素顔(後編)
叡持が地面に降り立ち、煙が消えていく。同時に、魔導士の姿が露わになっていく。
初めの叡持の疑問は、あの声の正体だった。あの声は、一体どのように発せられたのか。最も可能性が高いのは、あの声が魔導士のものだということ。しかし、にわかには信じがたい。何が起こったのか、じっくりとこの目と計測魔術で確かめなくては。
叡持は自身のゴーグルの増幅率を最大化し、更に計測魔術の感度も最高にしていた。最高レベルの観測体制で、この影を観察していたのだ。
そして、姿が完全に明らかになった。確かにそこにいたのは魔導士だった。だが、明らかに今までと違う点がある。
あの名状しがたい仮面が……、ない?
煙の消失と共に叡持の目に入ったもの、それは……。
「……あ、あなた…………は?」
黒く分厚いローブとは対照的な、白く柔らかい肌。幼子を彷彿とさせるその肌が、爆炎と黒煙の中で存在感を示していた。
髪は黒々としていた。ローブのような、すべての光を吸収し尽くす黒ではない。黒光りし、光の当たり方によっては緑にも紫にも見える。そんな髪が、フードから少し飛び出ている。
だが、一番目を引くのは、その少女が持つ瞳だった。
黒く、大きな瞳。潤んでおり、まっすぐにこちらに向けられている。
その瞳に、あの魔導士の強大さを見つけることは出来なかった。むしろ、助けを求めているような瞳だった。
自分は弱い。だけど、誰も助けてくれない。誰でもいいから助けてほしい。怖くて仕方ない。そのようなか弱い叫びが、瞳から滲み出ていた。
そのような少女が、名状しがたい仮面と黒く分厚いローブに身を包んでいた。いや、包んでいたのではない。あれは、『鎧』で、『壁』だ。
恐ろしい外装と行動でか弱い本当の自分を囲い、崩れないように保護しているように感じる。
外のすべてを恐れ、必死で、自分が崩れないか怯えているようだった。誰かに助けを求めと同時に強がっているような目で自分を見た。
そして何より、あの見た目から想像できるすべてが、とても魅惑的だった——。
シュウウゥゥゥゥゥ……。
叡持は帽子を取り、ゴーグルが付きのヘルメットを脱いだ。ゴーグルを通して見る、詳細な画像には満足できなかった。呪いのように惹き付けられる少女を、完全な肉眼で見たかった。
幼子とも女性とも言いがたい容姿。謎に包まれ、好奇心を刺激するあの雰囲気。その時、もしかしたら通信用魔術は慌てた声を伝えていたかもしれないし、上空から心配性なドラゴンが叫んでいたかもしれない。
だが、そんな声、まったく彼の耳には入らなかった。今、彼の感覚器官は、全集中力をあの魔導士に向けていた。彼の全情報処理能力もまた、すべてあのかわいらしい少女の分析に利用されていた。
「……大賢人。やはり私は……。…………何を見ている——、はっ!」
白く柔らかい肌が、急に赤くなった。瞳が更に潤いを増し、その大きな瞳が震え始める。だが、あの黒い瞳は、ずっと叡持に向いていた。まっすぐに、叡持を視線上に捉えていた。
「あ…………、あああ……、ああ……」
魔導士の手を、あの白い肌の上で滑らせる。両手も黒い手袋で隠されているが、その内側も、あのような白く柔らかい肌なのだろう。
「かっ……、仮面が……、ああ、ああああっ!」
慌てる魔導士の正面には、頭を無防備にした叡持が立っていた。そのことが、更に魔導士の心を揺さぶった。
——顔を……、見られ、た……?
この肉体の、全神経が震えあがった。大量の腐乱死体が降ってきたような、そんなおぞましいほどの嫌悪感が全身を駆け巡った。
この、自分の体とも言いがたい、そんな体を、他人に見られてしまった。それも、あの大賢人に——。
「ああ、ああ……、きゃあああああああああああっ!」
急に黒い煙が激しく動き始めた。その煙も、まるで慌てているようだった。
「あ、あああ……」
魔導士は、言葉にならない言葉をずっと発していた。
かぽん。
煙が少女の顔に、あの仮面を押し付けた。
「……はっ、はあ……」
あの顔が隠れ、叡持の硬直は解除された。
「あ、あの……」
叡持は、かすれた空気の振動を口から発した。もちろん、そんな弱い波動などあの魔導士に届くわけがない。
黒い煙は竜の姿へと変化した。そして魔導士を包んだ。
「……大賢人。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる…………」
煙の中から、小さく、憎悪に満ちた呪言がかけられた。叡持は、その言葉を受け取るような余裕はなく、ずっとあの煙を眺めていた。
バアアァァァァァン……。
魔導士を包んだ竜は、そのまま翼を強く羽ばたかせた。そして竜は瞬く間に空の彼方に消えていった。
まっさらに吹き飛ばされた大地と、消失した山。空気は、エネルギーを吸い取られてカラカラっとしていた。その中で、ぼーっとする魔法使い。何かが持っていかれたような、言葉に表しづらい感覚が、今の叡持を満たしていた。
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