第28話 私の罪と罰。

 和希お兄ちゃんは許してくれた。こんな自分勝手で醜い私を。


 お兄ちゃんの痩せた姿をママの携帯端末で見た時、私の思い描いていた成長したお兄ちゃんがいた。


 その姿を見た時、頭の中の黒い霧が弾け飛んだ気がした。そして私は自分が恐ろしくなった。


 私は存在してはいけない存在。そう思った。


 部屋に篭り葛藤した。消えたい。でも消えたらママが悲しむ。パパは? 何も言わないパパだけどいつも頭を撫でてくれた優しいパパ。苦しめてしまうな……。


 お兄ちゃんも悲しんでくれるかな……。ううん、きっと喜ぶ……。


 何日考えていたか覚えていない。


 ……疲れた……もういい……もう……。


 そんな時、部屋の扉からノックする音がした。そしてお兄ちゃんの声。


 怖い怖い怖い。自信に満ちた兄の声。ママに見せてもらった顔とリンクした時、私の心は恐怖に満ちた。


 壊される……。死にたくない。生きたい。


 しばらくしてお兄ちゃんが部屋に入ってきた。逃げられない。


 椅子を引きずる音。近づいてくる。ベットに座りうつむいている私は恐怖しかない。


 意を決してゆっくり顔を上げるとお兄ちゃんが椅子に座って目の前にいた。


 私が嫌いだった、だらしない体で覇気のないウジウジしたあのお兄ちゃんはそこにはいない。


 美男子で自信に満ちたお兄ちゃんが目の前にいた。


 私は壊されても仕方のない存在。でも生きたい。冷静な態度をとれば助かるかも……。


 そう思い淡々と喋った。人に嫌われるのが怖くて学校で演じている私を出した。怒らせないように……。


 でもお兄ちゃんは怒った。初めて聞いた怒声。


 驚いた。怖かったけど優しさも感じた。


 私がお兄ちゃんにしていた憎しみからくるものじゃない。愛情の怒り。そう感じた。


 嬉しかった。ずっと待ち望んでいたもの。


 私はなんて卑怯者なんだろう。自分の事ばかり考えて……。お兄ちゃんに恐怖を感じていたなんて……。


 謝ろう。でも声がうまく出せない。


 私が謝っている途中で、自分が全て悪いとお兄ちゃんが言った。


 優しすぎるお兄ちゃん。私が全て悪いのに……。


 そして私は土下座して謝った。お兄ちゃんは許してくれた。


 私が家からいなくなると寂しいと言ってくれた。


 私は存在していい存在なんだ。そう思った。


 それからお兄ちゃんと話をした。何時間も。


 お兄ちゃんの今の美男子姿が怖かった事は言わなかった。せっかくのいい雰囲気が壊れそうな気がしたから。ごめんなさいお兄ちゃん。


 私の事や夏休みの間お兄ちゃんが何をしていたのかも教えてくれた。


 お兄ちゃんの話の中で雲雀さんの話もあった。


 雲雀さんのおかげで痩せた。気を遣ってか言いにくそうだったけど、夏祭りに行ったと教えてくれた。


 雲雀さん……おばあちゃんの葬式の時と少年野球大会の二回だけ会ったことのある人。


 すごく綺麗で素敵な人だったから覚えている。泣いている私にいい匂いがするハンカチを貸してくれた。


 周りの男の人達がチラチラ見ていたのは今でも忘れられない。


 私は気づいてしまった。お兄ちゃんは雲雀さんが好き。雲雀さんの話をしている時お兄ちゃんは嬉しそうにしていた。


 付き合っているの? それとも片思い? 聞きたい。でも聞けない。


 聞いてしまったら私の思いはお兄ちゃんに伝える事が出来ない。


 そんな資格はないのは分かっている。告白する資格なんて……。


 でも思いを伝えたい。やっぱり私は自分勝手。わがままで醜い。だけど……


「お兄ちゃん、……好き」


 後悔したくない。思い切って告白した。


「ごめん、沙羅の思いには答えられない。俺は雲雀ひばりさんの事が好きなんだ。だから……ごめん」


 嬉しかった。私の告白に真剣に答えてくれた。


「ううん。真剣に答えてくれてありがと。お兄ちゃんは優しいね。大好きだよ」


 思いが伝えられた。それだけで充分。充分だけど……やっぱりつらいな。


「それで、お兄ちゃんと雲雀さんは付き合ってるの?」


「いやいやいや、付き合ってない」


「じゃあ片思い中なんだ」


「う、うん」


 お兄ちゃんは恥ずかしそうにしている。


「お兄ちゃんの恋、応援してもいいかな?」


「え⁉︎」


 お兄ちゃんは驚いている。


「お兄ちゃんには幸せになってもらいたいから協力したいな」


「協力って、おまえ俺のこと……」


「そうだよ。大好きだよ。だからだよ。好きな人には幸せになってもらいたいからね」


「そ、そう。じゃあ、お願いしようかな。相談とかしてもいいかな」


「うん」


 ちょっぴり恥ずかしそうにしているお兄ちゃん。


 お兄ちゃんには今まで迷惑かけてそれを許してもらった。だから恩返しがしたい。たとえつらくても……。


 私が悪いのに、自分が悪いと思ってくれる優しすぎるお兄ちゃん。


 だから心配させないようにいつも元気でいるね。悲しい顔を見せないようにするね。


 つらくなったら一人で泣くから。絶対に見せないから……そばにいてもいい……よね。


 元気に……か。私にできる? どんな事をすればいいの?


 そう言えばクラスの男の子が『ツンデレさいきょー』って言ってたな。ツンデレかぁ。私に出来るかな。


 お兄ちゃんはツンデレ好きなのかなぁ。『さいきょー』って言ってたしなぁ。


 そんな事を考えているとお兄ちゃんはベッドから降りた。


「沙羅、お父さんとお母さんに報告に行かないか? 仲直り出来ましたって。お腹も空いたしね」


「えっ、う、うん」


「大丈夫だよ。俺がそばにいる。心配しないでいいよ」


 ……お兄ちゃんカッコいいな。でもこの容姿で性格がウジウジ君で人前で泣いたりしていたら……好きになれない……かな。


「えっと……お兄ちゃん……手、繋いでもいい?」


「ん? いいよ」


 私もベッドから降りた。心細かったのでお兄ちゃんにお願いして手を握った。大きくてあったかい。


 ……こんな時ツンデレさんなら、


『べ、別に好きとかじゃないんだからねっ。心細いだけなんだからっ』


 って言うのかなぁ。私は好きって伝えているから言えないよね。


 じゃあ、


『べっ、別にお兄ちゃんの事が嫌いってわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよ。大好きなだけなんだから!』


 ……恥ずかしすぎて言えないよぉ。ツンデレって難しい。


 私は手を繋いでも何も言えなかった。そしてパパとママに報告に行った。

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