対峙・爆轟の大賢人と黒い魔導士(中編)

 暗い洞穴の中にあるのは、漂う異形の者たちと、人型の影二つ。片方はろうそくの淡い光によって浮かび上がり、片方は青白色のオーラによって自ら輝いている。


 片方が被るのは、名状しがたい仮面。


 おどろおどろしく、おぞましく、一目見ただけで、本能的な恐怖を刺激される仮面。


 もう片方が被るのは、大きなゴーグル。


 難解な文字が流れては消え、複雑な図形が表示されては消される。そして、口元にも謎の装甲が装備されている。


「……人の仕事場に勝手に上がるとは。覚悟はあるのだろうな?」


 仮面の内側から、低く、潰れた声が聞こえる。しかし、どこか違和感がある。叡持は計測魔術を使用した。そして、声を変える魔術が使用されていることを確認した。


「これは失礼いたしました。こちらがどなたかのお宅だということを存じ上げずに参上したものですから」


 叡持は一度姿勢を正し、礼儀正しくお辞儀をした。


「申し遅れました。僕は新川叡持。巷では大賢人と呼ばれています。爆轟術の使い手。世界を超えた、魔術の探求者です。あなたは……」


「……名前など、……ない」


 無関心な、吐き捨てるような言葉を返した。叡持はその雰囲気をまったく感じ取らず、会話を続ける。


「名前がない。ですか……。それは不便ではありませんか?」


「私は、誰かと関わることはない。だから、名前など必要ない」


「ですが今、あなたは僕と会話をしています。少なくとも、僕とお話しする間だけは、名前をお持ちの方が便利でしょう。誠に勝手ながら、現時点ではあなたのことを“魔導士殿”とお呼びさせて頂きます」


「魔導士……、か」


「お気に召しませんか?」


 魔導士は黙った。叡持も、今は刺激せずにゆっくりと接するべきだということを理解していた。二人の魔法使いは沈黙したまま、しばらくの時間を経過させた。




 魔導士、魔導士、魔導士……。


 魔導士は、心の中で何度もその名前を連呼した。名状しがたい仮面の裏側は、既に多量の汗と、荒い息で満ち満ちていた。

 自分は、今まで誰にも名前で呼ばれたことなどなかった。あの女も、私のことを名前で読んだことなどなかった。ずっと、私は肉片だった。あの女からちぎれた、ただの肉の塊。そして、誰かを殺すことで、私は私を維持してきた……。


 魔導士……。


 初めて、名前で呼ばれた。私固有の名前じゃないのは知っている。だが、私そのものを差す、名前。それが、妙な興奮と、安心感を与えてくれた。


「大賢人……、と、言ったか?」


 魔導士は沈黙を破った。少しでも丁寧に、二つ名、称号で相手を呼ぶ。


「はい。やっと、お話をされるつもりになられたのですね」


 ゴーグルの内側から、淡白な言葉が返ってくる。


 “言葉が返ってくる”という、この体験を魔導士は噛みしめた。もう二度と、こんな経験出来ないかもしれない。この感情を忘れてはいけない。魔導士は、いまのこの気持ちを、ゆっくりと、じっくりと、心に浸透させていた。


「……お前は、なぜここに来た?」


「なるほど。ここに赴いた理由ですか。確かに、このような場所に人が訪れるなど普通の出来事ではありません。しっかりと説明させて頂きます」


 叡持は言葉に感情を込めずに、淡々と話しを続ける。


「僕が参上したのは、ある現象を解明するためです」


「ある……、現象?」


「はい。この世界では、度々“黒い煙”が発生していました。その原因を調査したところ、ここが力の発生源だということが分かりました。果たして、あの黒い煙はどのようなものなのか、発生源を調査し、解明しようと考えているのです」


「黒い、煙……? そうか、亡霊のことか」


「亡霊?」


 叡持が尋ねると、魔導士は片手を差し出し、その上に黒い煙を発生させた。


「これは……」


 叡持はコンソールを見た。そして、これは間違いなくあの“黒い煙”だった。間違いない。この煙は、目の前の魔導士が発生させていた。

 叡持は目を輝かせた。ゴーグルの内側で、天真爛漫な目に、あの煙が発生する瞬間を、じっくりと焼き付けた。

 コンソールには、煙が発生する過程がリアルタイムに表示される。データは城に転送されながら、処理がなされ、データベースに格納されていく。


 今まで、非常に多くのデータを集めた。未知の存在を探るために。遂にその発生源に到達し、今、発生する瞬間に立ち会っている。


「私は、“魂”を操ることが出来る。既に死んだ者、これから死ぬ者、関係なく」


「魂、ですか。なるほど。この生命エネルギーの正体は、生命の“魂”だったのですね」


「……初めてだ。私の力を、ここまで捉えたのは」


「ありがとうございます。どうやら、あなたとは仲良くお話が出来そうです」


 仲良く……、だと?


 仮面で見えないが、魔導士は頬を赤くした。息が荒くなり、頭が真っ白になる。大きな黒い瞳が、うるうるしながら揺れていた。初めて……。


「僕は、出来ればあなたと敵対したくないのです」


 魔導士の様子など全く気にせずに、叡持は本題を切り出した。

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