」


 目つきの悪い大きな目で、トーマスを横目に見ている。トーマスはやや不服そうな顔をしながら、一つの疑問をシーラに確認した。


「……そういえば先輩、なんであの冒険者、いきなり窓口に来たんですか? 新人なら別ですが、案件は掲示板とかにも張ってあるし、正直いきなり窓口に来るなんて——」


「あの冒険者は、文字が読めないの。だから契約内容も特殊なのよ」


「あー、だから、いちいち窓口に来ないといけなんすね。……てか、今時文字が読めないって……」


「そんなことはないわよ。冒険者は戦えればいいのだから、腕っぷし一つで生活している人間はごまんといるわよ」


 トーマスの疑問に対し、シーラはさらっと返す。


「はぁ……、俺も一応冒険者目指してたんだけどなぁ……。才能があれば、勉学する必要は——」


「必要がなくても、勉学は大切よ。ただ面白いだけじゃないわ。勉強しておけば、騙されることもなくなるもの」


「——?」


 シーラの発言が、トーマスの頭にこべりついた。これ以上突っ込んでも何も得られないと思ったトーマスは、黙々と作業に戻った。


〇 〇


 いい案件を受注出来たなぁ……。


 明るい顔をしながら、伝説のスピアーファイター、レンは自宅へと戻った。彼は外套を脱ぎ、一直線に部屋の奥へと進んだ。


「ただいま母さん。今日は、とってもいい案件を受けたよ。もっと母さんに贅沢させること出来るかな」


 ベッドには、衰弱した女性が横たわっていた。レンがいくら話しかけても、女性は反応しない。レンはベッドの横の椅子に座り、優しく声をかけた。


「たださ、母さん。この案件は、いつも以上に時間がかかりそうなんだ。しばらく帰って来れないけど、頑張ってね……」


「その案件、短時間でこなすことは可能ですよ」


 狭い部屋の中で、聞きなれない声が響いた。レンは慌てながら立ち上がり、部屋を見渡した。この部屋、この家にいるのは俺と母さんだけのはず。誰が……。


 レンの頭に浮かんだ疑問はすぐに解決された。部屋の隅に、明らかに異常なものがいたからだ。


 青い装束に身を包み、大きなゴーグルをかけている。青白色のオーラを纏いながら、部屋の中で立っていた。明らかに異質な、魔法使いのような者。


「あの……、あなたは——」


「僕はただの魔法使いです。本日は、あなたに新しい武器を差し上げるために参上いたしました」


「新しい、武器ですか?」


「はい。まずはこちらをご覧ください」


 叡持は手元に魔法陣を表示し、そこから一本の槍を取り出した。


「……この槍は、一体……?」


 レンは槍に心を奪われた。その槍を凝視し、少しずつ、吸い込まれるように歩み寄っていく。


「もし、あなたが『同意』して頂けるのなら、この槍を差し上げましょう」


 叡持の一言で、レンの態度が変わった。目を見開き、正常な人間ではないような顔へと変化しながら。

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