師弟

「なあ…………、ハヤテ」


 人里に近い洞窟で、青い竜が丸くなっていた。


「棟梁、ですか?」


 洞窟の入り口に立つのは、大柄の女性職人だった。シオリは目をなるべく優しくして、じんわりとハヤテを見つめた。


「ああ。魔導士との一件は完全に決着した。さあ、帰ろうぜ」


「……」


 ハヤテはだんまりしてしまった。しばらく沈黙がこの中を支配していたが、痺れを切らしたシオリが口を開いた。


「何を気にしてんのか知らねぇが、お前が考えるべきことは何もないぜ。叡持は普段の活動に戻ってる。騎乗竜のお前が必要だ。さっさと帰る——」


「どうして、こんなところに来たんですか? もしかして、俺を始末しようと……」


「……は?」


 予想の斜め上の返事を聞き、シオリは首を傾げた。同時に頭を抱えた。


 ……めんどくせぇ。


 これが正直な感想だった。出たよ、ハヤテのいつもの落ち込んだ状態。


「……あのなぁ、どうして私がお前を始末しに来るんだよ」


 呆れた声で声をかけるが、ハヤテの態度は変わらない。


「だって、俺は勝手にDドライバを持ってって、それを魔導士に奪われて……、結局何も出来ずに、ただ状況を悪化させただけでした。始末されて当然です。それに、初めはDドライバを持ってっても何の意味もない、と思っていたのに。結局持ってって……。無計画で、臆病で、何のためにしたのか——」


「いい加減、この余計な考えを捨てたらどうだ? お前はこうやって——」


 急に大きな声を出したので、体の痛みが再発してしまった。いくら叡持の魔術で治療したとはいえ、最も危険なDドライバの、暴走状態の爆発を、超至近距離で受けたのだから。シオリほどの魔物でも、回復までにしばらくかかる。

 しかし、絶対に体に痛みがあることを悟られてはならない。妙に察する力が強いハヤテだ。私が体を痛めていたら、きっと魔導士との一件で負傷したと分かるだろう。そして、私ほどの魔物が深いダメージを受ける攻撃は限られる。高い確率で、あのDドライバによる負傷だと理解する。そうなれば、「自分のせいだ」とか言って更に面倒な状況に——。


「棟梁……? もしかして怪我を……なされたの、ですか?」


 考えた傍から……。ハヤテってやつは……。


「あの、もしかして、この負傷は——」


「ここに来る途中で、思いがけない戦闘があったんだ。別に魔導士との戦闘は——」


「本当ですか? 棟梁ほどの魔物なら、もしかしてD——」


「てめぇ、私が信用出来ねぇのか?」


「うっ……」


 ハヤテは再び黙り込んだ。こんな、嘘をつき通すためにこんなセリフを吐く羽目に遭うとは……。シオリは一度深呼吸をし、再び口を開いた。


「今回の件はすべて丸く収まった。今や、魔導士は叡持の熱心な協力者だ。もう、何も気にする必要はねぇんだ。いい加減帰るぞ?」


「……こんな、逃げた自分に、今更帰れ、と言うんですか?」


 ハヤテがゆっくりとこちらを向いた。


「俺は、立ち向かおうと思ったんです。Dドライバを上手く使えば、あわよくば魔導士と交渉したり、立ち向かうことが出来ると思ったんです。……ですが、俺は一瞬迷ってしまいました。怖くなってしまいました。そして、俺は大切な魔術とDドライバを奪われたんです」


「だからよぉ——」


「そして、俺は更に逃げたんです。あの後、魔導士に奪われた後、魔導士は俺を殺さずに、俺を解放したんです。……あの時、少しでも立ち向かう勇気があれば、そんな力があれば……。ですが俺にはそんなものまったくなかったんです。俺は、そのまま迷わずに逃げてしまいました。俺は……」


「ハヤテ、いい加減怒るぜ?」


 ハヤテが改めてシオリを見た時、シオリの周りには怒りのオーラが漂っていた。並みの魔物なら触れただけで消えてしまうほどの強いオーラ。それを見て、ハヤテは硬直した。


「お前の下らねぇ言い訳を聞かされる身にもなってくんねぇか? 私の目的はお前を連れ帰ることだ。お前が黙ってついて来てくれれば私の任務は完了だ。それにな、ハヤテ。結果を見てみろ。お前は生き残った。私もこうして生きている。叡持と魔導士は和解した。絵にかいたような大団円だ。だから、変なこと気にせず帰ってこい」


「……で、でも」


「そうやって、自分へ言い訳して、自己満足にふけるのは勝手だ。だがな、そんなこと他人は見ちゃいねぇ。見るのは誠意と結果だけだ。そんなことで消耗せずに、いい加減帰ってこい。私だって早く帰りたいんだ。お前を連れてな」


「だけど……」


「不安があるならもう一回鍛え直してやる。いいからついてこい」


 シオリは糸をシュルシュルと出した。糸はハヤテを拘束する。


「……ちょ、ま、待ってください! 俺、いきなり……」


「ここまで反論できれば上出来だ。悩む暇があったらささっと挽回すりゃいいんだ」


 シオリはニッと笑った。自身に満ちた表情は、洞窟の入り口から届く光によって、更に明るさを増していた。


 強制的に連行される形となったが、ハヤテは少しほっとした。正直帰りたかった。ただ、どうも帰っちゃいけない気がいた。ここまで強引だと、なぜか心が安心した。


「さて、帰ったら早速特訓だ。覚悟しとけ」


「はい」


 日常が戻った気がした。自分が帰るべき場所に、再び変えることが出来る喜びを、静かに噛みしめた。

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