既知・目的(後編)
ハヤテは叡持の部屋を見回し、適当な広い箇所を見つけた。
シュルッ!
腕輪から糸を出し、その場所の近くに糸の先端を付け、糸に引っ張られるようにその場所へ移動していく。ハヤテはまったく起き上がることなく、だらっとしながら目的の場所へと移動を終えた。
「ハヤテ……、お前、まさか、この部屋までこの移動方法で……。流石だ、な……」
シオリは呆れたように頭をかき、ハヤテから目をそらした。
「それで叡持殿。果たして、相手の行動の“目的”を考えていますが、叡持殿はそもそも前提が間違っていると思うんです」
「前提、ですか。つまり、僕は固定概念にとらわれている。しかし、真相は僕が想定した概念の外側にある。そうおっしゃりたいのですね?」
「まあ……、難しい言葉を使えばそういうことになると思います」
「確かに。一度とらわれてしまえば、自力での脱出は困難を極めます。そのために、僕は結論を導くことが出来なかったというわけですね。ありがとうございます。では、僕がとらわれている固定概念とは、どのようなものなのでしょうか?」
叡持は目を輝かせ、ハヤテへ近寄る。長い謎が解ける喜びを、今すぐにでも感じたい。そのような心が滲み出る叡持を見ながら、ハヤテはゆっくりと口を開いた。
「種族に関係なく、意思を持つ者は、誰もが合理的な判断の下、常に自分の利益を考えた最善の行動をする。叡持殿はそう考えています」
ハヤテが放った言葉が叡持に到達する。叡持は、目に驚愕を浮かべながら大きく見開いた。
「……当然でしょう。すべてのものは、自分の目的のため、常に最良の選択を模索する。すべての行動は、自分の目的を達成するために行われる。当たり前ではないですか」
「叡持殿、正直に言って、そんな奴叡持殿くらいです」
ハヤテは上半身を起こした。体の正面を叡持へと向け、すっと、言葉を続けた。
「実際、明確な目的を持った奴なんてほとんどいませんよ。命の危機に面している奴が、必死に逃げようとするくらいです。それに目的を持ってたって、曖昧過ぎて何もしなかったり、目的があってもそれに反することや矛盾することを平気でやります。適当に生きて、大切だと思ってることがあったとしても目先の欲望を優先したり……。合理的に生きてる奴なんて、滅多にいません」
「……なるほど。指摘されて気が付いたのですが、確かに被検体の大部分も、随分と非合理的な行動を行っていました。Dドライバを手にしてからは、力の誇示や富を得るために活動するように変化していましたが」
「たぶん、それも違いますよ。力を手に入れる。それだけが目的の奴だっています。いや、ほとんどが、力を手に入れることを目的にしてるんですよ。力は手段であり道具でしかないのに。俺を襲ってきた連中は、大体そんな奴らでした。生きるためんかじゃない。自分の力を証明するため。他の奴に誇示するんじゃなくて、自分が強い存在だと自分自身に説明するために、俺みたいな弱いモンスターを狩るんです」
「非常に興味深いですね。『目的と手段の逆転』と言われる現象でしょうか」
「そういわれてる現象があるんですか。ですが俺が思うに、結局みんな力を欲しがってる。目的なんて、力を使う理由付けでしかない。そして力を行使する時も、目的の達成なんて後付けの外装でしかない。結局は、自分の力を、自分で確かめているだけなんじゃないかって、思うんです。あの黒い煙を発生させてる奴も、そんな感じなんじゃないかって、思うんですよ」
「黒い煙も、ですか。つまりここから本題に入る、そう解釈してよろしいですか?」
叡持が食い入るようにハヤテを見つめた。ハヤテはその様子に少し萎縮しながら、ゆっくりと口を開いた。
「相手は、ほんとはとっても不安なんじゃないか、と俺は思うんです」
「不安?」
ハヤテの言葉を叡持は理解出来なかった。なぜ、不安と黒い煙が関係するのか。今すぐコンピュータで計算しようかと考えていたが、それよりも先にハヤテの言葉が流れて来た。
「“命を奪う”。それって、とんでもないことじゃないですか? さっきまで普通に動いていたもの、普通に食事したり、走り回ったり、言葉が通じるなら話していたり、そんな奴が、もう動かなくなるんですよ? 自分の力で、相手の自由を完全に奪い取る。本来干渉できない相手のものを、暴力を使って強引に叩き壊す。やわな力の差じゃ出来ない。自分の力が相手より勝っていてこそ、圧倒的な差があってこそ成し遂げられること。……それって、物凄い安心感を与えてくれるんじゃないか、って、思うんです」
「なるほど。つまり、命を奪うことが、相手の心の平穏を保っている。ということですね」
「たぶん、そういうことだと思います。力も、結局は安心を得るためのもの。叡持殿風に言えば、安心を得るのが目的。その手段が力を得て、行使すること。……こう言ってみると、力を得ることは目的じゃないですね。手段です。殺すことも、安心を得るための方法でしかない。表現を変えれば、叡持殿が言うような、明確な目的はない。しかし、全員がなんとなく、しかし確実に持つ、不安を解消するという目的のために動いている。そう言ったところですか」
「……もし、ハヤテさんの仮説が正しいとすれば、これほど不快なこともありませんね」
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